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第1364話 番外編十三―(1)

Author: 花崎紬
紀美子は思わず吹き出した。

「もう、いいから。みんなで早くゆみを探しましょ」

「姉さん!」

紀美子の言葉が終わらないうちに、臨が突然ある方向を指さして叫んだ。

「あそこ!」

紀美子たちも、門の前にいた生徒たちも、皆その指差す方向に視線を向けた。

そこには、顔を覆い腰を低くしたゆみが、警備室の脇の小さな門からこっそり抜け出そうとしていた。

臨は大声で叫んだ。

「姉さーん!!こっちこっち!!」

ゆみの体はピクッと反応したが、次の瞬間には足を速めて逃げ出そうとした。

「姉さん!!」

臨は焦って叫ぶと、そのまま駆け出し、ゆみを追いかけた。

ゆみが臨から逃げ切れるわけもなく、あっという間に捕まりそのまま連れ戻された。

二人は揉み合いながら晋太郎と紀美子の前まで歩いてきて、臨はずっとぶつぶつ何か言っていた。

「姉さんったら、恥ずかしいだなんて!」

ゆみは憤然と弟を睨みつけた。

「どうしてあんなところで私に気づくのよ!」

ゆみは文句を言ったが、恥ずかしかったとは一言も言わなかった。

晋太郎と紀美子の気持ちを無駄にしたくなかったのだ。

晋太郎の視線は、臨がゆみの襟元をつかんでいる手に落ちた。

彼はすぐにその手をピシャリと叩き、低く叱りつけた。

「姉に何てことしてるんだ」

臨は手の甲をさすりながら、涙目で言い返した。

「父さんの心には姉さんと母さんしかいない!」

「よくわかっているようだな」

晋太郎はそう返すと、ゆみに向き直った。

「ゆみ、俺らがここにいるって分かってて、なんでそっちに逃げようとしたんだ?」

「べ、別にー!」

ゆみはすぐに答え、笑顔でぴょんと跳ねながら晋太郎の腕にしがみついた。

「お父さん、お腹すいた。早く美味しいもの食べに行こうよ!」

晋太郎は口元をゆるめ、優しくゆみの鼻先を指でつついた。

「いいよ、何が食べたい?父さんが連れて行ってあげるよ」

「お父さん、だ〜いすき!」

そう言って、ゆみは晋太郎の手を引いて車に乗り込んだ。

ボディーガードがドアを閉める瞬間、ゆみは周りに群がる学生たちをちらりと見た。

彼女は心の中で大きくため息をついた。

今夜、自分はきっと学生たちの話題の中心になるだろう。

「何を考えている?」

晋太郎がゆみを見つめながら尋ねた。

「え?別に!どうして?」

ゆみは慌てて
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