この間、森川晋太郎はその御守で入江紀美子とちょっとした喧嘩になっていた。「ゆみちゃん、それ外した方がいいと思う。変な細菌がついているかもしれないし、ネックレスが好きなら、俺はもっといいのを買ってあげるから」晋太郎は眉を寄せながら、ゆみに言った。「嫌だ!」ゆみは彼を断った。「ゆみはこれが好きなの、これをかけたら夢を見てたの!」「夢?どんな夢?」「仙人のお姉さんと、とてもきれいなおばさんがゆみと遊ぶ夢だよ!隣にワンちゃんもいたの!真っ白な毛並みで、とても大人しくて可愛いワンちゃん!御守をつけたら夢を見るなど、晋太郎は不思議に思った。「よくその夢を見てたのか?」晋太郎は続けて聞いた。ゆみは頷いた。「この御守をつけてからね、ゆみは毎日その夢を見るようになったんだ!今でもはっきり覚えてるの!ただ……その仙人のお姉さんがおばさんが言っていた話、ゆみはよく分からなかったの……」晋太郎から見れば、ゆみが言っていることはあまりにも突拍子だった。だが、ゆみが楽しんでいるのを見て、彼はそれ以上何も言わなかった。ただ、ゆみがあの人の弟子になること、何故入江紀美子が自分と相談しなかった?たとえ自分がまだ子供の父親の身分で彼女とゆみのことを相談していないとしても、彼女の独断でこんなにも簡単に決め手はいけない!いかんせんそれはゆみの将来に関わる事情だから!藤河別荘にて。昼ご飯の時間になったので、竹内佳奈が子供達を呼びに2回に上がった。部屋に入って、佳奈は入江佑樹と森川念江に「お昼だよ」と呼んだ。そして、佳奈はゆみがいないことに気づいた。勇気と念江も驚いて佳奈を見た。「ゆみ、下にいなかった?」佑樹は緊張してきた。「庭は?」念江も心配してきた。ことの重大さに気づいた佳奈は、慌てて降りてボディーガード達に確かめに行った。佑樹と念江も彼女の後ろについておりてきた。佳奈はボディーガードに、「ゆみちゃんを見なかった?」と尋ねた。「見ました、先ほど森川社長が連れていきました」ボディーガードは頷いて答えた。「森川社長って?晋太郎さんのこと?」「はい」その返事を聞いて、佳奈はほっとした。「なんだ、連れていくのなら教えてよ」そう言って、彼女は別荘に入った。佳奈が
「あ……あぁ、わ、わかりました」舞桜はどもりながら答えた。紀美子は違和感を覚え、「どうしたの?」と尋ねた。「な、なんでもないです!」舞桜は焦りながら、「ちょうど今、子供たちのおもちゃを片付けてるんです!切りますね!」と電話を切った。「わかった」紀美子は言った。電話を切った後、舞桜は慌てて階段を駆け上がった。ドアを開け、子供たちに向かって言った。「大変!お母さんが帰ってきちゃう!ゆみがまだ帰ってないけど、どうしよう?」子供たちの顔色が変わり、念江は急いで晋太郎にメッセージを送った。その頃、晋太郎はゆみを連れて自宅への帰路に着いていた。ゆみとおしゃべりしていたため、座席の上で点滅している携帯に気づくことはなかった。晋太郎が返事をくれなかったため、念江は電話をかけたが、電話にも出なかった。念江は眉をひそめて携帯を置き、「たぶんお父さん、気づかなかったんだろう」と言った。「多分、今帰ってきている途中だと思う。ゆみがうるさくしてて、着信の音が聞こえなかったんじゃない?」佑樹は言った。「帰ってくる途中で紀美子さんと鉢合わせしちゃわないかな……」舞桜は言った。佑樹は気にしていないようで、背もたれに体を預けてのんびりとした様子で言った。「どうせ叱られるのはゆみじゃなくて、晋太郎の方だろ?」念江は、佑樹を見て困ったように言った。「僕たちも叱られるんじゃない?」佑樹は後ろで頭を支えていた手を止め、「たぶん、大丈夫だろう……」と答えた。車内。ゆみは遊び疲れたようで、晋太郎の膝に頭をのせ、可愛い目をうつろにしていた。晋太郎はゆみの柔らかい髪に手を当て、「ゆみ、眠いのか?」と尋ねた。ゆみはぼんやりとうなずき、あくびをして、「少し寝たい……」とつぶやいた。晋太郎は腕時計をちらりと見て、「もうすぐ着くから、少し我慢して、帰ってから寝ようか?」と言った。ゆみは身をひるがえして、目を閉じたまま、「ちょっとだけ……」と小さい声で呟いた。晋太郎は微笑みを浮かべながら、「いいよ」と答えた。その言葉を聞くやいなや、ゆみはすぐに眠りについた。10分後。藤河別荘に到着し、晋太郎がゆみを抱きかかえて別荘に連れて行こうとした時、紀美子の車も敷地に入ってきた。晋太郎の車が庭に停まって
ゆみをソファーに寝かせると、晋太郎は振り返り、紀美子の手を引いて階段を上がっていった。紀美子は抵抗しながら、「晋太郎、話があるならここで言って!わざわざ二階に行く必要はないわ!」と叫んだ。しかし、晋太郎はまったく話を聞き入れず、彼女を部屋まで連れて行った。ドアが閉まると、晋太郎は紀美子を見つめて言った。「本当は、君の方こそ俺に言いたいことがあるんじゃないのか?なぜ子供にそんな迷信的な考えを植え付けるんだ?」「別にあなたにいちいち説明する必要はないわ!」紀美子は痛む手首を揉みながら答えた。晋太郎は眉をひそめ、「紀美子、俺に腹を立てていたとしても、子供の人生をもてあそぶ必要はないだろ!」と言った。「私が子供の人生をもてあそんでいるとでも思ってるの?」紀美子は嘲笑を浮かべながら言った。「ゆみが墓地から帰ってきたあの日ゆみに何があったのか、あなたは知らないでしょう!」「何があったっていうんだ?」晋太郎は続けて聞いた。紀美子はしぶしぶ、ゆみがあの時どんな状態だったのかを説明した。晋太郎は一瞬驚きつつも、その後真剣な表情で聞いた。「どうしてもっと早く教えてくれなかったんだ?」「言ったところで意味がある?今日のように疑い深い目で見るだけでしょう?それどころか、もしゆみの病気が悪化したらどうするの?」紀美子は冷ややかに笑った。晋太郎はしばらく黙った後、「たとえ説明のつかないことがあったとしても、ゆみをあの場所で修行させるのは間違っている」と言った。「私だって心が痛むわよ!」紀美子はため息をつきながら答えた。しかし、彼女は突然、何かがおかしいことに気づいた。「あなた、なぜ私の子供にそんなに関心があるの?」晋太郎は視線をそらして、「別に……」とだけ答えた。「そんなことなら、もう帰って!」紀美子は呆れた様子で言った。晋太郎は再び紀美子を見つめ、「まだ怒っているのか?」と尋ねた。紀美子は薄く笑い、「あなたが無理やり私を病院に連れて行ったこと、私が簡単に忘れるとでも思っているの?」と返した。「申し訳なかった。ごめん」晋太郎は低い声で謝った。「傷つけられた後に謝られても、意味はないわ」紀美子は冷たく言った。晋太郎は彼女を真剣に見つめ、「あの時、君の体調が心配で……。で
さすがに深夜に大雨の中、長江公園に入ろうとする人はいないだろう!翔太は携帯を強く握りしめた。その目には抑えきれない憎しみが宿っていた。この件は、森川爺を除いて他に誰も関わっていない!!証拠は揃った、あとは証人さえ見つかればいい!何としてでも、証人を見つけ出してやる!三日後、土曜日。佳世子は朝早く紀美子に電話をかけ、一緒に妊婦健診に行ってほしいと頼んだ。紀美子は子供たちを舞桜に預け、佳世子を迎えに行った。車に佳世子を乗せると、彼女は早速愚痴をこぼし始めた。「紀美子、もう我慢できないわ!晴ったら普段はちゃんと面倒を見てくれるのに、友達が帰国したからって、夜明け前に出かけて行ったのよ!」紀美子はやっと少し目が覚めて、「何の友達か、彼が言ってた?」と尋ねた。佳世子は唇を尖らせ、「確かに言ってたけど、私、寝ぼけててあまり覚えてないの。隆一って言ってたような……」紀美子の頭にある人物の姿が浮かんだ。「鈴木隆一」「そうそう!」佳世子が言った。「その名前!外国から帰ってきたって言ってたわ」紀美子は、晋太郎の友達には興味がなかった。「彼には出かけさせておけばいいわ。病院には私が付き添ってあげる」佳世子は紀美子の腕に抱きついた。「やっぱり紀美子は頼りになるわ!」紀美子は苦笑しながら言った。「離してよ、運転中なんだから」十分後。紀美子と佳世子は病院に到着した。しかし、運悪く受付で静恵に遭遇してしまった。佳世子は彼女を見るなり、呆れた顔で言った。「まったく、朝からこんな不吉なものを見るなんて!」「気にしないで、私たちは早く診察に行きましょ」紀美子は言った。佳世子は頷き、お腹を撫でながら「ベビー、見ちゃダメよ、あんな人は目に毒だからね」と言った。紀美子は思わず吹き出した。「ベビーはお腹の中にいるんだから、見えるわけないでしょ」「それでも、私の怒りと嫌悪感を感じ取ってるかもしれないわ!」佳世子は言った。二人が列の後ろに並ぶと、静恵がちょうど振り返った。紀美子と佳世子を見つけると、彼女は驚いたように一瞬立ち止まった。その目には疑惑がよぎった。紀美子の様子はよさそうに見える。まさか、あの二人の子供がエイズに感染していることをまだ知らないのか
隆一は髪をかき上げた。「それは当然だ。俺が外国で無理やりマナーを学ばされたのは無駄じゃなかったってことだな!」そう言うと、彼は晋太郎に目をやり、そして周りを見回した。「晋太郎、俺の名付け子はどこだ?!」「お前の名付け子って!」晴が抗議した。「彼は俺の名付け子だぞ!」「は?!」隆一は鼻で笑い、「念江の名前をつけたのは俺だぞ。お前みたいに後から割り込んできた奴がしゃしゃり出てくるなよ」と返した。晴は隆一の首を引っ掴んだ。「お前、ケンカ売ってんのか?!」「やれるもんならやってみろ!お前なんか怖くねぇ!」隆一は応戦した。困惑した顔の晋太郎はため息をついた。「……」空港には人がこれだけいるのに、この二人は何をやっているんだ?見てられなくなった晋太郎は、踵を返して一人で出口の方向へと歩き出した。隆一と晴はそれを見て、急いで叫んだ。「晋太郎、どこ行くんだよ!」しかし晋太郎は、さらに足を速めるばかりだった。昼時。レストランにて。晋太郎は隆一の歓迎会を開こうと、個室を予約した。皆少し酒を嗜みながら、話の口火が切られた。「晋太郎、紀美子が戻ってきたって聞いたぞ。しかも、お前が彼女を追いかけてるって。本当か?」隆一は尋ねた。晋太郎は晴を一瞥した。「それを教えたのはこいつだな?」隆一は頷いた。「お前はいつも返事をしてくれないから、晴から教えてもらったんだ」晴は隆一に目配せをして「それ以上言うな」と合図した。隆一はそんな晴をまじまじと見て、「晴、お前、目にゴミでも入ったのか?」と真顔で言った。「……」晴は言葉を失った。まったく、こいつは空気を読むということを知らないのか?数年海外にいただけで、頭が鈍くなったのか。晋太郎は晴を冷ややかな目で見つめた。「お前、毎日暇してるだろう」晴はヘラヘラと笑い、「いやぁ、晋太郎、ほんの一言二言言っただけだって。他には何も言ってないからさ」と弁解した。隆一はさらに言葉を続けた。「晋太郎、紀美子をもう落としたのか?今度会う時はみんなで集まろうぜ……」「プッ——」隆一が言い終わるや否や、晴は飲んでいた酒を吹き出した。晋太郎はこめかみに青筋を浮かべ、晴を睨みつけた。「その……なんだ……ゴホゴホ
晋太郎が戻ってくる前に、晴は早口で隆一に説明し始めた。隆一は驚いて今にも目が飛び出しそうだった。「晋太郎がそんなに辛い思いをしていたなんて、なんで俺に言わなかったんだ!」隆一は晴を非難した。「お前が携帯を使えたら言っていたさ。礼儀作法を叩き込まれて閉じ込められていただろ」晴は答えた。「くそっ、前に遊びすぎたんだ。俺たちで晋太郎を助けなきゃ!」隆一は頭をかきながら言った。「紀美子の二人の子供をどうにかするのはどうだ?」「彼女に子供がいるって?!」隆一は驚いた。晴は一度咳払いをして、「念江は紀美子の息子で、ゆみと佑樹も晋太郎の子供だよ……」と説明した。「なんてことだ!」隆一は舌を鳴らした。「そんなショッキングな話を俺は今まで知らなかったなんて!」ダメだ!兄弟のために一肌脱がなければ!絶対に兄弟の子供と奥さんを放っておくわけにはいかない!藤河別荘。佑樹はコンピュータの前で苛立っていた。「くそっ!」佑樹は小さな拳を机に叩きつけた。「こいつは誰だ?!なんでこんなずる賢いんだよ?!」念江は少し驚いた。「佑樹、汚い言葉は使わないでよ」佑樹は表情を暗くした。「たった数時間で、またたくさんの偽IDアドレスが増えてる!たった一人の人間がこんなことをできるわけないよ!」「焦るな。向こうも僕たちから逃れようと必死かもしれない」念江は彼を慰めた。「国内でこんなにレベルの高いハッカーは見たことがない!一番厄介なのは、彼が何を狙っているのか全然わからないってことだ!防火壁を何度も修正したけど、向こうは一気に突破しようとしてこない。わざと僕たちをからかっているみたいだ」佑樹は言った。「しばらく調査は中断しよう」念江は冷静に答えた。「どうして?」佑樹は納得できず、「奴を捕まえたくないのか?」と尋ねた。念江は分析しながら、「焦っても仕方がない。相手は十分な人数がいるはずだ。それに、まだ仕掛けるタイミングではない」と答えた。「つまり、向こうは僕たちの力を試しているというのか?」佑樹は少し落ち着いてから尋ねた。「いや、向こうはきっと今、僕たちの精神を削ろうとしているんだ」念江は答えた。佑樹は突然寒気を感じた。「つまり、奴らは僕たちの心身共に
悟は携帯を置いて紀美子の前に歩み寄った。佳世子は驚いて彼を見つめた。「悟?あなたもここに?」悟は微笑んで頷いた。「そう。佑樹、ゆみ、それに念江がもうすぐ新学期だから、彼らに新学期のプレゼントを買いに来たんだ」「ありがとう」紀美子は立ち上がった。「どうぞ座って」「ありがとう」紀美子は階段を降り、身を引いて悟を通そうとした。ちょうどその時、後ろからカフェのトレイを持った店員が近づいてきた。紀美子の動きに気づいた店員が慌てて叫んだ。「危ない!」悟はバランスを崩しそうな紀美子に気づくと、咄嗟に顔を上げ、彼女の腕を掴み、そのまま自分の胸に引き寄せた。その瞬間、耳元でトレイやカップが床に落ちる音が響いた。悟は紀美子を抱きかかえ、彼女の顔を覗き込みながら心配そうに「大丈夫?」と尋ねた。紀美子が我に返って悟を見上げると、その淡い茶色の瞳が視界に入った。彼女は一瞬驚いたが、すぐに悟の腕から飛び出して、「だ、大丈夫……」と慌てて答えた。そして、ウェイトレスの方を向いた。「ごめんなさい、ぶつかってしまって……このコーヒー、弁償します」マクドナルドにて。瑠美は偶然この場面を写真に収めた。悟が紀美子を抱きしめる写真をじっと見つめているうちに、その瞳には怒りの炎が灯っていった。紀美子と悟の間には絶対に何かあるに違いない!でなければ、紀美子が危険にさらされた時に悟があんなに緊張するはずがない!感情を抑えきれなくなった瑠美は、その写真に一言添えてすぐに晋太郎に送った。「こんな女、あなたが好きになる価値なんてないわ!」ジャルダン・デ・ヴァグ。晋太郎が家に戻ると、すぐに知らない番号からのメッセージが届いた。彼は写真を開き、そこに写っている紀美子と悟が抱き合っている姿を見て、黒い瞳には怒りの色が浮かんだ。ちょうどその時、靴を履き替えて後から入ってきた晴が尋ねた。「晋太郎、何をぼうっとしてるんだ?」そう言いながら、彼も晋太郎の携帯を覗き込んだ。写真を見て、晴は目を見開いた。「うわっ、これ紀美子か?彼女は佳世子と出かけたはずだろ?なんで悟と抱き合ってるんだ?」晋太郎の冷たく険しいオーラにリビングの空気は一気に凍りついた。晴は思わず腕を擦り、小さな声で尋ねた。「こ
佳世子は悟と紀美子を見比べた。二人は本当にお似合いに見える。だがしかし残念なことに、悟は晋太郎にはかなわないだろう。途中で紀美子がトイレに行った。佳世子は頬杖をつき、悟を見つめながら言った。「悟、紀美子のこと、どれくらい好きなの?」「どうして急にそんなことを聞くんだ?」悟は微笑んで答えた。「何か嫌な経験でもしたの?あなた、感情を管理するのがすごく上手ね」佳世子は試すように尋ねた。悟の笑顔が一瞬消えた。「君の言う意味がよくわからないな」「だって、あなたの目からは紀美子への愛情が見えないのよ」佳世子は真剣な顔で言った。「心の中に秘めればいいものを、なぜわざわざ表に出す必要があるんだ?」悟は佳世子をじっと見つめ、静かに反論した。佳世子は何も言わず、悟と視線を交わした。数秒後、佳世子はふっと笑い出した。「あら、ごめん、ただの冗談よ!まさか本気にするなんて!」悟の笑顔はすぐに消え、目の優しさが一瞬で冷たさに変わった。「その冗談、面白いか?」佳世子はまるで雷に打たれたかのように固まり、悟をじっと見つめた。彼は……どうして突然こんなに不気味な表情を見せるの?「悟……」佳世子は恐怖でつぶやいた。「あなた……」「ふっ」悟は軽く笑いながら言った。「驚いた?」佳世子は唖然とした。「えっ?」悟は自分の顔に手を触れ、冗談めかして言った。「俺、役者の才能あるんじゃないか?」佳世子はまだ鳥肌が立ったまま、ぎこちなく笑って返した。「え、ええ、そうね……」するとすぐに紀美子が戻ってきた。佳世子の落ち着かない様子に気づいた紀美子が心配して聞いた。「佳世子、大丈夫?」「えっ?」佳世子ははっとして顔を上げた。「何でもないわ……」「さっきの俺の冗談が怖かったのかな」悟が紀美子に説明した。紀美子は訳がわからない様子で悟を見た。そして悟はさっきの出来事を簡単に紀美子に説明した。紀美子は苦笑した。「佳世子、本当に怖がりね」佳世子はただぎこちなく笑って肩をすくめ、何も言わなかった。「紀美子、そろそろ時間だね。プレゼントは頼む。俺はもう行くよ」悟は立ち上がった。紀美子は特に引き止めず、プレゼントを受け取って「ありがと
紀美子は翔太に事情を簡単に説明した。話を聞いた翔太は深くため息をついた。「あの子たちはみんなしっかりした子たちだ。自分で決めたことなら、無理に引き止めるわけにはいかない。尊重してやらなきゃな。だが……こんな場所で気分転換するべきじゃない」「そういえば、翔太さんはここで何を?」佳世子は話題をそらすように尋ねた。翔太はバーの入口を一瞥しながら答えた。「あの連中は舞桜の遠縁の親戚たちなんだ」二人は顔を見合わせ、紀美子は怪訝そうに聞いた。「どうして舞桜の親戚と一緒に?」翔太は苦笑し、鼻をこすりながら答えた。「実はな、舞桜と一週間後に婚約する予定なんだ」「えっ!?」二人は声を揃えて叫んだ。「そんな大事なこと、どうして教えてくれなかったの?」紀美子は驚きを隠せなかった。佳世子は舌打ちした。「翔太さん、私たちより早いじゃない!」「彼らが帰ってから紀美子に話そうと思ってたんだ」紀美子は軽く眉をひそめた。「さっき見かけたけど、舞桜と同世代くらいの人たちみたいね。難しい人たちなの?」「なんというか……」翔太は小さくため息をついた。「茂の親戚と似たような連中だ。だから君には早く知らせたくなかったんだよ。彼らは本当に面倒を起こすから」「舞桜が止めないの?」佳世子は聞いた。「いつまでも我慢してばかりじゃダメよ!」「止めないわけじゃない」翔太は言った。「舞桜の父親からの試練のようなものだ。舞桜は彼らのことで父親と大喧嘩したんだ。でも、父親は自分だけでは決められないと言ったらしい。舞桜の祖父の意向もあるみたいで」紀美子は話の裏を読み取って聞いた。「もしかして、その祖父って……舞桜と兄さんの関係に反対してるの?」「そうだ」翔太は率直に認めた。「舞桜の祖父は、海軍の偉いさんでさ。我々のような商人のことを、なかなか認めてはくれない」「今どきそんな家柄を気にするなんて!」佳世子は呆れたように言った。紀美子はしばらく考え込んでから言った。「でも、そうでなければ、舞桜もここまで来て兄さんと出会うこともなかったわね」「うん、その通りだ。前に舞桜が俺に会いに来たことが、余計に彼女の祖父の反感を買ったらしい」「舞桜は良い子よ」紀美子は翔太を見つめて言った。
「結婚を発表する日に、この件も公表する」晋太郎はペンを置いてから答えた。今のところ、自分はまだ紀美子を正式に口説き落としていない。いきなりこんな話をしても、笑いものになるだけだ。夜。紀美子は佳世子に連れられ、帝都に新しくオープンしたバーに来ていた。入り口に入った瞬間耳をつんざくような音楽が聞こえてきて、紀美子は鼓動が早くなるのを感じた。彼女は佳世子の手を引き寄せ、耳元で叫ぶように言った。「佳世子、ここはやめようよ。あの人たちに知られたら、飛んでくるに決まってる」「どうしていけないの?」佳世子は紀美子の手を引っ張って中へ進んだ。「あの人たちはあの人たち、私たちは私たちよ。付き合ってるからって、こういう場所に来ちゃいけないルールでもあるの?正しく楽しんでるんだから、平気でしょ!」紀美子は佳世子が気分転換のために連れてきてくれたのだとわかっていた。だが、こういう騒がしい場所は苦手だった。理由は主に二つあった。一つは環境が乱雑なこと、もう一つは晋太郎の性格だ。彼が知れば、このバーごとひっくり返しかねない。自分でトラブルを起こすつもりもなければ、晋太郎に誰かに迷惑をかけさせるつもりもなかった。ボックス席に着いても、紀美子はまだ佳世子の手をしっかり握っていた。「佳世子、やっぱりここは嫌だわ。静かなバーに変えようよ?」「え、何?!」佳世子は聞き取れなかった。紀美子はもう一度繰り返し言った。「紀美子、まず座って落ち着いて話を聞いてよ」佳世子は言った。紀美子は彼女の意図を察し、しぶしぶ一緒に座った。佳世子は紀美子の耳元に寄った。「晋太郎、まだ記憶が戻ったって認めてないでしょ?」紀美子は彼女を見て尋ねた。「それがここに来ることと何の関係が?まさか、彼を刺激したいの?」佳世子は激しく頷いた。「男ってのはみんなそうよ。何か起こさないと本当のことを言わないのよ!」「だめだめ」紀美子は慌てて首を振った。「言わないのは彼の勝手よ。私がどうするかは私の自由。佳世子、本当にここにいたくないの」佳世子はまだ何か言いたげだったが、ふと目の端に映った人影に気づき、言葉を止めた。そしてじっとその見覚えのある姿を見つめながら言った。「紀美子、あの人……あなたのお兄
二人は涙を見せれば、ゆみがますます別れを惜しんでしまうことを恐れていたのだ。「ゆみ、待ってるから!毎日携帯見て、お兄ちゃんたちからの連絡を待ってるからね……ゆみはちゃんと大きくなるよ。ご飯もいっぱい食べて、悪さしないで……うう……早く帰ってきてね……」紀美子も、堪えきれず涙をこぼした。晋太郎がそっと近寄り、彼女を優しく抱き寄せた。この別れは、誰の胸にも重くのしかかっていた。ゆみは学校に行かなければならなかったので、佑樹と念江を見送った後、昼食を取るとすぐに急いで飛行機で帰って行った。紀美子は、がらんとした別荘を見回し胸の奥にぽっかりと穴が空いたような感覚に襲われ、ソファに座ったまま呆然としていた。今にも、子供たちが階上から駆け下りてきてキッチンで牛乳を飲むような気がしてならなかった。そんな紀美子の様子を見て、晋太郎は携帯を取り出し佳世子にメッセージを送った。1時間も経たないうちに、佳世子が潤ヶ丘に現れた。ドアが開く音に、紀美子がさっと振り向いた。佳世子と目が合うと、一瞬浮かんだ期待の色はすぐに消えていった。佳世子は小さくため息をつき、紀美子の隣に座った。「紀美子、まだ子供たちのことで頭がいっぱいなの?」紀美子は微かに頷いた。「うん……なかなか慣れなくて。佑樹と念江も行っちゃったし、ゆみもすぐ帰っちゃったし……」「あの子たち、本当にあなたに似てるわ」佳世子は言った。「あなたが帝都を離れてS国に行った時も、こんな風に自分の目標に向かって突き進んでたもの」紀美子はぽかんとし、思わず苦笑した。「あれは状況に迫られてのことよ」「そんなこと言ったら、まるで子供たちがあなたから離れたくてたまらないみたいじゃない」佳世子は紀美子の手を握った。「そんな話はやめましょう。午後はショッピングに行くわよ!」「ちょっと!」紀美子は驚いたように彼女を見つめて言った。「どうして急に来たの?」佳世子はきょろきょろと周りを見回し、晋太郎の姿がないのを確認すると、小声で言った。「実は、あなたのご主人に頼まれて来たのよ!」紀美子は、ご主人様という言葉を聞いて顔が赤くなった。「え、え?ご主人なんて……私、彼とはまだそんな関係じゃないのよ……」「遅かれ早かれ、そうなるんだから!」佳
俊介は淡く微笑んだ。「晋太郎、子供たちは俺にとって実の孫同然だ。心配する必要はない」その言葉を聞いて、紀美子は少し安心した。一行は保安検査場の目の前まで来ると、紀美子は子供たちの前にしゃがみ込んだ。彼女は無理に笑顔を作りながら、子供たちの腕に手を置いて言った。「一時間後には搭乗よ。誰と一緒でも、自分のことはきちんと守って。無理しないでね」佑樹と念江は頷いた。「ママ、心配しないで。僕たち、できるだけ早く帰るから」佑樹は言った。「ママも体に気をつけてね」念江は笑みを浮かべて言った。「パパと一緒に、今度は妹を作ってよ」紀美子は一瞬固まり、念江の鼻をつまんで言った。「ママとパパはまだ何も決めてないの。その話はまた今度ね」ゆみを待っている晋太郎は、周囲を見回しながらふと紀美子の方を見た。口を開こうとした瞬間、背後から慌ただしい足音が聞こえてきた。「お兄ちゃん!!念江お兄ちゃん!!」ゆみの声が響き、一同が振り返った。ゆみは小さな体で次々と乗客の間を縫うように駆け抜け、全力で佑樹と念江の元へ突進してきた。そして両手で二人の首にしっかりと抱きついた。「間に合ったよ!」ゆみは泣きながら二人の肩に顔を埋めた。「お兄ちゃんたちの見送り、間に合って良かった」佑樹と念江は呆然と立ち尽くした。まさかゆみがこんなに遠くまで見送りに来てくれるとは思ってもいなかったのだ。二人の目が一瞬で赤くなった。これ以上の別れの贈り物はないだろう。二人はゆみをしっかりと抱きしめ、必死に冷静さを保ちながら慰めた。「もう、泣くなよ!」佑樹はゆみの背中を叩いた。「人がたくさんいるんだぞ。恥ずかしくないのか」念江の黒く大きな目は優しさに溢れていた。「ゆみ、わざわざ来てくれてありがとう。大変だったろう」ゆみは二人から手を放した。「向こうに行ったら、絶対に自分のことをちゃんと気遣ってね。時間があったら、必ず電話してよ。分かった?」佑樹と念江は、思わず俊介を見た。その視線に気づいたゆみは、俊介を睨みつけた。「あなたのくだらない規則なんて知らないよ!お兄ちゃんたちを連れて行くのはいいけど、連絡を絶たせるなんてひどいよ!ゆみは難しいことは言えないけど、家族は連絡を取り合うべきだってわか
紀美子は箸を握る手の力を徐々に強めながら、優しく言った。「念江、大丈夫よ。本当にママに会いたくなったら、会いに来ればいい」念江はぽかんとした。「でもあそこは……」紀美子は首を振って遮った。「確かにルールはあるけど、抜け道だってあるはずでしょう?」念江はしばらく考え込んでから頷いた。「うん。僕たちが認められれば、きっとすぐにママに会える」紀美子は安堵の表情でうなずいた。子供たちと食事を終えると、彼女は階上へ上がり、荷造りを手伝った。今回は晋太郎の部下に任せず、自ら佑樹と念江の衣類や日用品をスーツケースに詰めていった。一つ一つスーツケースに収める度に、紀美子の胸の痛みと寂しさは募っていった。ついに、彼女は手を止め俯いて声もなく涙をこぼし始めた。部屋の外。晋太郎が階下へ降りようとした時、子供たちの部屋の少し開いた扉から、一人背を向けて座っている紀美子の姿が目に入ってきた。彼女の細い肩が微かに震えているのを見て、晋太郎の表情は暗くなった。しばらく立ち止まった後、彼はドアを押して紀美子の傍へ歩み寄った。足音を聞いて、紀美子は子供たちが来たのかと慌てて涙を拭った。顔を上げ晋太郎を見ると、そっと視線を逸らした。「どうしてここに……」「俺が来なかったら、いつまで泣いてるつもりだったんだ?」晋太郎はしゃがみ込み、子どもたちの荷物をスーツケースに詰めるのを手伝い始めた。「手伝わなくていいわ、私がやるから」「11時のフライトだ。いつまでやてる気だ?」晋太郎は時計を見て言った。「もう8時半だぞ」紀美子は黙ったまま、子供たちの服を畳み続けた。最後になってやっと気付いたが、晋太郎は服のたたみ方すら知らないようだった。ただぐしゃぐしゃに丸めて、スーツケースの隙間に押し込んでいるだけだった。紀美子は思わず笑みを浮かべて彼を見上げた。「あなた、本当に基本的なことさえできないのね」晋太郎の手は止まり、一瞬表情がこわばった。彼は不機嫌そうに顔を上げ、紀美子を見つめて言った。「何か文句でもあるのか?」紀美子は晋太郎が詰めた服を再び取り出しながら言った。「文句を言ったところで直らないだろうから、邪魔しないでくれる?」「この2日間で、弁護士に書類を準備させた。明日届く
「それは――龍介さんが自分で瑠美とちゃんと話すしかないんじゃない?」紀美子は微笑みながら言った。「紀美子、今夜は瑠美を呼んでくれてありがとう」龍介はグラスを持ち上げた。紀美子もグラスを上げて応じた。「龍介さんにはお世話になりっぱなしなんだから、こんな簡単なことでお礼言われると困るわ」夜、紀美子と晋太郎は子供たちを連れて家に戻った。紀美子が入浴を終えたちょうどその時、ゆみから電話がかかってきた。通話を繋ぐと、ゆみはふさぎ込んだ声で聞いてきた。「ママ、明日お兄ちゃんたち行っちゃうんでしょ?」紀美子はぎょっとした。「ゆみ、それは兄ちゃんたちから聞いたの?」「うん」ゆみが答えた。「ママ、お兄ちゃんたち何時に行くの?」浴室から聞こえる水音に耳を傾けながら、紀美子は言った。「ママも正確な時間わからないの。パパがお風呂から出たら聞いてみるから、ちょっと待っていてくれる?」「わかった」ゆみは言った。「ママ、それまで他の話しよっか」紀美子はゆみと雑談をしながら、十分ほど時間を過ごした。すると、晋太郎がバスローブ姿で現れた。ゆみの元気な声が携帯から聞こえてきたため、晋太郎は髪を拭きながらベッドの側に座った。「もう11時なのに、まだ起きてるのか?」紀美子が体を起こした。「佑樹たち明日何時に出発するのか知ってる?」晋太郎は紀美子の携帯を見て尋ねた。「ゆみはもう知ってるのか?」「知ってるよ!」ゆみは即答した。「パパ、私お兄ちゃんたちを見送りに行きたい」「泣くだろう」晋太郎は困ったように言った。「だから来ない方がいい」「嫌だ!絶対に行くの。だって次に会えるのいつかわからないんだもん」ゆみは強く主張した。その声は次第に震え始め、今にも泣き出しそうな顔になった。晋太郎は胸が締め付けられる思いがした。「分かったよ……専用機を手配して迎えに行かせる」そう言うと彼はベッドサイドの携帯を取り上げ、美月に直ちにヘリコプターを手配するよう指示した。翌日。紀美子は早起きして、子どもたちのために豪華な朝食を用意した。子供たちは、階下に降りてきてテーブルいっぱいに並んだ見慣れた料理を目にすると、驚いたように紀美子を見つめた。「これ全部、ママが一人
龍介は瑠美に笑いかけて言った。「瑠美、この前は助けてくれてありがとう」彼がアシスタントに目配せすると、用意してあった贈り物が瑠美の前に差し出された。「ささやかものだけど、受け取ってほしい」瑠美は遠慮なく受け取り、龍介に聞いた。「開けていい?」「どうぞ」瑠美は上にかけられていたリボンを解き、丁寧に箱のふたを開けた。中身を目にした瞬間、彼女は驚いて目を見開いた。「えっ!?これどうやって手に入れたの?!瑠璃仙人の作品でしょ!?」「前に君が玉のペンダントしてたから、好きなんだろうと思って」「めっちゃ好き!!」瑠美は興奮して紀美子に言った。「姉さん!これ梵語大師の作品よ!前に兄さんに探させたけど全然ダメだったのに!」紀美子は玉のことには詳しくないため、梵語大師が誰なのかもわからなかった。彼女はただ穏やかに微笑んで言った。「気に入ってくれて良かったわ」一方、晋太郎の視線は龍介に留まった。龍介の目には、かすかな熱意のようなものがある。紀美子を見る時には決して見せたことのない眼差しだ。もしかして、龍介は瑠美に気があるのか?晋太郎は探るように口を開いた。「吉田社長の狙いがこんなに早く変わるとはな」龍介は瑠美の笑顔から視線を外し、晋太郎の目を見つめて言った。「森川社長、それはどういう意味だ?」晋太郎は唇を歪めて冷笑した。「吉田社長、新しい対象ができたのに、なぜまだ紀美子に執着してるんだ?」それを聞いて、瑠美は驚いて顔を上げ、龍介と紀美子を交互に見た。紀美子は瑠美の視線を感じ取って、説明した。「私と吉田社長は何もないから、誤解しないで」「誤解なんてしてないよ」瑠美は言った。「でも晋太郎兄さんが言ってた『吉田社長の狙い』って、私のこと?」紀美子も、晋太郎のその言葉の真意はつかめていなかった。龍介のような、感情を表に出さず落ち着いていて慎重なタイプが、活発で明るい瑠美に興味を持つのだろうか。もしかすると、あの時瑠美が龍介を助けたことがきっかけなのか?二人の年齢差は10歳ほどあるはずだ。でも、性格が正反対なほど惹かれ合うって話もある。もし瑠美が龍介と結婚したら、みんな安心できるだろう。「もしよければ、瑠美さん、連絡先を教えてくれないか?」
そう言うと、晋太郎はさりげなく紀美子から車の鍵を受け取った。佑樹が傍らで晋太郎をじっと見て言った。「パパ、違うよ。ママが誰かとお見合いするわけじゃん」晋太郎は生意気な佑樹を見下ろしながら聞き返した。「じゃあ、何だって言うんだ?」佑樹は笑いながら紀美子を見て言った。「ママみたいな美人、お見合いなんて必要ないじゃん。ママに告白したい人を並ばせたら、地球を一周できるよ」念江も付け加えた。「前におばさんから聞いたけど、ママの会社の重役や課長さんたちもママに気があるらしい」晋太郎の端整な顔に薄ら笑いが浮かんだが、その目には陰りがあった。「ろくでもない奴らだ。君たちのママはそんなやつらに興味ない」重役と課長か……晋太郎は鼻で笑った。計画を早める必要がありそうだな。「そろそろ時間よ。遅れちゃうわ。三人とも、もう出発できる?」紀美子は腕時計を見て言った。一時間後。紀美子と晋太郎は二人の子供を連れてレストランに到着した。龍介が予約した個室に入ると、彼はすでに待っていた。紀美子を見て龍介は笑顔で立ち上がった。「紀美子、来たね」紀美子が前に出て謝った。「龍介さん、ごめん。渋滞でちょっと遅れちゃった」「気にしないで」龍介は晋太郎を見上げて言った。「森川社長、久しぶりだな」晋太郎は鼻で嗤い、皮肉をこめて言った。「永遠に会わなくてもいいんじゃないか」龍介はその言葉を無視し、子供たちにも挨拶してから席に着いた。紀美子が子供たちに飲み物を注いだ後、龍介に尋ねた。「今日は何の用?」「じゃあ単刀直入に言うよ」龍介の表情が急に真剣になった。「紀美子、瑠美は君の従妹だよね?一度彼女に会わせてくれないか?」紀美子は驚き、晋太郎と視線を合わせてから龍介を見た。「この前の件で瑠美に会いたいの?」龍介は頷き、率直に答えた。「ああ、命の恩人に対して、裏でこっそり調べたり連絡するのは失礼だと思ってね」「紹介はできるけど、彼女が会ってくれるかどうかはわからないよ」「頼むよ。あれからずっと、ちゃんとお礼も言えてなかったから」紀美子は頷き、携帯を取り出して瑠美の番号を探し出した。「今連絡してみる」電話がつながると、瑠美の声が聞こえた。「姉さん?どうした?
どっちみち焦っているのは晋太郎の方で、こっちじゃないんだから。これまで長い年月を待ってきたのだから、もう少し待っても構わない。2階の書斎。晋太郎はむしゃくしゃしながらデスクに座っていた。紀美子が龍介と電話で話していた時の口調を思い出すだけで、イライラが募った。たかが龍介ごときに、あんなに優しく対応するなんて。あの違いはなんだ?ちょうどその時、晴から電話がかかってきた。晋太郎は一瞥してすぐに通話ボタンを押した。「大事じゃないならさっさと切れ!」晋太郎はネクタイを緩めながら言った。電話の向こうで晴は一瞬たじろいだ。「晋太郎、家に着いたか?なぜそんなに機嫌が悪いんだ?」晋太郎の胸中は怒りでいっぱいになっており、必然と声も荒くなっていた。「用があるなら早く言え!」「はいはい」晴は慌てて本題に入った。「さっき隆一から電話があってな。出国前にみんなで集まろうってさ。あいつまた海外に行くらしい」「無理だ!」晋太郎は即答した。「夜は予定があるんだ」「午後、少しカフェで会うだけなのに、それも無理か?」午後なら……夜の紀美子と龍介の待ち合わせに間に合う。ついでに、あの件についても聞けるかもしれない「場所を送れ」30分後。晋太郎は晴と隆一と共にカフェで顔を合わせた。隆一は憂鬱そうにコーヒーを前にため息をついた。「お前らはいいよな……好きな人と結婚できて」晴はからかうように言った。「どうした?また父親に、海外に行って外国人とお見合いしろとでも言われたのか?」「今回は外国人じゃない」隆一は言った。「相手は海外にいる軍司令官の娘で、聞くところによると性格が最悪らしい」晴は笑いをこらえながら言った。「それはいいじゃないか。お前みたいな遊び人にはぴったりだろ?」「は?誰が遊び人だって?」隆一はムッとして睨みつけた。「お前みたいなふしだらな男、他に見たことないぞ!」「俺がふしだらだと?!」晴は激しく反論した。「俺、今はめちゃくちゃ真面目だぞ!」隆一は嘲るように声を上げて笑った。「お前が真面目?笑わせんなよ。佳世子がいなかったら、まだ女の間でフラフラしてたに決まってるだろ!」「お前だってそうだったじゃないか!よく俺のことを言える