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第221話
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佐倉さん、もうやめて！月島さんはリセット人生を始めた 第230話
淳也は、無言のまま明日香の隣に座り続けた。その間、タバコを一本、また一本と吸い続け、気づけば半箱近くを灰にしていた。だが明日香は、もはやその匂いに耐えられなかった。咳を堪え、顔をそむけ、仕方なくその場を立ち去った。マンションのエントランスに戻り、エレベーターで上階へと向かう。時刻はすでに午前1時近く、リビングの明かりはすでに落ちていた。部屋に入ると、珠子が寝返りを打つ音がした。もしかしたら、眠れていなかったのか。それとも物音で目を覚ましたのか。明日香は声をかけることなく、静かにベッドに潜り込んだ。枕元の明かりを落とし、瞼を閉じた。だが、遼一のあの言葉が、まるで棘のように脳裏に突き刺さって離れなかった。何度追い払っても、次から次へと雑念が押し寄せる。あの言葉を、彼の声を、一晩中考え続けていた。朝6時半。珠子が部屋を出ると、リビングで経済新聞を広げている遼一の姿が目に入った。いつもと変わらぬ姿のはずだったが、珠子は一瞬、言葉に詰まった。普段なら、まずは「おはよう」と声をかけるところだが、今日はなぜかそうせず、そのまま黙ってダイニングの椅子に腰を下ろした。間もなくウメが朝粥を運んでくる。一人で座っている珠子を見て、不思議そうに首をかしげた。「珠子さん？明日香さんは？まだお部屋でお支度中ですかい？」珠子は少し考えてから答えた。「明日香ちゃん......見てないの。朝起きた時にはもういなかった」ウメの顔がたちまち曇った。「まさか......あの子、昨夜からずっと帰っておらんかったってことはないじゃろね？遼一様、明日香さんを......昨夜、どっかでご覧になりましたんか？」その問いに、遼一は新聞から目を離すこともなく、ただ冷たく言い放った。「放っておけ」新聞の文字は目に入っていた。だが、意味は一切頭に入ってこなかった。ただ文字列を追うだけの、空虚な時間が流れていた。しばらくしてウメは、いつものように明日香の机の整理へと向かった。明日香は毎晩、遅くまで読書をする。机の上はいつも本とノートで散らかっていて、それを片付けるのが朝のルーティンになっていた。だが、今日は違った。部屋のドアを開けたウメの瞼が、ぴくりと動いた。何かがおかしい。机の上には、何もない。紙一枚すら残されていなかった。
佐倉さん、もうやめて！月島さんはリセット人生を始めた 第229話
人は誰しも、変わっていく。それは遼一も、とうに分かっていた。これは、冗談でも気まぐれでもない。明日香は変わったのだ。あの、何も知らないお嬢様だった頃から。今では、彼に真正面から反抗するほどの強さを手に入れている。遼一は静かに手を離した。「......自信を持つのはいいことだ。だがな、明日香......忘れるな。お前は月島の人間だってことを」その声は低く、脅しを含んでいた。「月島家が裏でどんなことをしてるか、どれだけの敵を抱えてるか、ちゃんと分かってるのか？」彼の目は、冷たく細められていた。口調は冷酷で、容赦がなかった。「庇護がなければ、お前の命なんて何本あっても足りねぇぞ。地下街で売られて、娼婦にされるか......それとも、臓器抜き取られて闇市場に流されるか......」遼一の言葉は、鋭利な刃のように明日香の胸に突き刺さった。明日香の顔色がさっと変わった。恐怖を隠すことはできなかった。遼一はいつだって、容赦がなかった。康生なら、もし自分が死んでも、それはただ一つ、使い道のある駒が減ったというだけのこと。遼一は続けた。「......藤崎樹がいれば大丈夫だとでも思ってるのか？あいつは、お前のことなんてただの慰みものとしか思ってねぇよ」その口調は軽蔑に満ちていて、瞳にはあからさまな嘲笑が浮かんでいた。「本気で、藤崎家に入れると思ってんのか？身の程をわきまえろ。外でよく考えてから戻ってこい」吐き捨てるように言い放つと、遼一は背を向け、暗い廊下の奥へと姿を消した。センサーライトが静かに落ちる。光を失ったその場に、明日香の全身は深い闇に包まれた。彼の足音が完全に遠ざかるまで、明日香はその場に立ち尽くしていた。遼一自身も、自分が何をしているのか分かっていなかった。ただ、怒りが抑えきれなかった。他の男と親しく話す明日香。まるで、自分のおもちゃを奪われたかのような、そんな感覚。そう、恋人じゃなく所有物だ。誰かに取られるのは許せない。自分を向いていないとしても、他の男に心を向けるなど論外だ。ならばいっそ、壊してしまっても構わない。深夜0時30分。明日香はマンションの階段下に座り、茫然としたまま時間だけが過ぎていった。頭の中は真っ白だった。何を考えているのか、自分でもわからない。ただ、何
佐倉さん、もうやめて！月島さんはリセット人生を始めた 第228話
「もう子供じゃないんだから、いつまでも俺がなだめてばかりじゃいられない。珠子、これが最後だ」遼一の声には、一抹の諦めが滲んでいた。それでも、言葉は冷たく、決して揺るがなかった。珠子は遼一の胸に顔を埋め、しゃくりあげながら涙を流していた。その涙は彼のシャツをじんわりと濡らしていく。声は途切れ途切れで、どこまでも哀切だった。「こんなに長いこと一緒にいたじゃない。小さいころから、ずっと一緒だったのに......！遼一さん、私を捨てないって、言ってくれたよね？他の女の子なんて好きにならないで......私を置いていったら......私、どうすればいいの？」珠子と遼一は、同じ孤児院で育った。苦楽をともにし、数え切れないほどの困難を乗り越えてきた。それは、ただの恋人とは比べものにならない絆だった。だが、遼一にはもうそれだけでは足りなかった。彼は貪欲だった。最初は月島家の財産と名声だけを狙っていたが、今や桜庭家さえも視野に入れている。珠子のためにすべてを投げ捨てるつもりなど、最初からなかった。月島家など、桜庭家と比べれば取るに足らない存在だ。金に惑わされぬ者はいても、権力を拒む者などいない。権力があれば、帝都すら牛耳れる。前世でも、彼はあらゆる手段を使って藤崎家を掌握した。今もまた、同じ道を辿ろうとしている。「珠子、約束は守るよ。お前を捨てるなんてこと、俺はしない」その言葉は、まるで子供をあやすようなものだった。珠子の涙を指先で拭い、彼女を部屋へと戻した。部屋の扉が閉まる音が聞こえたとき、冷蔵庫の陰に身を潜めていた明日香は、息をひそめながら動きを止めていた。行ったわね。そう思い、そっと立ち上がろうとした、そのとき。音もなく、目の前に遼一が現れた。鋭く冷たい視線が明日香を射抜いた。思わず、心臓が跳ね上がった。「......立ち聞きの感想は？」遼一の声は低く、氷のような圧を帯びていた。明日香は手にしていたグラスを握りしめ、目を逸らしながら静かに言い訳した。「水を汲みに来ただけよ。聞くつもりなんてなかったし、あなたの私事に興味もない。外に漏らすようなこともしないわ」足早にその場を離れようとした——だが次の瞬間、遼一は明日香の腕を掴み、壁に押し付けた。グラスの中の冷たい水が、彼女の手の甲に跳ねた。「な
佐倉さん、もうやめて！月島さんはリセット人生を始めた 第227話
三十秒後、灯りの消えた静かな部屋で、樹は明日香からの電話を受け取った。明日香の澄んだ声が、まっすぐに耳へと届いた。「......もう、家に着いた？」「うん」その返事は短く、どこか疲れを滲ませていた。受話器の向こうでしばし沈黙が流れる。話したいのに、言葉が見つからない。そんな空気が伝わってくる。やがて明日香が口を開いた。「......あの、田中さんから聞いたの。最近、ちゃんと薬飲んでるって。少しは、調子良くなった？」「うん、良くなったよ」樹は穏やかに返し、その声には明日香を安心させようとする柔らかさが含まれていた。「どこか具合が悪かったら、ちゃんと病院行ってね」明日香の声には、素直な心配が滲んでいた。「わかった」今度は力のこもった、まっすぐな返事だった。そのころ、部屋の前では田中が薬と水の入ったコップを手にして立ち止まっていた。中から聞こえる電話の声に気づき、そっと邪魔をしないようにドアの外で待っていた。数分後、電話が切れたのを見計らって、ようやくベッドサイドのランプを点け、中へ入った。「明日香さんからでしたか？」田中は静かに尋ねた。振り返った樹は、声を抑えながら言った。「ああ......僕のこと、全部話したのか？」「いえ。明日香さんのほうからお訊ねになったので、差し支えない範囲でお伝えしました。実際、明日香さんは若様のことを本当に心配されていましたよ」田中の目は真っ直ぐに樹を見据えていた。「明日香さんは、決して幸せな環境にいるとは言えません。ですからこそ、若様にはどうかご自愛いただき、株主たちを説得して地位を固め、明日香さんをあの屋敷から救い出していただきたいのです」誠実な語り口には、深い信頼が滲んでいた。「......お前の言う通りだ」樹は遠くの街灯りを見つめながら、静かに呟いた。「藤崎グループを完全に掌握しない限り、本当の意味で力なんて持てない。明日香を......自分のもとに取り戻すこともできない」もう二度と、苦しむ彼女を助けられないなんてことは、起こしてはならない。株主総会での騒動以降、樹の立場はぐらついていた。あの一件で、多くの株主が彼に不信感を抱き、いまや地盤は脆くなっていた。このままでは、連中を本当の意味で従わせることなど不可能だった。「若様
佐倉さん、もうやめて！月島さんはリセット人生を始めた 第226話
「忘れてたの。次はちゃんと持ってくるわ」明日香は軽くそう答えたが、その声にはどこか疲れの色が滲んでいた。「......うん」樹は短く返事をし、目の奥に一瞬、見逃せないほどの寂しさが浮かんだ。明日香はそのまま車に乗り込んだ。車内はほどよく暖かく、肩には彼の上着がまだかかっていた。帰路は思った以上に遅くなり、明日香はやがてシートにもたれ、静かにまぶたを閉じた。羽のようなまつ毛が頬に影を落とし、穏やかな呼吸が小さく室内に響く。千尋はルームミラー越しにその様子を確認し、車内灯を少しだけ落とした。静寂が支配する空間に、彼女の寝息だけが微かに聞こえていた。樹は後部座席から毛布を一枚取り出し、そっと明日香の膝にかけた。その気配を感じたのか、明日香がゆっくりと目を開けた。まだぼんやりとした視界の中で、やがて見慣れた顔が浮かぶ。「......ごめん、起こしちゃったね」樹の声は低く、申し訳なさそうだった。明日香は掛けられた毛布を見下ろし、眠たげに首を振った。「大丈夫......着いた？」「もう少しある。だから、また眠ってて。着いたら起こすよ」その優しい声に導かれるように、明日香は再び目を閉じかけた。そのとき、ふいに温かな手がそっと彼女を引き寄せた。細い肩が樹の胸元に収まり、頭は自然と彼の肩に預けられた。「......っ」心臓が、ひときわ大きく跳ねた。まるで恋人同士のような親密な距離。だが、明日香はそれを拒むことができなかった。ただ、彼の腕の中に身を委ねていた。本当は、こういうのが苦手だった。どう説明すればいいのかわからないけれど、どこか落ち着かない。慣れていない。いや、好きじゃない。きっと、進み方が早すぎるんだ。明日香はゆっくりと瞬きをした。自分はスロースターターだ。こういう距離感は、どこか不自然に感じてしまう。遼一はきっと、もう先に帰宅しているだろう。車がガーデンレジデンスのエントランスに近づいた頃には、夜もすっかり更けていた。車は時速数十キロで、ゆっくりと進んでいた。大人なら走って追いつけそうな速度だった。やがてマンションの前で車が停まり、明日香は静かに言った。「私、一人で上がれるから。もう遅いし、あなたも早く帰って。着いたら、連絡ちょうだい」その声には、さりげない優しさがあった
佐倉さん、もうやめて！月島さんはリセット人生を始めた 第225話
「何、笑ってんのよ！」遥がやや不機嫌そうな声を上げると、真帆は慌てて首を振った。「いや、笑ってないって。ただ、ちょっとむせちゃって......」ごまかすように咳を二つしながら、目をそらした。遥はそれ以上相手にせず、栄養スープを手に、遼一の前にそっと置いた。「冷めてたら、また厨房に作らせるから。ほら、召し上がって」言葉遣いも、仕草も、どこかで見たものだった。遥は明日香の振る舞いを、あからさまに真似しながら、挑むような眼差しを明日香に向けた。明日香は視線を伏せ、耳のあたりがじわりと赤くなる。恥ずかしさと、どこか気まずさが入り混じった表情。こんなこと、自分らしくもない。でも、田中のあの言葉が胸に残っていた。樹の病状は、想像以上に深刻だった。抗うつ薬も切れ、食事すらろくに摂っていない。そんな状態で、彼はずっと何事もないふりをしていたのだ。これまで、どれだけ助けられてきたか。明日香は、その恩を忘れてはいなかった。せめて、こんな些細なことであっても、樹のために何かしてあげたかった。たとえその姿を、遼一が見ていたとしても——もう、自分のすべてを彼の指示通りに動かすつもりはなかった。私は、私だ。誰の操り人形でもない。やがて、時計の針が午後9時30分を回ったころ。「遼一さん......少し眠くなってきました。先に帰ってもいいですか？」ぽつりと珠子が言った。遼一は腕時計にちらと目を落とした。「......確かに、もう遅いな。帰ろう」淡々とした口調には感情が読み取りづらく、けれどどこか冷たさが混じっていた。珠子はこの夜、ほとんど箸をつけておらず、何か考え込んでいるようだった。そのとき、樹が口を開いた。「明日香、そろそろ帰ろうか。明日は授業もあるし、送っていくよ」すかさず遥が割り込んできた。「お兄ちゃん、明日香を送ってあげて！私は遼一さんの車で来たから、彼に送ってもらうね」言いながら、さっと遼一の腕に手を回した。樹は何も言わず、明日香に視線を向けた。その瞳に問うような静けさが宿っている。明日香は一瞬たじろぎ、目を泳がせながらも、かすかに頷いた。「そ......そうね」「じゃ、決まりね！」遥は満足げに笑った。その隙を縫うように、明日香は真帆に声をかけた。「真帆さん、運転手を
