全てが決められたレールを走る自分のつまらない人生にルミエラは突然現れた。
愛のない政略結婚をして、クリフトが生まれ淡々と仕事をこなす毎日でささやかな楽しみがあった。銀髪に澄んだエメラルドの瞳を持った少女は今日も聖母のように美しい。
「ルミエラ、そのような事はしなくても良いのだぞ」
「おはようございます、公爵様! でも、見た目も鮮やかな方がクリフト坊っちゃまも食欲が湧くと思いますし⋯⋯」クリフトを部屋に閉じ込めている間、彼の食事は部屋の前に置くことになっていた。
ほとんど食事をしない彼に対して、シェフの料理は適当になっていた。
公爵令息に対してスープ一杯⋯⋯それでもクリフトは一口も付けずに突き返してくる。
正直、クリフトに怒って良いのか、息子にそのような雑な食事を出すシェフに怒って良いのか分からなかった。ある日、シェフから受け取ったスープ一杯の食事をコース料理のように綺麗に並べて出すルミエラを見かけた。
ルミエラは床に座り込み受け取ったスープから野菜や肉を取り出し、持ってきた皿にまるでコースとして用意されたように真剣に並べている。
クリフトは喋らないから、彼女の行いに感謝を伝える事はないだろう。
そして、クリフトはどう生きているのか分からないくらい料理に手も付けない。
それでも毎日のように無駄な努力を重ねるルミエラを可愛いと思った。
結婚もしていて、30歳を手前にした自分が14歳の女の子を愛おしいと思うとは自分でも気持ち悪いと感じた。
俺と彼女は15歳も歳が離れていた。
彼女は両親を戦争で失っていて身寄りがなく、公爵家に13歳の時にメイドとして住み込みで働きにきた。
非常に働き者で誰も見ていなくても、常に汗を流しているのが印象的だった。
そして、その姿は誰よりも美しかった。
「気持ち悪い。今日もジロジロと若いメイドを見つめていたでしょ」
食事の手を止めて、突然、妻のミランダは俺を責めてきた。政略結婚で結婚して俺に興味がないと思っていたミランダが初めて俺に意見した。
俺は気がつくと彼女の頬を打っていた。「クリフトの事も腫れ物みたいに扱って⋯⋯私には暴力を振るって、自分は若いメイドに夢中! 本当に下品な人!」
ミランダは王女として甘やかされて育てられただけあって、人の気持ちを抉るような言葉を平気で吐くような女だった。
俺は自分がルミエラを目で追ってしまう事を恥じていた。
1番指摘されたくない部分を突かれた俺は、彼女に言ってはいけない言葉を吐いた。
「下品? クリフトのようなまともじゃない子しか産めない半端者のお前に言われたくないね」
その日、なぜ部屋から滅多に出ないクリフトが俺たちの会話を立ち聞きしていたのか分からない。ダイニングルームの扉は開いていて、9歳のクリフトが俺たちを観察するように見ていた。
それに気がついたミランダは彼に近づくと、跪いて謝っていた。何に対して謝っていたかは分からないが、俺はそれからミランダとクリフトを徹底的に避けるようになった。
1週間後、ミランダは首を吊って自殺した。
俺はクリフトには母親が必要だと言い訳するように、当時16歳だったルミエラと結婚した。
メイドの時はキラキラ輝いて見えた彼女が、結婚すると途端に豹変した。彼女は買い物三昧の生活をし、外商を邸宅に呼んでは宝石を買い漁った。
俺と会話をする時はいつも心あらずで、彼女の頭は公爵夫人になり贅沢することしか考えていないのだと失望した。 気に入らないメイドはムチで叩いて、天使のような顔をしていた彼女が悪魔に見えるようになった。俺の心はだんだんとルミエラから離れて行った。
「公爵様、思い出をください。ずっと貴方様に憧れてました」 メアリア子爵令嬢が俺に気があることは知っていた。俺が初恋だったと恥ずかしそうに伝えてくる彼女の銀髪を見て、これがルミエラからの言葉だったらどれだけ良いかと想像した。
彼女はまだ16歳で、借金の肩代わりに2回りも歳上の商人に嫁がされる。その事実が、身寄りのないルミエラが15歳も歳上の俺に求婚されて好きでもないのに結婚したのと重なった。
メアリア子爵令嬢との情事が発覚して、ルミエラに軽蔑されるのかと一瞬多くの言い訳が頭を巡った。
「若い女が良かった⋯⋯」最初に浮かんだ言い訳に思わず苦笑いが溢れた。
ルミエラはまだ十分若い、この言い訳は歳が離れているという彼女への引け目を覆い隠すためのものだ。
「私たちの夫婦関係は既に破綻しています。お気になさらないでください」ルミエラの言葉に酷く虚しい気持ちになった。
彼女が俺を夫として尊重した事はなかった。 ただ、贅沢をさせてくれるおじさん程度にしか思われていなかったと思う。(夫婦関係? 君が少しでも俺に歩み寄ってくれたなら⋯⋯)
その後のルミエラの様子はいつもと違っていた。情の深い俺が愛した彼女が戻って来たような感じがした。クリフトの事を深く思いやる言葉と、彼女のエメラルドの瞳からは愛情が溢れ出ていた。
「スタンリー、お互いクリフトの親として恥ずかしくないように過ごしましょう。私たちの関係は解消するの。これ以上続けても無意味だわ」
まるで死刑宣告のような残酷な言葉を吐くルミエラは俺の愛した聖母の笑みを浮かべていた。
「離婚はしないぞ。世間体が悪いからな」 自分で発した声が驚くように震えている。ルミエラが好きだった。
彼女への気持ちは冷めたような気になっていたのに、俺の好きだった彼女の残像が見えただけで一気に気持ちが再熱する。
恐らく今まで生きて来た中で唯一した恋だ。
簡単に捨てられるものではなかった。ルミエラの前では恥ずかしい程、俺は単純な男になってしまう。
それでも、愛されてない事が分かってて彼女を繋ぎ止めるのに縋ることはできなかった。
プライドが邪魔して出た言葉は彼女を縛りつける言葉。 その言葉に彼女は顔を顰めるよりも悲しそうな顔をした。昨晩、目を瞑りルミエラだと思って抱いた女は何を勘違いしたのか俺の元に戻って来た。
「公爵様、私の方があなたを幸せにできます。お願い、私を愛して」俺に縋りながら啜り泣くメアリア嬢を引き剥がしたい衝動に駆られる。
純粋そうに見えた彼女に隠しきれない下心を感じた。
一旦、退場したように見せかけて出てくるタイミングを見計らっていたのだ。どうしてもっと早く気がつかなかったのだろう。
彼女がルミエラの誕生日の前日の晩を狙って、俺を訪ねて縋ってきたのはわざとだ。女とはなんと恐しい生き物なのだ。
彼女は俺とルミエラの関係が破綻するように誘導して、次の公爵夫人の座を狙っていただけだ。
「本当に、公爵殿下と夫婦だった時間は何だったのでしょう。あなたは若ければ誰でも良い方だったのね」
俺の葛藤も知らない自分勝手なルミエラの言葉に怒りを感じたのに、彼女が涙を浮かべているのが分かって非難できなかった。
「君の言う通り、俺たちが歩んできたのは無駄な時間だったのかもな。それでも俺は君と離婚するつもりはない」
俺は静かにメアリア嬢を引き剥がしながら、ルミエラを見つめ続けた。
ルミエラは、結局、少しも自分のものにはならなくて悪魔のような正体を持つ癖に聖母のような面を見せて惑わす女だ。
彼女のことは思い出として片付けた方が良いと頭の片隅で思っていても、手放す気にはなれない。
彼女は自分の手に負えるレベルの女とは思えない。
俺を、出口のない森に迷わせる恐ろしい女だ。「私はもうあなたに期待していないけれど、クリフトには恥ずかしくない親でいて⋯⋯」
美しく微笑んだ彼女はクリフトの手をとり自室に戻っていった。
その姿を無表情で見つめているレイフォード王子には違和感しかない。
彼がなぜ早朝からお忍びのようにこの邸宅を訪れているのかも不明だ。
ルミエラの誕生日の舞踏会は夕方からで、彼と彼の婚約者であるタチアナ嬢を招待している。
「公爵様、昨晩のように私を『あなたを愛するルミエラ様』と思って抱いてくれて構いませんよ」
引き剥がしても、すり寄ってくるメアリア嬢にゾッとした。 そして、彼女は俺の妻よりも余程俺をよく見えている。 「ルミエラの代わり? 誰もルミエラの代わりなどできない⋯⋯君はもう2度と俺の前に姿を現さないでくれ。そもそも、そういう約束だし目障りだ」 「酷い人!」 メアリア嬢の涙を見ても、俺は何も感じなかった。 酷いと言われれば、その通りで俺は酷い人間だ。メアリア嬢が立ち去るのを確認をして、俺はレイフォード王子と向かい合った。
「レイフォード王子殿下⋯⋯舞踏会は夕刻からのはずですが⋯⋯」
「クリフトとの約束があったのだ。それにしても、中々面白い場面が見れた。人生、何が起きるか分からないな。それでは、また後ほど会おう」
たかだか19年しか生きていないのに悟ったような事を言いながら、レイフォード王子は出て行った。
馬車に乗せられ、家路を急ぐ。「スタンリー、帰ってきてしまって良かったの?」 彼は貴族たちに囲まれていたから、仕事の話になって執務室に何かをとりに来たような気がする。 それなのに会場にも戻らず、勝手に帰ってしまって良かったとは思えない。 スタンリーは私の方を見ようともせず、ずっと真っ暗な窓の外を見ている。「⋯⋯別に、問題はない。ルミエラはまだ帰りたくなかったのか? その⋯⋯体調が悪いと聞いたが⋯⋯」「懐妊の話ね。それは、誤報だから⋯⋯私は、子供は欲しくないの」「君が、そう思うのは当然だ。あのような過ちを犯した俺との子供なんて穢らわしくて欲しくないのだろう⋯⋯」 彼は一体何を言っているのだろう。 3ヶ月以上、仲睦まじく毎晩のように抱き合ってきた。 (穢らわしいなんて思ってる訳ないじゃない、むしろ⋯⋯) 私が子供が欲しくないのは、子供を持つことの大きな責任を知っているからだ。 健太が生まれた時、私は輝かしい未来しか想像していなかった。 結婚して、子供が産まれて、子供が反抗期になったら喧嘩するかもしれないけれど、大人になったら一緒にお酒を飲んだりして、孫が産まれて⋯⋯。 そのような思い描いた将来は、健太が1歳になる前に消滅した。 そして、私は今でも自分が死んだ後、彼が無事に生活しているか考えるだけで気が狂いそうになる。 子を持つ事による発生する責任を私は恐れている。 「私は子供を持つのが怖いだけ⋯⋯スタンリーは関係ないわ」「君はクラフトの事を怖がっていたからな。確かに子供は思うようにはならん。別に逃げて良いのだぞ。君はクリフトの親ではないのだから」 私はスタンリーの言葉に流石に頭がきた。「クリフトは私の子よ! それに、私がスタンリーを好きだから一緒にいたいって分からない? あなたのその目は節穴なの?」「えっ? 君が俺のことが好き?」「そうよ、ムカつくから、絶対言いたくなかったけどね!」 私は振り向いたスタンリーの髪を引
目が覚めて、隣で寝ているスタンリーを見てホッとする。 そして、彼をしっかり見つめてみると、いかに彼が私を見てくれていたのか分かる。 本当に私を好きで結婚を申し込んで来た事も理解できた。 クリフトに殺される運命を回避する為には彼と協力した方が良い。 しかしながら、この世界が小説『アクアマリンの瞳』の中で16歳のクリフトが私たちを惨殺するという話は絶対にできない。 私の頭がおかしくなったと思われるからだ。 ミランダ夫人は自殺する前、異常なまでの被害妄想やおかしな言動が増えていた。 それを目の当たりにしてきたスタンリーは、私がおかしな言動をすれば必ず彼女を思い出すだろう。 (病気扱いされて、避けられるだけね⋯⋯) 彼はとても冷たい人だ。 政略的で愛のない結婚だったとしても、ストレスでおかしくなった妻を救おうともしなかった。 浮気をした上にとんでもない言い訳をしてきた彼は最低だが、そのような彼に歩み寄ろうとしている自分の行動が自分でも理解できない。 期待してはいけないと思いながら、スタンリーなら何とかしてくれるのではと考えてしまう。 私は彼を起こさないようにメイドも呼ばず着替えて部屋を出た。「母上、おはようございます。今日からアカデミーですよね」 部屋の前にいたクリフトに動揺する。(普通に話しかけてきた⋯⋯どういうこと?) 突如、不安が押し寄せてきて今の状況を誰かに相談したくなる。(そうだ、レイフォード王子殿下に相談を⋯⋯)「母上、朝食はまだ食べていませんよね」「ええ、クリフトは?」「僕はもう食べました」「そう、ならば少し早いけれどアカデミーに向かいましょうか」 今、クリフトが何を考えているかを考えるだけで冷や汗が出てくる。 食事なんて到底喉を通りそうもない。 アカデミーでは寮生活になる。 荷物はすでに送ってあるので、身軽に登校できる。 長期休暇まではしばらく会えなくな
モリレード公爵邸に帰るなり、私はスタンリーにお礼を言った。「今日はありがとう。それから、邸宅の管理⋯⋯本当は私の仕事よね。これから学ばせて」 先日、離婚したいと申し出たのに、自分でも何を言っているのか分からない。 ただ、4年間私がいかに何もしなくて、スタンリーがそれを何も咎めずにいた事がむず痒いだけだ。 私は今でも彼の事を浮気をした最低男だと軽蔑している。「君が公爵邸の財産管理をしたいと言ってくれたという事は、離婚する気は無くなったのかな?」「いえ、ただ私は今ここにいるのなら、自分のするべき事をしなければならないと思い直しただけよ」「知ってるよ。君は自分の仕事に懸命な人だから⋯⋯」 私の頭を撫でながら言ってくるスタンリーの言葉は皮肉として発しているものではない。 しかし、4年間するべきことをせず、自分の権利だけを行使してきた私をナイフのように突き刺す言葉だ。「レイフォード王子殿下の事が本当に好きなのだな⋯⋯」「また、何を言っているの? 好きになっても意味のない方だし、ときめいても一瞬。私はあなたの妻なのよ」「そうだな、君は確かに俺の妻だ⋯⋯」 以前レイフォード王子に恋しているかという質問に、イエスと答えた事を後悔した。 スタンリーが明らかに気にしている。 彼は本当によく私を見ている。 私が今まで彼を全く見ていなかった罪悪感をひしひしと感じる程だ。 確かに私はレイフォード王子を見る度にときめいてしまっている。 それを恋と言われればその通りだ。 でも、彼とした恋人のような芝居のせいによるものが大きい。 あのような可笑しな演技をしなければ、持つべきではない感情を抱かずに済んだ。 私は彼を自分と同じように間違った道を1度は歩み、なんとかしようとしている同志だと感じている。 きっと、次に会う時は同志としてクリフトに殺される運命を避ける作戦を知恵をだしあって立てるだろう。 もう、間違っても彼とキスなどしない。
「本日はお招き頂きありがとうございます」 私は自分が場違いな淡いクリーム色のワンピースを着てきた羞恥に震えていた。「あら、モリレード公爵家は意外と質素倹約を重んじるのですね」 タチアナ嬢は攻撃的な目で見つめきた。 気の置けない仲間内の会だから、着飾らないようなフランクな格好で来て欲しいと言った彼女の便りは罠だった。 彼女が私を嫌っていそうな事は分かっていた。 近頃考えることが多すぎて、彼女の悪意に気づけなかった。 でも、それは言い訳だと私自身が気がついている。 ただ与えられた仕事をこなしていれば良いだけのメイドであった時とは違う世界がそこにはあった。 色とりどりの花に囲まれたガーデンテーブルには8人程の令嬢たちが座っている。 きっとタチアナ令嬢の取り巻きたちだろう。 そして彼女たちの名前が誰1人分からないのは私の怠慢だ。 私は公爵夫人になってからの4年間、お茶会の招待に応じた事はなかった。貴族の付き合いとか理解できなかったし、最低限のことをこなしていれば良いと思っていた。 皆、煌びやかなドレスを着込んでいる。しつこいくらいに高価なジュエリーを身につけている事で実家の富を競っているようだ。 彼女たちはジュエリー1つ身につけていない私を、扇子で口元で隠すように意地悪に笑っている。「モリレード公爵家は夫人の散財で実は財政難で苦しんでいるという噂は本当でしょうか? 悩み事があったら、いつでも相談してくださいね。ルミエラ様では解決できない事柄もあるでしょうし⋯⋯」 緑色の髪をした見知らぬ貴族令嬢が、私の事を心から思っているように手を握りしめて訴えてくる。 一撃で私の生まれを非難するような言葉に心臓が止まるような気持ちになった。 どんなに着飾っても私はメイド出身の平民だ。 彼女たちの仲間になれるような日は来ないだろう。 いつも私を引き立てるように努める貴族令嬢たちが周りに存在したのは、全てモリレード公爵家の力だった。 ここはタチアナ嬢の陣地と
バルコニーに出ると、満天の星空が広がっている。 夜風が涼しく肌をくすぐって気持ちが良い。「そなた、僕の唇ばかり見ていたようだが、もしかして繰り返す過去の記憶が残っているのではないか?」 隣で私を覗き込むように見つめて来たレイフォード王子の言葉を一瞬理解できなかった。「あ、あの殿下も、繰り返している時を過ごしているのでしょうか?」「過ごしているよ。クリフトに殺されない未来を求めるように何度も! これはきっと神が僕に与えてくれたチャンスなんだ。やはり、そなたも僕と同じなのだなルミエラ」 美しい彼を前にすると、多くの女の子と同じようにときめいた。 それでも、彼に突然呼び捨てにされると嫌悪感を感じる。 彼がどうしてクリフトの元を訪れていたかは納得がいった。 私が初めに思いついたように、クリフトと仲良くすれば殺されずに済むと考えたのだろう。 最も、そのような浅はかな考えはクリフトには見抜かれている気がする。 「私は貴方様の叔父であるスタンリー・モリレードの妻です。そのように呼び捨てにするのはお止めください」「意外としっかりしてるのだな。確認させてくれ、そなたも何度もクリフトに殺されているのか?」 私は彼の質問に静かに頷いた。 しかしながら、彼と私の回帰している回数は異なるだろう。 私は記憶にある限り2度時を戻った。 たった、2度を何度もとは言わない。 意外としっかりしていると言われてしまったのは、私を歳の離れた男に財産目当てで嫁ぐ軽い女だと思っているからだろう。「やはり、神は僕にこの世界を正しい方向に導くように助けを求めているのだ」 楽しそうに月夜を眺めるレイフォード王子は幼く見えた。 その姿がなんだか可愛く見える。 何度も殺されるような時を過ごしているのに、彼は明るい。 私は2度の殺された記憶があるだけで、クリフトを見るだけで体が震えだす。 彼は小説『アクアマリンの瞳』を読んでなさそうだ。 この世界を繰り返した
「クリフト、まずは今までの私のあなたへの暴言の数々を謝らせて⋯⋯」 私はクリフトを部屋に招くなり、謝罪をした。 メイドで彼に仕える身だった時にあったはずの思いやりは、公爵夫人になるなり消滅した。 彼を邪険に扱うメイドたちの行動に目を瞑り、自分の鬱憤を晴らすように彼女たちの行動を扇動するようになった。 思い返しても自分の行動は最低過ぎて、許されるものではない。「⋯⋯」 クリフトはまた何も言ってくれなくなった。「今晩、私の20歳の誕生日祝いの舞踏会があるのよ。出席してくれるわよね」「⋯⋯」 クリフトは無表情で私を見つめていた。「気が向いたらで良いから⋯⋯」 先程、言葉を発してくれたからと言って、急に距離を詰めようとし過ぎたかもしれない。 クリフトには家庭教師をつけているからダンスは踊れるはずだ。 でも、私は舞踏会に出席した事のない彼に対して無理な要求をした。 そももそ彼が舞踏会に出席した事がないのは全て彼を隠そうとした私やスタンリーのせいだ。 それから、昼過ぎまで私は全く言葉を発さないクリフトに話しかけ続けた。 側から見ればひとりごとを言い続けているような不気味な光景だろう。 それでも私と彼の間には会話が成り立っていた。 彼の微妙な表情の変化を読み取り、私は対話を続けた。 ノックと共に、エリカが入ってくる。「奥様、舞踏会の準備をそろそろ始めませんと」「ああ、そうだったわね。クリフト、ではまたね」 私の言葉にクリフトが自分の部屋に戻っていく。 名残惜しいような気持ちになった。 なぜこのような対話の時間を今まで取らなかったのかを後悔した。♢♢♢ 事前に準備してあったグリーンのドレスを見て、心が落ち込んだ。 オーダーメイドでこだわりまくり、これでもかというくらいエメラルドやサファイアを塗したドレス。 同年代の子がアカデミーに行く中、息子のク