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偽の妻は辞める。本物の令嬢は超大物に嫁ぐ
偽の妻は辞める。本物の令嬢は超大物に嫁ぐ
作者: 余韻

第1話

作者: 余韻
松尾雅人(まつお まさと)と「結婚」して5年目。吉野唯(よしの ゆい)は、深津市での仕事を予定より早く切り上げて盛沢市へ戻った。

来月の結婚記念日を祝うため、唯は密かに海外旅行を計画していた。ビザとパスポートの更新手続きを進める中で、最新の戸籍謄本が必要なことに気づき、役所へ向かった。

しかし、窓口の職員から思いもよらない言葉を掛けられた。「吉野さん、当方の記録では、あなたは未婚となっております。戸籍に結婚の記録はありませんよ」

「そんなはずはありません。夫と結婚して、もう5年になります」

唯は思わず言い返したが、頭の中はひどく混乱していた。

雅人は、盛沢市でも評判のエリートだった。誰もが彼を温厚で優しく、ハンサムで一途だと言い、その笑顔を見れば夜空の月さえ霞んでしまうと噂していた。

5年前、唯は偶然、雅人の命を救った。それがきっかけで二人は恋に落ち、愛を誓い合って夫婦になった。

内密にしていたとはいえ、夫婦としての暮らしがあり、結婚指輪も、婚姻届受理証明書だってあった。それが嘘だなど、ありえるのだろうか。

窓口の職員は不思議そうな顔をした。「ですが、記録上は『未婚』となっています。吉野さん、何かの勘違いではありませんか?」

渡された書類の婚姻状況の欄には、たしかに「未婚」とはっきりと記されていた。

信じがたい現実に、唯は結婚指輪をぎゅっと握りしめた。あまりの出来事に、ひどく非現実的に感じられる。

どうしてこんなことになってしまったのだろう?

雅人と入籍していなかったのなら、この5年間の生活は一体なんだったのだろうか。

そんな中、芸能メディアのニュースが目に飛び込んできた。【トップ女優の一ノ瀬明里(いちのせ あかり)さんが盛沢市へ。夜に松尾グループの社長と密会、隠し子の存在をほのめかす】

明里?

唯は思わず息をのんだ。それは、松尾家の養女だった松尾明里(まつお あかり)なのだろうか?

18歳のとき、明里は実の親に引き取られて一ノ瀬家に戻り、名前を一ノ瀬明里に変えた。それから、親について深津市へと去ったはずだ。

明里は、いつ戻ってきたの?

胸の奥で、嫌な予感が渦を巻いた。唯はパパラッチが撮った写真をタップした。

それは、夜の港で撮られた写真だった。

近くに停まった高級車が光を遮るなか、明里は男を見上げていた。背伸びをしながらネクタイを引っぱり、楽しげに笑いかけている。

男の顔ははっきりと写っていない。しかし、そのネクタイは唯が先月、雅人のために特注したプレゼントだった。

盛沢市には、それ一つしかない特別なネクタイだ。

心臓が激しく脈打ち、唯の目は写真の下にある記者発表の動画へと引き寄せられた。

上品なドレスを着た明里は、美しく優雅だった。カメラの前で嬉しそうに微笑みながら、指元のダイヤの指輪をアピールしている。

「結婚ですか?実は、皆さんにお話ししていなかったんですが、ずっと前に結婚して、可愛い子供もいるんです」

レポーターは驚いて尋ねた。「まあ、素晴らしいですね!差し支えなければ、お相手はどなたなのか教えていただけますか?」

「それは、夫の仕事の邪魔をしたくないから秘密ですよ」明里は微笑んだ。

「でも、夫とは子供の頃からの知り合いで、あの人以外との結婚は考えられませんでした!」

祝福の拍手を耳にしながら、唯の視線は明里のダイヤの指輪に釘づけになった。心は、奈落の底へ突き落とされた。

なぜなら、明里のはめている指輪は、自分が持っているものと全く同じデザインだったからだ。

ただ、明里の方が宝石が大きく、光り輝いて見えた。

これはただの偶然なのだろうか?

唯は拳を強く握りしめた。どうしても、自分を納得させる言い訳が見つからない。

プロポーズの際、雅人は確かに言っていたはずなのに。「これはオーダーメイドの、世界に一つだけの指輪だ」

それとまったく同じものが、いま明里の手にあるのだ。

深く息を吸い、唯は雅人があるレストランに向かったと聞き、すべてを本人から問いただそうと決心する。

タクシーを拾ってそのレストランに向かうと、個室のドアが半開きになっていた。中から男たちの声が漏れて聞こえてくる。

「雅人さん、明里さんが戻ってきたよ。唯さんには、いつこの結婚が偽物だって明かすつもり?」

唯はその場から一歩も動けなくなった。

守ってきたと思っていた結婚生活は、すべて嘘だったのだ。

隙間から中を覗くと、雅人は冷めた声で言い放った。「まだその時じゃない。うちの祖父が頑固でね。明里とはかつて養妹という関係だったから、世間体として許さんと言い張るんだ。唯と5年連れ添うことを、明里をこの街に戻す条件にしたのさ。その期限まであと1ヶ月なんだ」

「何年も雅人さんを待っていた明里さんも、大変だったね……ところで、1ヶ月経ったら唯さんはどうするつもりだ?」

雅人は複雑な表情で言い切った。「唯もこれまで松尾家に尽くしてくれたし、俺に夢中だからな。俺と明里の関係が片づいたら、唯は外で養うつもりだ。明里は心優しいから、許してくれるはずだ」

「まあそうだね。深津市出身で身寄りもない女だし、盛沢市で遊んで暮らせるなら、それ以上文句は言えないよ……」

耳に突き刺さる言葉に、唯の心の中で何かが完全に砕け散った。

静かに目を閉じ、怒りと悲しみを抑え込むために、きつく唇を噛んだ。

この5年間、「妻」として、雅人のために全てを捧げ、必死で松尾家を守ってきた。盛沢市での生活を守るために、自分のすべてを犠牲にしてきたのに……

そのすべてが、雅人たちの間ではただの笑い話だったのだ。

その時、親友の杉本晴香(すぎもと はるか)から着信があった。「唯、検査の結果が出たわ。妊娠しない理由が分かったの。急いでクリニックへ来て」

唯は雅人との間に5年間子供ができず、晴香を頼って内密に調べていたのだった。

タクシーを拾い、唯は晴香のクリニックへと向かった。

それから10分後。

晴香は検査結果を差し出し、複雑な表情をした。

「調べたけど、唯の体に何の不調もなかった。それなら長年子供ができないのはおかしすぎる。だから処方されていた薬やサプリを調べた……全てに、意図的に避妊のための成分が加えられていたのよ」

そんな……

唯の心は激しく波打ち、震えが止まらなかった。

体質改善にと、薬やサプリを飲ませていたのは、雅人だった。

「体が弱いから」と言われ、毎日飲んでいたのに。

そう信じて毎日飲んでいたのに、結局5年経っても子供を授かることがなかった。

自分が産めないのではない。最初から雅人に産ませてもらえなかったのだ。

記者発表の動画と雅人の言葉。全ての事実が冷たいナイフとなって胸を貫く。

明里との子供を育てる雅人が、自分の子など望むわけがない。

「分かったわ。このこと、雅人には内緒にしておいてね」

クリニックを後にした唯は、あてもなく歩き続けた。とうとう、よく覚えている家族の番号にダイヤルした。

「慎さん、吉野家に戻る決心がついた。家が用意してくれた結婚も進めてちょうだい。ただ、こちらのことをすべて整理するのに、1ヶ月だけ時間がほしいの」

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