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第9話

Autor: 青月
「結婚記念日」当日。エドウィンは早朝から音楽ホールの準備に出かけていき、別荘には私一人だけが残された。

彼は、この日のために多くの名門の客を招待し、会場には一万本以上のバラを飾り付け、国内最高峰の交響楽団まで呼んで演奏させるのだという。パーティーの様子は、すべてSNSで生中継される手筈になっていた。

七周年のために特別に注文したという、七段重ねの巨大なケーキまで。各段の装飾が私たちの甘い思い出を表現し、七年間を共に歩んできた軌跡を象徴している、などと彼は言っていた。

彼は言った。「当日、君に最高のサプライズがある」と。

ふふ、奇遇だわ。私も、彼のためにとっておきの「サプライズ」を用意している。

ただ、残念ながら、私本人はその会場には行かないけれど。

別荘で荷物をすべて片付け終えると、私はこれまでの思い出の品を、残らず裏庭の焼却炉に放り込んだ。そして、火を点けた。写真も、プレゼントも、何もかも。

「お母さん、これからどこに行くの?」

オリヴァーが、燃え盛る炎の前で私の手を握り、不安そうに尋ねた。

私は、精一杯の笑顔を作った。

「昔、お母さんととても仲の良かった、別の方のところよ。ちょっと……喧嘩別れしてしまったのだけれど。でもきっと、オリヴァーにも優しくしてくれるわ。

もし、そうでなくても、お母さんが必ずあなたを守るから」

オリヴァーは、こくりと頷き、それ以上は何も聞かなかった。

一台のロールスロイスが、静かに門の前に停まった。私たちを迎えに来た車だと分かった。

最後にもう一度、七年を過ごした別荘と、過去を焼き尽くす炎を見た。

「さようなら、エドウィン」

未練など、ひとかけらもなかった。私はオリヴァーを連れ、ためらうことなく後部座席に乗り込んだ。

その頃、宴会会場では、エドウィンがシャンパンを片手に、招待客たちと一人一人挨拶を交わしていた。

客たちは口々に、結婚七年にしてこれほど一途で献身的とは、まさに理想の夫だと彼を称賛した。

だが、エドウィンは理由もなく胸騒ぎがし、時折、落ち着きなく入り口の方に視線をやっていた。

待っている人が、来ない。

エドウィンは携帯を取り出し、ソフィアとのチャット画面を開いた。

最新のメッセージは、数時間前に彼が送ったものだった。

【ソフィア、起きたかい?】

【会場の準備は完璧だよ。時間になったら、執事に車を出させる】

【ソフィア?】

彼はもう一通メッセージを送ろうとしたが、既読にならなかった。自分がブロックされていることに気づいた。

エドウィンは急速に焦り始めた。慌てて電話をかけ、別のSNSアプリも試したが、すべてが遮断されていた。

震える手で、別荘の執事に電話をかける。

「こら!まだソフィアを迎えに行けていないのか!」

執事の歯切れの悪い声が返ってきた。

「も、申し訳ございません。旦那様。家中を探しましたが、奥様はすでにご自分で出発されたようで……」

エドウィンはその場で凍りついた。声が震える。

「そんなはずはない!もう一度、隅々まで探せ!今日中にソフィアを見つけ出せなければ、お前たち全員クビだ!」

電話を切ったが、心臓は激しく鼓動を打ち続けていた。

「あ、ありえない……彼女が俺から離れるはずが……」

エドウィンは自分に言い聞かせるように呟き続け、必死で合理的な言い訳を探そうとした。

「そうだ、サプライズだ。彼女、俺にサプライズを用意するって言っていた。きっと、その準備をしているに違いない」

まさにその時、宴会ホールの重厚な扉が、ゆっくりと開いた。人々の視線が、一斉に入り口に注がれた。
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