ものすげー、頭に響くんだぞ!頭蓋骨にガリゴリガリゴリ響いて、神経麻酔はアホほど痛いし、抜くときのあの骨が軋む音が耳からじゃなく直接脳に届く感じは、しばらく夢でうなされるんじゃないかと思う。しかも一時間近くやって抜けないなんて。真琴さんを蹴飛ばすわけにいかないから必死でじっとしてたけど。……泣いてしまった。大泣きしたわけじゃねえ!痛くて疲れて自然と目が潤んだだけだから泣いたうちには入らない!カッコ悪いとこを見られたと思えば余計に泣きたい。帰り道、優しくされればされるほどなんか情けないやら恥ずかしいやらで。でも甘えたい。めちゃくちゃ甘えたい。「帰ったら、膝枕……」「わかってます。貴方のシャツ着て、ですよね」「な、生足で……」「はいはい」ああ。やべー……麻酔が切れて来たら尋常じゃないくらいガンガン頭に響く。歯医者でもらった頓服を飲んで、ちょっとは和らいできたけど無痛になるということはなかった。でもいい。痛いのは消えなくても、辛いのは忘れさせてもらうんだ。散々かっこ悪いとこ見られたし、もうどうせだから今日は目いっぱい甘えるんだ俺は。いつもなら「変態」の一言で絶対してくれなかっただろう、「彼シャツで膝枕」なんて。そんな彼女が今、目の前で俺のシャツを二枚広げて、ちょっと赤い顔で俺を睨んでいる。ワイシャツと、普段着用のカジュアルなやつ。どっちか選べ、という意味だと思う。俺が余りにしょっちゅう来ては泊まって行くから、仕事用と休日用と何着か着替えを置かせてくれるようになった、その中の二枚だ。「え
「ありがとうございました」診察台から降りて、歯科助手の女性に会釈をする。ざっと診てもらった結果、虫歯もなく歯石取りだけして僕の方は終了だった。問題は陽介さんの方だが、大丈夫だろうか。パーティションで区切られているだけだから、何かあれば声が聞こえるはずだと思ったけど、僕が診てもらっている間は聞こえなかった、が。「はい、麻酔効いて来たと思うので、今から抜歯しますよー」という、声が聞こえた。そうか。抜くことになったのか。大丈夫だろうか?と、思っていると、何やら『どすっ』『ばたっ』というような音と。「あが!あがががが」明らかに陽介さんの声だった。待合室の方へ戻る途中、陽介さんがいるはずの隣の診察台にちらりと目を向ける。「高見さん!麻酔効いてるはずだから!暴れないで!」あの『どすっ』『ばたっ』という音は、診察台を蹴っている音だったらしい。顔は見えなかったが、長い足が足掻いてばたついているのが見えた。「あがががが!!」「高見さん!手、持たないで!余計危ないから!」「あ、あの。連れなんですが、お手伝いしましょうか」助手は女性ばかりのようだし、大きい彼にあんなに暴れられては大変だろうと、先ほどの歯科助手に声をかけ診察台に近寄る許可をもらった。「陽介さん!」片腕で足を押さえながら、もう片方の手で彼の片腕を掴み声をかける。すると、ぴたっ、と硬直したように動かなくなった。
※※※※※※※※※※歯が痛い。でも乗り切れそうな気がする。ほら。歯痛って、波があるし。もしかしたら虫歯じゃなくて知覚過敏とかの可能性もあるわけで慌てて行く必要はないんじゃないかなーって。※※※※※※※※※※「陽介さん? 今日、なんだか大人しいですね」「え、そうすか」「どこか具合でも?」もしくは疲れてるのだろうか?今日は来店した時から、なんだか口数も少ない。「んなことないっすよ、元気です」「ほんとに?」僕に向かって笑ってみせるが、それもどこか固いような気がするし、酒も進んでない。金曜の夜は、店に来たら僕の部屋に泊まっていくことがすっかり習慣になっているが、疲れているなら家でゆっくり休んだ方がいいんじゃないだろうか。だけど、具合が悪いならそれも心配だし。「ほんとですって」と言いながら、何か取り繕うようにコロナに口をつけた。今出したばかりの、よく冷えたヤツだった。「いっ!!」突然、陽介さんが片頬を抑えてカウンターテーブルに突っ伏した。「陽介さん? もしかして、歯が痛い?」「なんでもないっす、ちょっと冷たいのが染みただけで」「いや、それ虫歯でしょう」「大丈夫ですって、親知らずだし」「だから虫歯ですって」親知らずだろうとなんだろうと、虫歯は虫歯だろう。「歯医者は行ったんですか」「や、いつも数日したら治る
呼吸が整うまで腕の中で彼女を見下ろしている間に、決めたはずの覚悟が揺らぐ。泣きすぎて、充血してる。目の周りも、すっかり赤くなって腫れ始めていた。これ以上触れるのは、辛い。触れれば触れるほど彼女は泣くのだと思ったら、怖くてたまらない。だけど縋り付いてくる弱々しい瞳は、完全に俺に全部委ねていて。その瞳に、僅かばかりに励まされる。息が整ったのを見計らって、ゆっくりと愛撫を再開した。くちゅ、と水音が響くたび、応じて、ひくひくと身体が跳ねる。目を閉じそうになれば瞼にキスして、顔を背ける頬を指で撫でて、視線を合わせるよう促した。もうこれ以上、過去の記憶に彼女を奪われ泣かれるのは嫌だった。俺のことだけ見てて。貴女の傷を、全部上書きしてしまうまで。怯えるのも泣くのも全部、俺だけに向けていて。彼女の身体から少しずつ余計な力が抜けて、時折熱の籠った吐息をもらす。指先を滑らせ襞を掻き分けて、隠れた小さな粒に触れた。「ひあっ?!」びくんと身体をしならせて、悲鳴を上げる。彼女の目が、心地よさと不安の中で揺れていた。大丈夫だと、汗ばんだ額や目尻にキスをしながら、指はその一点に留まってくるくると撫で続ける。「ああ! うあ、や……やっ! こわい」浅く荒い息遣い、身体を捩らせながら、濡れた瞳が怖いと言って俺を見る。その怖さが、今までのものと違うことはすぐにわかった。感じてくれているのだと高揚し、気持ちは逸る。だめだ。ゆっくり、ゆっくり。身体をもて余し逃げ場を探して、両手でしがみついてくる彼女に、軽く唇を触れ合わせる
肌を撫でながら全ての布を剥ぎ取って、見下ろす彼女の身体はあまりにも綺麗で煽情的で、ふと気を緩めれば理性が吹っ飛びそうになる。落ち着け。絶対、自分を見失うな。ほんのちょっとでも乱暴にするわけにいかない。シャツを脱ぎながら、震えて固く閉じたままの彼女の膝にキスをする。肌のすべてが震えていて、掌から唇から体温が伝わるように、包み込むように触れた。身体の線を手で温めながらゆっくりと撫で、首筋や肩、鎖骨に唇を落とす。時折小さく甘い声が聞こえはじめ、そっと彼女の胸を手の中に包んだ。びくん、と震えたものの抵抗する仕草はなく、恐る恐る指先で敏感な先を擽ると熱を帯びた吐息が漏れた。「……ふ、ぁ」力ない手で、縋るように俺の腕に捕まる。その指先に、キスをした。今までと違う、明らかに快感を呼ぶ愛撫に恐ろしくなったのか混乱したのか、甘い声がすすり泣きに変わり、その泣き声に混じって彼女が何かを呟いた。「……け、さ」「真琴さん?」「……ようすけ、さん。陽介さん」ぐっ、と胸を掴まれたみたいに、苦しくなる。怖くて恐ろしくて、縋りつくため俺の名前を呼んでくれることが、感動するほどに嬉しかった。「……ふ、うっ……陽介さ……」「真琴さん」目を細め、ぽろぽろ涙を零す彼女に、ここにいますと伝えるために名前を呼び返し続ける。だめだ、もう。嬉しくて、苦しくて。泣かせてるのに、幸せだと感じてしまう。俺
慎さんが俯いて、自分の手を見つめた。初めて震えていることに気が付いたみたいで、手の感触を確かめるように何度か握り合わせる。その時、胸元を隠していたワンピースの布が彼女の膝に落ちて「あっ」と擦れた悲鳴を上げた。腕だけで、もう隠しきれてない。白い胸元が目の前で露わになって、また思考が揺れる。無意識に手が動いて彼女に触れようとしたけれど、辛うじて拳を握って耐えた。そんな俺を見て、彼女が少し身体の力を抜いたのが気配で伝わる。「だって、貴方は優しすぎるから」見ると、口元に少し、笑みを浮かべていて。まるで、諭されているような気にさせられる。だけど、慎さんの言葉の意味が俺にはわからない。優しくして、何がいけないんだよ。好きな女に優しくしないで、一体誰に優しくすんだよ。「いつだって、貴方は僕が最優先で、全部僕の為で、あんなに毎日会いに来てくれるのに、僕は何も返せないままで、この先もずっと?」それは、だって。慎さんに寂しい思いはさせたくなかったし、貴女が好きだって気持ちを言葉だけじゃなく表して、不安なことは全部なくしたかったから、で。「僕は貴方に申し訳ないと思いながら傍にいるの?」がん、と頭を殴られたような衝撃だった。慎さんの為にって。不安や哀しい、寂しい、そんな感情を全部、遠ざけてあげたくて。ただ、俺が。そうしてあげたかっただけなのに。「返すなんて、そんなこと俺は」そんなことは気にしなくてもいいのだと彼女に伝えようとするけれど、それは無意味だとすぐに気づいて言葉は途切れる。だって、それは慎さんの感情だ。気にするなと言われて、消えるものじゃない。彼女の為に、俺は必死だった。だけどそれが、彼女の負い目になってたことに、愕然とする。自分が情けなくて、だけど、だからといって。震える彼女に、これ以上、触れるなんて、俺には。「貴方が気にしなくても、僕は気にする。何もできてないんじゃないかと、僕が傍にいる意味なんて無いんじゃないかと、怖くなる。 これが全てじゃないとわかってるよ。けど、好きな人の為に必死になるのはそんなに悪いこと?」混乱する頭の中で、耳に飛び込んで来た言葉。彼女が、初めて、俺に「好き」だと言った。付き合ってくださいと言って、はい、と返事はくれた。嫌いじゃない、とは言ってくれた。それで十分だと、俺はずっと思っ