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月と太陽《2》

Author: 砂原雑音
last update Last Updated: 2025-03-30 09:00:25

小さく肩を竦めて俯く。

此処までの会話で、なんと乗りの悪いことだろうと自覚はあるが。

事実、あまり外に出たことがないのでどこで何をすればいいのかわからないのだ。

こんな相手と出掛けてもつまらないだろうに、と心底そう思う。

だけど、陽介さんは少し思案した後。

「わかりました。とりあえず、行きましょう」

と、いきなり僕の手を掴んだ。

「ちょっ! 手! やめてください!」

「いいじゃないですかデートなんだし」

「違います!」

ってか、男同士で手を繋いで歩いたらどんだけ好奇の目に晒されると思ってんだ。

しかしどれだけ抗議しても「騒いだら余計目立ちますよ」と言われ結局店に入る直前まで、その手は離してもらえなかった。

◇◆◇

カキン!

と小気味よい音がするときもあれば、大きく空を切るだけの時もある。

バットに当たるのは、二分の一くらいの確率だろうか?

多分余り上手くない……んじゃないだろうか。

「よく来るんですか?」

「いや、全然。かなり久しぶりで」

「でしょうね……」

ブランチの後に彼が連れて来てくれたのは、住宅街の少し辺鄙な場所にある、古びたバッティングセンターだった。

「ひでー。下手くそって言いたいんですか」

僕は少し離れた場所にある丸椅子で、大人しく彼のバッティングを見ていたのだが、つい口を挟んでしまった。

「上手くはないですよね。意外でした」

「何がですか」

彼がバットを振るのを休んだので、ボールがバスッとネットにあてがってあるクッシ

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