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男は下らぬことに闘争心が湧いたりする《9》

Author: 砂原雑音
last update Last Updated: 2025-02-13 19:52:09

ぴたりと身体に添うチューブトップを身につけてから、きっちりとアイロンをかけた白のワイシャツを着て黒のスラックスを履く。

ネクタイも黒。

上半身がベストになった黒いカマーエプロンを付けて腰で結び、準備完了。

店に入ると、佑さんはカウンターの換気扇の下で煙草を吸って待っている。

週の中日、夕方早々から客がくるとは思えないけれど。

「開けてくるね」

「おお、頼むわ」

少し大仰なデザインの扉を開くと表のプレートをOPENにひっくり返し、外の大通りに繋がる階段を上がる。

店の電飾看板のコンセントを差し込むと、まだ薄闇程度の明るさの中でbarプレジスの文字が頭上で点灯した。

「慎さんっ」

高めの女の声が聞こえて、ヒールの音が小刻みに近寄ってきた。

振り向くと、そこにはよく知っている客の女の子が居た。

早々客なんて来ないだろ、という僕の予測は外れたらしい。

「いらっしゃい、マリちゃん。ラインごめんね? 返信遅くなっちゃって。週末に来るんじゃなかったの?」

多分、僕の返信が素っ気ないから気になって来たんだろう。

少し唇を尖らせた、拗ねた表情の彼女は俯いてこちらを睨みあげる。

「そうよ、週末も来るけど、今日も来たの。いいでしょ別に」

「勿論、嬉しいよ」

ありがとう、と言って手を差し伸べると、嬉しそうに重ねてくる姿は本当に可愛らしい。

だから僕は、ちょっと厄介かなと思ってもできる限り店にいる間は優しく接するし、幸せな気分でお酒に酔ってもらえるよう心がける。

女の子は皆、優しく、大事にされるべき存在だと思うから。

【陽介視点】

週末のbarプレジスの扉を開ける。

中からは、先日の静かな雰囲気とは一転、やけに大勢の声が騒めいていた。

「あれ? 今日はなんかあるんですか」

週末となれば毎度こんな感じなのか?

と思ったが、どうやらそうではないらしい。

浩平がカウンターに近づいて中にいる佑さんに尋ねると、笑ってはいるものの若干余裕を欠いた表情で答えてくれた。

「いらっしゃい。今日は慎の誕生日でさ」

見るとカウンターのスツールは撤去されていて、奥のテーブル以外は立ち飲み状態になっていた。

「思った以上に集まってくれて、今日は急遽定額制。その代わり飲み放題」

つまり、店員二人にこの人数の客じゃ飲み代も把握しきれなくなりそうだから、と、そういうことらしい。

実際狭い空間に俺
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