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番犬の役割《3》

Author: 砂原雑音
last update Last Updated: 2025-03-13 18:25:22

「なんで浩平?!」

当然心の声はストレートに口から飛び出す。

「あ、でも人伝に聞き出すわけにもいかないですし僕の携帯を」

ショックのあまり前のめりに身体を乗り出す俺には素知らぬ顔で、不意に店内を見渡すと通りがかったウェイトレスを呼び止めた。

「申し訳ありません、ペンを貸していただけますか」

なんつって、王子さまスマイルをキラッキラ振り撒いているが、その美貌の犠牲者を増やすのはやめてくれ!と叫びたい。

慎さんはテーブルの隅にあった紙ナプキンの束から一枚抜き出しそれにペンを走らせて、ウェイトレスに向かってペンと一緒にまた笑顔を差し向けた。

「ありがとうございました」

案の定ウェイトレスは顔を真っ赤に染め、受け取ったペンをぎゅっと胸元にそれはそれは大切そうに握り締めて、ぺこりとお辞儀すると走り去る。

ああ、なにこれ。

浩平やらウェイトレスやらこの人と一緒にいるとずっとこんなハラハラしていなければならんのか。

慎さんを相手にする場合、男も女も関係なくライバルになるということか。

これはかなり気合いをいれていかねばならない、とテーブルの上で拳を握っていると、そこへぱたんと二つに折られた紙ナプキンが差し出された。

「え、」

「僕の携帯。あなたがまた酔い潰れたら、引き取りにきてもらわなければいけないので」

「もう二度と潰れませんよ!」

「そうしてください。僕から浩平さんに連絡する必要がないように」

ふわりと、まるで薔薇の花が咲いたような笑顔でそう言われた。

そんな顔で言われたら逆らえるはずもなく、渡された紙ナプキンをじっと見下ろす。

ちくしょう!

もう絶対潰れねえ!

「ちゃんと浩平さんにも教えといてくださいよ」

折りたたまれた紙ナプキンの内側を、見たくて見たくて仕方ないのを堪えていたが。

続いた言葉に、一瞬「んっ?」と首を傾げた。

「……え。俺も見ていいんすか」

「……いらないならいいですけど」

「いりますめっちゃいります!」

「……ちょっと、声でかいですから」

眉を顰めて俺を諫めてから、カフェオレのカップに口を付ける。

その時の慎さんが少し照れたような顔に見えたのは気のせいじゃない。

と、思いたい。

―――――――――――――――――――

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慎さんの店のあるこの通りは、夜になると随分イメージが変わるなと改めて思う。

もう深夜近い時間帯なのに未だにカッ
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