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第0404話

Author: 十一
「習慣は変えられる」凛は静かにそう返した。

「他の人にはそうするけど、お前に対しては変えたくない」

凛は言葉を飲み込んだ。

レストランを出ると、凛たち三人は同じ方向へと歩き出した。

早苗がスマホを取り出し、タクシーを呼ぼうとしたそのとき――

一台の黒いビジネス用メルセデス・ベンツが静かに彼らの前に停まった。

窓が開き、時也の顔が現れる。「乗って。家まで送るよ」

早苗は自然と凛の方を見て、目で問いかけた。

時也はそれを見て笑いながら言った。「ここはタクシーが捕まりにくい。俺が送らないと、家に着くの、下手したら2時間後になるよ」

学而は黙ったままだった。状況を知っているらしく、特に驚いた様子もない。

早苗がスマホの画面を覗き込むと、配車の待ち人数はなんと216人。

……2時間遅れでも、むしろ楽観的すぎるかもしれない。

「乗りましょう。ありがとう、瀬戸社長」凛がそう言うと、

時也は口元を緩めた。「どういたしまして、凛」

「……」

ナビの表示通りなら、最初に降りるのは凛、次が早苗、最後が学而のはずだった。

しかし十字路に差しかかった時、本来は右折すべきところを、時也はうっかり車線を間違え、直進するしかなかった。

ナビがルートを再計算し、降車の順番は変更された。最初が早苗、次が学而、最後が凛。

車は静かに路地の入り口で停車した。

時也は先に車を降り、ぐるりと回って助手席側へ。自らドアを開けると、優しく声をかけた。「頭に気をつけて」

凛は車を降りて立ち止まり、ふと彼を見上げた。「ありがとう」

「ドアを開けたことか、それとも機器を買ったことか?」

「両方」

「じゃあ、お茶でもごちそうしてくれないか?」

凛は絶句した。

「冗談だよ。変質者扱いしないで」

凛はじっと彼を見つめた。その眼差しに、冗談を受け流す気配はなかった。「じゃあ、あなたは変質者なの?」

男は口元を緩め、意味ありげに笑った。「違うよ。でもなりたいと思うし、なったら困る気もする」

「意味がわからない」

「わからなくていい。理解する必要のないこともある」

理由などないからだ。

当然、説明もできない。

まるで彼が、自分でもなぜ凛にこれほど執着しているのかわからないように。

そう、執着している。それは紛れもない事実だった。

あの年、B大の校門前で、凛に一目惚
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