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第0632話

Author: 十一
章夫の表情はようやく和らいだ。「……大谷の方は、慰めておいた方がいいのではないか?」

「いや、必要ない」大介は静かに答えた。「大谷のことは分かっている。彼女の関心は権力争いにも内輪揉めにもない。学問に腰を据えて取り組める、貴重な人材だ」

「だが、彼女の指導する三人の学生と、新聞で大きく取り上げられた実験室は……」

大介は机を指で軽く叩いた。そこには『帝都日報』が広げられており、ちょうど凛たち三人が自分たちで実験室を設立したことを報じた紙面が開かれていた。

沈黙がしばし続いた。

章夫も言葉を発さなかった。

やがて、大介が口を開いた。「……そのままにしておけ。この三人の学生は資金も土地も持ち、審査の関門まで通してしまった。確かに只者ではない。だが、実験室を作ったからといって成果が出るとは限らない。先のことはまだ分からない。

仮に成果が出たとしても、学校の名義になる。大局に影響はない」

章夫は鼻で笑った。「大学院一年生の三人が、いったいどんな成果を出せるというんだ?雨宮がScienceに一度載ったことがあるとはいえ、あれは評論記事であってResearch論文じゃない。格が全然違う」

だがその言葉は、ほどなくして大きく覆されることになった。

研究室の完成からわずか半月後、凛・早苗・学而の三人が共同で執筆した論文Computational principles and challenges in single-cell data integration(『単細胞データ統合の計算原理と課題』)がNature Biotechnologyに掲載されたのだ。

この報せはたちまち学内を騒然とさせた。

Nature Biotechnology、通称NBTは、世界三大トップジャーナルの一つ・Natureの姉妹誌であり、バイオテクノロジー分野の最新成果を扱う。

生物科学領域でも最高峰の雑誌の一つであり、

インパクトファクターは33.1。

要するに、発表レベルで言えば真由美がこれまで出してきた国内誌の論文など、比べものにならなかった。

特筆すべきは、この論文が「ボーダレス」の名義で掲載され、研究科どころか大学とも一切関わりがなかったことだ。

論文の「謝辞」にも、「B大学」や「生命科学研究科」といった名称はまったく記されていなかった。

この知らせを受けた章夫は
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