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第0652話

Author: 十一
敏子の件を片付けると、凛は帝都へ飛んだ。

もうすぐ期末試験だ。図書館には多くの学生が詰めかけ、復習に励んでいた。

二日間離れていたため、授業には影響がないが、実験の進捗はかなり遅れてしまった。

早苗と学而のデータがまだ彼女のチェックを待っており、飛行機を降りると凛は休む間もなくまっすぐ実験室へ向かった。

その後二日間は一歩も外に出ず、荷物もそのままで都合がよかった。

山積みのデータを処理し終えてようやく、浩二と時也への未払いの清算がまだ残っていることを思い出した。

その日の夕方、彼女は自ら電話をかけて二人を呼び出した。

やはりB大学の校外、あの店で……

浩二は家からの話で敏子の件を聞き、つい心配して口を出した。

凛が言った。「全部解決したわ。今日お二人を呼んだのは、主に最終支払いの清算のため……

契約書にある通り、工事代金は三回に分けて支払うことになっていて、前の二回はもう振り込まれていた。お兄ちゃん、そちらには最後の一回分が残っているでしょ。確認して問題なければ、私から残金を振り込むよ。

瀬戸社長の方は、ずっとお二人でやり取りしていたから私も詳しくは知らない。私の清算が終わったら、お二人で計算して。今日みんな揃っているうちに、一度で片を付けるのが一番だわ」

浩二はミスを心配していなかったが、凛があまりに真剣な顔をしているのを見て、一応念入りに確認してから、静かに「問題ない」と答えた。

「わかった」

次は浩二と時也の間の清算だ。

二人の動きは手早く、どちらも細かいことを気にするタイプではない。

用事を片付けると、三人は箸をつけた。

この日々、浩二と時也に助けられたことを思い返し、凛は酒の代わりにお茶で杯を掲げた。「お兄ちゃん、瀬戸社長、実験室が立ち上がったのは本当にお二人のおかげだわ。お世辞めいたことは言わなくて、この一杯に感謝の気持ちを込めているわ」

浩二はにこりと笑って手を振った。「そんな大げさに言うなよ。本当はこっちが感謝してるんだ。こないだ会社が本当に苦しかったとき、凛がいなかったらどうなっていたか分からない」

彼はよく分かっていた。もし自分が凛の従兄でなければ、面識のない立場のままに彼女が自分を選んでくれる可能性は高くなかっただろう。

凛は笑った。最初は偶然の巡り合わせだったが、浩二は彼女を裏切らなかった。

時也は
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