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第330話

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霞は残念そうに顔をしながらも、期待を込めて言った。「いや、でももしサンに会えたら、きっと興奮して何も言えなくなっちゃうと思う」

潤は興味深そうに尋ねた。「あなたにもそんな一面があるんですか?」

「何と言っても私の憧れですから」

静真はそれ以上何も聞かず、サンのレース動画、彼女がこれまでの記録を塗り替えた伝説のレースの映像を再生した。

すらりとした女性がレーシングスーツに身を包み、ヘルメットで顔を隠している。体型以外、何も分からない。

サンは身元を明かしたくないようだ。

レースの様子が映し出される。無駄のない、それでいて華麗で流れるような動き。生まれながらの才能と磨き抜かれた技術が融合した、まさに芸術的な走りだ。ヘルメットのせいで表情は窺えないが、その視線はきっと鋭いものに違いない。

静真はふと、月子のことを思い出した。

彼女は運転する時、片手で窓枠に肘をつき、もう片方の手でハンドルをくるくる回しながら、あっという間に駐車する。

その姿は、とてもかっこよかった。

そして、サンの体型もどことなく月子に似ている。

まさか、同一人物?

そんな考えが頭をよぎったが、静真はすぐに打ち消した。天音は、月子はサンの友達で、運転技術もサンに教わったと言っていた。

しかし、そもそも彼女たちが友達同士だということが信じられない。

この三年間、月子は自分の周りをうろちょろしていたし、サンは有名なレーサーだ。

もし友達だとしたら、月子にはサンを引きつける何かがあるのだろうか?

友達なら、何か共通点があるはずだ。

静真は理解できなかった。それどころか、月子に対する疑問は深まるばかりで、彼女のことをますます分からなくなっていった。

彼は無意識に拳を握りしめ、スマホを見つめる視線はどんどん沈んでいった。

……

月子は隼人を車で送っていた。彼はいくらか酒を飲んでいたが、顔色一つ変えず、道中は何事もないように見えた。しかし、エレベーターに乗ると、壁に寄りかかった。

家の玄関に着く頃には、歩くのもやっとの状態だった。

それを見た月子は、自然と彼の家のパスワードを入力し、ソファまで彼を支えて歩いた。ソファに腰を下ろした隼人は、目を閉じ、眉をひそめた。

「気分が悪いですか?」月子は心配そうに尋ねた。

隼人は頷いた。

「何か作りましょうか?少し食べて酔い覚めの
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