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第393話

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隼人が顔を上げると、月子の視線とぶつかった。

「起きたのか?」

月子の普段の冷たく澄んだ瞳は、柔らかな月の光のように穏やかだった。

「私、すごいと思いますか?」月子は唐突に尋ねた。

隼人は、月子とこんな会話をしたことがなかった。この種の对话は親しい友人間にふさわしく、普段の二人の会話は、どこかよそよそしく、距離があった。

「ああ、すごい」

「私、イケてると思いますか?」

「イケてる」

月子はその答えに満足していなかった。「本当に誠意がないですね。ただ適当にあしらってるだけでしょ」

隼人は何も言えなかった。

仕方がない。

月子はまだ酔いが醒めていなかった。

車を停めて、後部座席のドアを開けると、シートに寄りかかって微動だにしない月子を見て、隼人は口角を上げた。「降りろ」

普段の月子はどんなことにも積極的だ。隼人は、彼女が自分の立場を気にしているのだと分かっていた。

月子は彩乃と一緒にいる時のような感情を表に出さない。つまり、彼女の本当の顔は、隼人には全く分からなかった。

促されて車から降りた月子は、隼人の引き締まった腰にふと目をやった。

「歩けるか?」隼人は軽く頭を下げて彼女を見た。

「ええ」

月子は歩けなくはなかったが、千鳥足だった。

隼人が彼女を支えようとしたが、月子は意地を張った。「大丈夫です。一人で歩けます」

そう言った途端、月子は倒れそうになった。

隼人はとっさに彼女を支えた。月子は自分がうまく歩けないことに少しむくれていた。「ちょっと、歩けないみたいです」

「じゃあ、手を繋ごう」

月子は渋々頷いた。「はい」

隼人は月子の強情さを改めて実感した。エレベーターに乗り込むと、彼女は忍に寄りかかる彩乃のように、隼人に寄りかかろうとはしなかった。一人でエレベーターの壁にへばりついている彼女の様子を見て、隼人は尋ねた。「どうして急にすごいと思うかなんて聞いてきたんだ?」

「隼人さん」月子は彼を呼ぶとき、普段の冷たさはなく、まるで美しい獲物を狙うかのような、強い眼差しで彼を見つめていた。

酔って警戒心が薄れているためか、隼人は彼女の心の内を覗き見ることができたような気がした。

そう思うと、隼人の胸が大きくときめいた。

彼女は言った。「あなたの名前を呼ぶように言われたから、ちゃんと呼べました。すごいでしょう?」

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