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第586話
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元夫の初恋の人が帰国した日、私は彼の兄嫁になった 第590話
ちくしょう、出張から帰ってきたばかりで、疲れ切っているってのに、自分はなんで梯子までして、忍のところに恥をかきに来たんだろう。いや、待てよ。みんな急に恋愛を始めたのに、なんで自分に黙ってるんだ？と修也はひたすら自問自答していた。……一方で楓が、兄の賢から電話を受け時、ちょうど個室で遥と酒を飲んでいた。遥は途中で電話を受け、少し席を外した。しばらく二人に付き添っていた玲奈も、その場を離れた。楓は月子の秘書に恥をかかされたものの、月子のあのしょぼい芸能プロダクションがそのうち倒産することを考えると、気分は高揚していた。兄とは仲が悪いため、彼女は電話をとると強い口調で言った。「何の用だよ？」「どこにいるんだ？」「友達と飲んでるんだけど。何か？」「場所を教えろ」賢の声に真剣さが感じられ、嫌な予感がした楓は言った。「何の用か先に教えてくれないと、場所なんて教えられないよ」「お母さんが、あなたと話をしろと言っている」それを聞いて、疑うことをやめた楓は、賢に場所を教えた。しばらくして、賢がやってきた。ドアが開いた瞬間、楓は賢の冷たく厳しい表情を見た。賢は有無を言わさない勢いで楓に一方的に告げた。「J市行きの航空券はもう手配済みだ。これから空港に送っていくから」そして、賢は楓の手首を掴み、無理やり外に連れ出そうとした。もちろん、楓は抵抗した。月子の笑い話を見るまでは、帰るつもりはなかった。「嫌よ！まだ仕事も残ってるし、インタビューもあるのよ！一体何のつもり？賢、痛いじゃない！」楓があまりにも激しく抵抗するので、賢は手を離した。楓は怒りで顔が真っ赤になり、冷淡な表情の賢を睨みつけた。「一体、何なのよ！」「何度も警告したはずだ。月子さんはあなたがちょっかいを出せる相手じゃない。本当にどうかしてるぞ。まだ懲りずに面倒を起こして、彼女に盾をつくとは、いい度胸だな」賢は目を細めた。楓は驚愕した。「彼女が、私のことをあなたにチクったの？」「ああ。あなたが俺の妹だと知っているからこそ、あなたのやったことを事前に教えてくれたんだ」「あの女、よくもチクったわね！私に文句があるなら、直接言えばいいのよ！卑怯者！」月子のことを思い出すだけで、吐き気がするほど嫌だった楓は、ますます賢に腹が立った。「ちょっと
元夫の初恋の人が帰国した日、私は彼の兄嫁になった 第589話
月子の言葉は丁寧だったけど、社交辞令だってことは、老獪な賢も分かっていた。そうでなければ、なぜ月子は隼人を呼んだんだ？実際、月子が隼人を呼んで場を保たなくても、電話で直接言われたら、賢は放っておかなかっただろう。賢が心から月子を友人と思っていることに加え、楓が隼人と知り合ってからの年月、賢は楓を説得し続けてきた。我慢強い賢も、さすがにうんざりしていたんだ。賢はすぐに楓を探しに行こうとした。月子はそんなに急がなくてもいいと言ったが、賢は早く解決するしかないと考えていた。隼人が見ている前で、そんな悠長なことはしていられない。帰る前に、賢は、「月子さん、ありがとう」と言った。月子が自ら手を下せば、楓は痛い目に遭うことは間違いない。月子が先にこの件を公にしたのは、賢の気持ちを汲み取り、メンツを立ててくれたのだった。さらに、これは警告でもあった。もし今後楓がまた問題を起こしたら、容赦する理由はない。メンツも立ててやったんだから。賢は月子を甘く見ていなかったが、この時ばかりは、人間同士の差を痛感した。月子は楓より4歳ほど年下だが、立ち居振る舞いは非常に大人びている。楓は彼女とは比べ物にならない。楓のわがままを何でも聞いて育ててきたせいで、世間知らずで、自分の思い通りにならないと気が済まない性格になってしまったのだろう。賢は楓にもういい顔をするつもりはなかった。……賢は帰り際に、修也に一緒に帰ろうかと声をかけた。修也も少し飲み込む時間が必要だと感じ、月子たちに挨拶を済ませると、賢の後を追った。もちろん、賢の妹の騒動には関わりたくなかった。疲れるだけだ。しかし、隼人と月子が付き合っているという事実は、彼に衝撃を与えた。生まれてこのかた独り身を通してきた修也は、少し寂しさを感じた。連絡先を開いてみると、いい雰囲気になれる女性は一人もおらず、みんな友達か妹分みたいな存在だった。修也はふと、彩乃のことを思い出した。彼女は社交的な性格で、修也が出張中だと知ると、帰ってきたら一緒に飲もうと誘ってくれていた。修也も社交は得意だ。少し遠慮がちではあるものの、気負わずに彩乃に電話をかけた。すぐに電話が繋がった。「彩乃、俺だよ。出張から戻ったんだ。一杯どうかな？」相手はしばらく黙っていた。
元夫の初恋の人が帰国した日、私は彼の兄嫁になった 第588話
月子は隼人の口元に触れ、顔を近づけた。唇ではなく、口角にキスをした。月子は彼の手を握りしめ言った。「何もしなくていいの。あなたがそばにいてくれれば、私の『病気』は治るから」その言葉に隼人は心を揺さぶられたようだった。いつもより瞳に輝きが増し、深く、そして美しく見えた。月子は彼の視線に耐えきれず、少し目をそらした。彼の手を見つめ、指先を弄びながら、再び彼の目を見て、微笑みながら言った。「あなたは私の主治先生なの」彼女はますます隼人に惹かれていくのを感じていた。しかし、月子にとっては、それは少し恐ろしい兆候だった。愛が深まれば深まるほど、失うことへの恐怖も大きくなる。もし、万が一、隼人が彼女を嫌いになり、他の女性と一緒になったら、彼女は耐えられる自信がなかった。心を打ち明けたい、と思った。だけど、過去の傷が深すぎて、本当に辛かった。月子は心の底から恐怖を感じていた。相手が隼人だからこそ、その痛みは計り知れないものになるだろう、と。最初は大丈夫だと思っていたのに、深くハマってしまえば、もう自分の気持ちはコントロールできない。もう少し、時間を置こう……外に人がいたので、月子は少しだけ彼に寄りかかった後、体を離した。顔色も少し良くなった。「戻ろうか」隼人は彼女の顔色を見ながら言った。「まだ辛いなら、もう少しここにいよう」月子はかすかに微笑んで言った。「先生、だいぶ良くなったね」隼人はその呼び名を聞いて、目を細め、指先で彼女の唇を優しく撫でながら、低い声で囁いた。「唇が少し乾いているな」月子は彼がキスをしようとしていると思った。彼のその仕草がとても魅力的で、自分からキスしたくなった。そして、彼に近づこうとした瞬間、彼は立ち上がり、彼女の手を取って歩き出した。月子は疑問に思った。休憩室を出ても、隼人は彼女の手を離さなかった。修也は、しっかりと繋ぎ合わされた二人の手を見つめ、顔色を変えた。席に着いた月子は、まだ唇の乾燥が気になっていた。目の前に氷の入ったレモン水があったので、飲もうとしたその時、一隻の手が伸びてきた。グラスは隼人に取られた。修也の横にあるピッチャーを見て、隼人は言った。「水をくれ」修也はすぐにピッチャーを差し出した。隼人はグラスに半分ほど水を注ぎ、月子に渡した。「まずはこれを
元夫の初恋の人が帰国した日、私は彼の兄嫁になった 第587話
月子は賢に事前に話していなかったので、萌も特に何も言わず、「私も綾辻社長からは何も聞いていないです。ただ一緒に来ただけですよ」と自然に答えた。賢は唖然とした。修也は考え込むように休憩室のドアを見つめていた。賢と萌に視線を向け、そして少し戸惑ったように言った。「月子さんと鷹司社長は、一体……」萌は突然、「そういえば、社長が彼氏に会わせてくれるって言って、もしかして、中にいるのがその彼氏でしょう？」と言った。修也は驚き、信じられないといった表情になった。萌は修也の様子を見て、「違いますか？」と尋ねた。修也は合点がいった。亮太が先日、やけに連絡してきて取り乱していた理由が、ようやく分かったのだ。もっとも、修也は忙しくて相手にしていなかったのだが。まさか、月子と隼人が付き合っているとは。お互い好意を寄せているとは思っていたが、まさかこんな展開になるとは、思いもよらなかった。修也は表情を少し硬くして、「そうみたいですね」と言った。萌は尋ねた。「そうみたいですか？知らないですか？」賢は眼鏡を押し上げ、「みたいじゃなくて、事実ですよ」と言った。修也は口元をピクつかせて、「道理で俺には月子さんの異変に気づかなかったわけだ。鷹司社長はすぐに見抜いたっていうのに」とぼそりと呟いた。彼は振り向いて聞いた。「石川さん、月子さんはどうしましたか？」賢は心の中で、「よくやった」と叫んだ。萌は言った。「私もさっき驚きましたね。彼女の様子がおかしいなんて、全然気づきませんでした」修也は言葉に詰まった。賢も黙り込んだ。みんな腹の中じゃ、色々考えているんだな。……休憩室の中。隼人は月子の顎を持ち上げ、真剣な眼差しで彼女の顔色を窺った。「月子、どうして元気がないんだ？」月子が反応する間もなく、隼人に部屋の中に引き込まれた。彼の心配そうな目に、月子はドキッとした。遥のことで、月子はひどく落ち込んでいた。しかし、隼人に話すことは全く考えていなかった。それは無意識のうちに身についた習慣だった。そして今、再びそのことを思い知らされた。隼人は静真とは違う。静真は彼女に無関心だった。だから、自分のことを話さないのが当たり前になっていた。むしろ何も言わない方が楽だった。だから、彼女は萌に慰められた時も表面上では素直に受
元夫の初恋の人が帰国した日、私は彼の兄嫁になった 第586話
賢は電話を切り、オフィスに戻ろうとした。隼人はすでに会議を解散していた。他の出席者が退出した後、賢は隼人に促されるまでもなく、自ら説明を始めた。「月子さんが急に俺に会いたいと言い出して、あなたにも来てもらうようにって言われたんだ」隼人は眉間に皺を寄せ、鋭い視線で賢を見据えた。「なぜお前を？」「……俺にも分からない。とにかく会って話したいそうだ」隼人はスマホを確認したが、月子からメッセージは届いていなかった。彼は唇をぎゅっと結んだ。しばらく待ったが、やはり何の連絡もなかった。隼人は諦めた。立ち上がりながら、隼人は賢をちらりと見て、「行くぞ」と言った。そして、そのまま出て行ってしまった。賢は、一人取り残された。一方で、立ち尽くす賢は隼人の冷たい視線を嚙み締めた。隼人は、こんなことまでヤキモチを焼くのか？賢は、月子が自分を呼び出したのは、何か良くないことがありそうで、一人で行くのは気が進まなかった。ちょうど修也が出張から戻ってきたので、賢は彼を誘った。「……せっかく数日間の休みをもらったのに、残業をさせられるのかよ」修也は愚痴をこぼした。賢は彼を宥めるように言った。「あなたが出張に行っている間、どれだけすごいことが起こったか、知ってるか？」修也はすぐに興味を持った。「知りたければ、俺について来い」……一方で萌は月子に連れられて目的地に到着した。月子の様子が気になっていたので、ずっと彼女の様子ばかりを見ていた。ウェイターが個室のドアを開けると、萌も続いて中に入り、ようやく周りの様子や、月子の彼氏がどんな人なのか観察し始めた。豪華な個室は、柔らかな照明に照らされ、落ち着いた華やかさを演出していた。黒い円卓が目に入り、部屋の中には三人の男性がいた。誰が月子の彼氏なのかは分からなかったが、萌はまずその中の一人の男性に目を奪われた。マネージャーの目から見ても、この男性はあまりにも格好良かった。あまりにも整った顔立ちで、もし俳優になったら、役柄が限られてしまうだろう。上位者のオーラが漂っていて、どこにいても目立つ存在だった。観察はほんの数秒で終わった。男性の顔色が変わり、すぐに立ち上がって月子の前に歩み寄り、真剣な眼差しで言った。「顔色が悪い」隼人はそう言うと、萌の方を
元夫の初恋の人が帰国した日、私は彼の兄嫁になった 第585話
月子は萌を見て、少し驚いたように目を見開いた。萌の瞳には深い同情の色が浮かんでいた。月子の胸は締め付けられた。何とか平静を装おうとしたが、萌の視線に胸がズキズキと痛んだ。彼女は少し間を置いてから、言った。「萌さん、心配しないで、私は大丈夫です。最近知ったばかりだけど、早く知ることができてよかったと思っています。ずっと何も知らずに騙されているよりはマシですから」萌はさらに胸を痛めた。慰めが必要なのは月子のほうなのに、自分が逆に慰められてしまったのだ。彼女ですらこの沈んだ空気が漂っているのが感じられるのに、月子はまるで何事もなかったかのように強気に振る舞っている。「どんな気持ちになっても大丈夫ですよ。どんな反応を示しても、それは自然なことですから」こんなに冷静なのは、かえって不自然だ。月子は彼女の優しい声に、ぼんやりと、「うん」と答えた。萌は彼女の様子を確認してから、運転手に指示を出した。「行こう」車はゆっくりと走り出し、すぐに遥のロケ用車は見えなくなった。萌は、月子が先日、千里エンターテインメントに提示した目標の理由を理解した。あれはきっと、何かにショックを受けていたからなのだ。あの時の月子の様子がおかしかったのも、無理はない。萌は月子が好きだからこそ、こんな月子を見るのは辛い。姉のように月子の頬を撫でながら、言った。「月子さん、あなたは本当によくやってます。だから、これから何が起きても、私はあなたの味方です。悲しい時はいつでも相談にしてください、せめて一緒に泣くくらいはできますから」月子は息を深く吸い込んで、こみ上げてくる感情を抑えた。「それに、あなたは若くて優秀だし、私よりずっとすごいです。ただ私がちょっと年上ってだけなので、あなたにとって頼りになる存在でいたいと思っています」萌の視線、話し方、すべてに、年上女性の包容力と優しさを感じた。月子は真剣な表情で言った。「分かりました」月子の顔色が少し良くなったのを見て、萌は少し安心した。それでも、引き続き月子の様子には気を配ろうと思った。理由は特にない。ただ月子が好きで、守ってあげたいのだ。月子には、自分の助けなど必要ないのかもしれないけれど。そう思いながら、萌は話題を変えた。「彼氏に会わせてくれるって言ってでしょう？」月子はその約束を忘れていなか
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