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第912話

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隼人は言い終わると、静真の話を聞く気にもなれず、一方的に電話を切った。そして、賢にいくつか指示を出し、さらに二件の電話をかけた。

用事を済ませると、隼人は書斎で食事をとった。

食事を終えると、彼は子供たちの様子を見に行った。

隼人は、月子が慶や寧々のように、いつまでも悩みなく過ごしてほしいと願った。でも、人間は誰しもが大人になれば悩みも増えるものだ。月子は困難を恐れるような人間じゃない。ただ、自分の手に負えない問題に直面すると、こうして受け身になってしまうだけだ。

自分の役目は、そんな厄介な問題を片付けてやることだ。

……

一方で、月子も食事を終え、体調が良いうちに秘書と今回の最終実験のデータ結果を確認した。その後、彩乃に電話をかけ、仕事やプライベートな話をした。

「今、隼人さんのところにいるの」食事を終えた月子は、一人で散歩に出ていた。ここはとても広くて、散歩するだけでも静かで誰にも邪魔されない山道に出られる。彼女は美しい草木を眺めながら言った。「体調崩しちゃって、数日はここにいることになりそう」

「どうしたの?」

「ただの風邪よ」

「それならよかった。でも、どうして彼のところにいるの?」

「話せば長くなるんだけど……」

「待って、あなたたち、より戻ったの?」

「ううん、そうじゃないけど」

「じゃあ、なんで一緒にいるのよ?」

月子は彩乃に事の経緯をすべて話した。

彩乃はしばらく黙ってから、口を開いた。「本当に参ったよ。鷹司社長も会いたいなら、もっと早く言えばいいのに。黙って子供を連れ去るなんて……

静真も頭がおかしいんじゃないか。子供がいなくなったのに、あなたに隠すなんて。何を隠す必要があるっていうのよ。もう、静真のことはいいや。あなたの話だと、鷹司社長はまたあなたにアプローチするつもりみたいだけど、あなたはどうするつもりなの?」

「あまり深くは考えてないの。今はまず体を治すことに集中して、それから先のことを考えようと思ってる。病気だと頭も働かないし、厄介なことは一旦おいておくよ。とにかく楽しく過ごせればいいの。二人の子が元気なら、私はそれだけでいいの」

自分を不快にさせることはしない。会いたくない人には会わない。ただ、それだけの話だ。

「そうよね。ねえ、月子、あなたは最近仕事で切羽詰まりすぎなのよ。私が急かしすぎたのね。あ
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