Share

第65話

Author:
彩乃は送信ボタンをクリックすると、月子の向かい側に座り、彼女が買ってくれたコーヒーを飲みながら、微笑んだ。

「もちろんすこしも考えてないわけじゃない。でも、今あなたが最優先したいのは論文を完成させることだって分かってる。だから邪魔になるようなことはしない。終わったら、きっと遠慮はしないさ。それにこの2億円の急ぎの仕事、やらない手はないでしょ」

月子は話を聞いて、はっとした。

自分がやろうとしていることを、友人が覚えていてくれて、尊重し、大切にしてくれているのだ。

それは、静真から決して得ることができない気遣いなのだ。

月子が離婚を決意した当初は、「仕方がない」という状況だった。

しかし今は、その決意がますます固まってきた。

そして離婚は正しい選択だったと確信した。

月子は微笑んで言った。「もうすぐよ」

彩乃は最初ピンと来なかったが、2秒後に論文がもうすぐ発表されるという意味だと理解し、大げさに「オーマイガー」と笑った。

月子は一瞬わけがわからなかった。

「月子、あなたって本当にすご過ぎるんだけど」

彩乃は、月子が3年間活動を休止していたため、目まぐるしく変化する市場にすぐにはついていけないだろうと思っていた。

今考えてみればそれは杞憂だった。月子は3年前から業界の最先端を走っていた天才で、運命に定められた特別な存在なのだ。

月子は「ここんとこ、前よりも頑張って勉強したし、それに、論文もある程度完成してきたんだ」と言った。

「ははは、天才の学習能力は普通の人とは違うのね」

「……そうかなあ」

月子は無理に謙遜しなかった。実際、彼女の学習スピードは確かに速かったのだ。

その時、ドアをノックする音がした。「一条社長、先ほど以前ご紹介しようとしたA大学の先輩がいらっしゃいました。今お会いになりますか?」

山下仁(やました じん)は霞が予定より早く到着したというメッセージを突然受け取った。

1階にセキュリティゲートがあるので、彼は直接迎えに行かなければならなかった。

月子が会社に到着した時、彼はちょうど階下に向かうところだった。だから、このたった10分の間に何が起こったのか知らなかった。

彩乃は眉をひそめた。「鹿乃を読んできて」

山口鹿乃(やまぐち かの)は彩乃の秘書だ。

鹿乃は仁と一緒にオフィスに入った。

仁が目をやると、彩
Continue to read this book for free
Scan code to download App
Locked Chapter
Comments (1)
goodnovel comment avatar
Yuka Murata
大親友の天敵がそこに。 更に協力する気がなくなったね笑
VIEW ALL COMMENTS

Latest chapter

  • 元夫の初恋の人が帰国した日、私は彼の兄嫁になった   第931話

    月子は遥をじっと見つめ、何も言わずに車を降りようとしたが、腕を強く掴まれた。それはつまり、月子が承諾しない限り、遥は降ろすつもりがないという意思表示だった。このまま睨み合っていても、成一に勘づかれるかもしれない。月子は成一のことを考えるだけで吐き気がする。あの男に知られるような事態だけは避けたい。だから、月子は頷いた。「わかった。ちゃんと説明するから」今日、天音のことがなければ、月子は用事を済ませてさっさと帰っていただろう。遥はすぐに笑顔を見せた。「本当に素直で可愛いのね、月子」月子は鳥肌が立つ思いがした。この人は何を演じているのだろうか?こんな台詞を平気で言って、恥ずかしくないのか?過去の裏でのやり取りを除けば、今日が初対面だというのに。月子としては、これほど馴れ馴れしく振る舞うことなど到底できない。性格が正反対だと言っていい。「何その嫌そうな顔」遥が思わずツッコミを入れた。月子は真顔で忠告した。「少しは普通にしてくれない?」そうでなければ、遥とどう接していいか全くわからない。遥はわざと言っているようだ。「あなたが可愛いから褒めてあげたのに、どうしてそんながっかりした反応をされなきゃいけないの?」月子は遥が意外と神経が太いことに気づき、無駄口を叩くのをやめた。ドアを開けようとしたその時、遥がボディガードに目配せをした。その瞬間、彼女の表情から親しみやすさが消え、骨の髄まで染み付いたお嬢様然とした顔つきに変わった。「しっかりなさいよ」ボディガードは怯えるように身を震わせ、すぐに月子に向かって恭しく言った。「月子様、こちらが」ボディガードは素早くドアを開けて車を降りると、ドアの前に真っすぐ立って、降車を促した。その態度は、遥に対するものと何一つ変わらない。月子は振り返って遥を見つめた。遥はまたすぐに笑顔を作って言った。「姉ができることにまだ慣れてないだけよ。そのうち慣れるわ」月子の瞳に、戸惑いの色が浮かぶ。遥の言動は、完全に想定の斜め上を行っていた。最初は客を奪われたこともあって、絶対に嫌がらせをされると思っていたのに、まさかこんな展開になるとは。これでは完全に、当初の予想とは真逆ではないか。まあいい、今は様子を見よう。月子が車を降りると、隼人がすでに目の前に来ていた。彼は冷たく警戒した視線を

  • 元夫の初恋の人が帰国した日、私は彼の兄嫁になった   第930話

    遥は隼人の存在を知っていながら、あえて月子を連れ出した。それは、遥自身が隼人に追いつかれることを恐れていない、という意味でもあった。月子は最初こそ理解できなかったが、今はなんとなくその意図が読めてきていた。遥の態度は友好的で、意図的に距離を縮めようとしている。月子に好かれる自信があるからこそ、隼人が追ってくるかどうかなど気にしていないのだろう。月子は思わず遥をちらりと見た。単なる好奇心からか、それとも他に目的があるのか。前者なら、もっと早く会いに来ていたはずだ。後者なら、なおさら筋が通じない。世間から見れば、遥はJ市屈指の名家に生まれた令嬢で、何不自由ない一人娘として映っている。月子が持っているものなど、遥の目に留まるはずもない。なんといっても、成一が彼女を甘やかすために与えた会社は、国内でも一、二を争う大手芸能事務所なのだから。ただ一つだけ、遥が気にする可能性があるとすれば――成一の遺産くらいだろう。しかし長年、月子も弟の洵も、成一に頼ったことなど一度もない。成一からの援助など皆無だったが、自分たちの力だけで十分にやってこられた。親子の絆も薄い今、遺言書に名前を記載してもらうためだけに「良き娘」を演じるなど、月子にはどうしてもできない。もしそんなことをすれば、その話を洵にしたら、その場で姉に縁を切られてもおかしくない。成一のものなど、月子はこれっぽっちも欲しくない。もし幼い頃から成一のそばで育ち、大人になってから父に隠し子がいると知ったなら、月子は意地でも争うだろう。心理的に受け入れられず、その隠し子をのうのうと生かしておくわけにはいかないからだ。結局のところ、育ってきた環境が違えば、選択も変わるということだ。おそらく母親の翠は、成一が父として当てにならないことを早々に見抜いていたのだろう。だからこそ、子供たちをJ市へ呼び寄せなかった。おかげで月子と洵は、時折父の愛を渇望することはあっても、基本的には自立した人間に育った。ここ数年、月子が成一に対して最も恨みを抱いたのは、遥の存在を知った時だった。成一の露骨な差別待遇に、胸が痛んだこともあった。だが時が経つにつれ、それもどうでもよくなった。多くの修羅場をくぐり抜け、今では目に入れても痛くないほど可愛い二人の子供もいる。今の月子は、もはや成一のことに

  • 元夫の初恋の人が帰国した日、私は彼の兄嫁になった   第929話

    いつか、両親にかわいがられている子を見たら、寂しくなっちゃうかもしれない。でも、月子の心の支えはもともと母親だけだったから、母親がいなくなった今、これ以上傷つくことはないのだ。ただ、父親には本当にがっかりさせられたし、無責任すぎる。娘として、どうしても割り切れない気持ちがあって、今は落ち込んでるだけ。でも、すぐに忘れられるはず。一方で、遥は月子の気持ちを察して、尋ねた。「まだ成一さんに会いに行きたい?」月子が一度も成一のことを「お父さん」と呼んだことがないから、遥もその呼び方を避けたのだった。「もういいや」月子は言った。「空港まで送ってくれる?」遥は驚いた。「もう帰るの?」「もう他に用事もないし」月子は無表情で答えた。さっきまで遥の様子を探る余裕があったのに、今はもうその気力もなく、ただじっとしていたかっただけなのだ。「ここまで来たのって、子供のためじゃないの?彼らはどこ?」遥は大体のことは知っていても、細かいことまでは調べられなかった。相手はあの鷹司家なのだから。月子は言った。「あなたには関係ないことよ」遥は姉という役割を楽しんでいるようだった。「私はあなたの子供たちの伯母になるのよ。すこし聞いたっていいでしょ?」月子は眉をひそめて彼女を見た。「あなたって本当に変な人ね」「あなたが妹でいることに慣れてないだけでしょ。私はもう姉気分を楽しんでるのに、変だなんてひどいじゃない?」そう言われて、月子は黙っていた。「私はあなたのことが好きだって言ったでしょ。だから力になってあげたいの。そんなに頑なに私を拒まないでくれる?」だけど、月子は信じられなかった。「理由もなく人が人を好きになるなんて、聞いたことがないけど」「1年もあなたのことを見守ってきたんだから」遥は言った。「急に気に掛けたわけじゃないのよ」月子は眉をひそめた。「ずっと私を監視してたってこと?」どうしてこんなにたくさんの人が自分を監視してるの?遥は聞き返した。「あなただって、人を使って私を監視してたじゃない?」月子は言った。「あの時は、あなたが私をつけてると思ったから、しばらく様子を見てただけよ」遥は笑った。「勘は当たってたわよ。K市にいた時、確かにずっとあなたを監視してた。でも、その後はやめたの。だから、その後はたまにあなたの情

  • 元夫の初恋の人が帰国した日、私は彼の兄嫁になった   第928話

    だけど、それを言われても遥は悪びれる様子もなく、大声で笑った。そして笑い終えると、ボディーガードに目配せをした。ボディーガードはすぐに立ち上がり、場所を空けた。月子の向かいに座っていた遥は、ボディーガードがいた席に移り、彼女の隣に並んで座った。この時、月子も、遥と同じ黒いスウェットを着ていた。姉妹が並んで座っても、雰囲気はまったく違う。目元はそれぞれの母親に似ていて、顔立ちはそれほど似ていなかった。それでも、二人の間には不思議な一体感が漂っていた。遥は突然、月子の腕を掴み、体を寄せてきた。「姉妹の絆なんてこれから育てていけばいいのよ。今まではうまくいかなかったけど、これから仲良くすればいいじゃない」月子は遥の目をじっと見つめた。目は嘘をつけないというから。その瞳の奥に、自分をからかっているような色を探した。でも、そんな様子はまったくなかった。遥がわざとらしく近づいてくるのは、本当に自分と仲良くしたいからなのかもしれない。それは月子にとって、まったくの予想外だった。でも、遥がそうしたいからといって、月子がそれに合わせる必要はないし、彼女の言うことすべてに反応を見せる必要もないのだ。「いつになったら解放してくれるの?」「まだ少ししか話してないのに、もう帰りたいの?」「あなたと話すことなんてない。成一さんに会わせて」冷たくされても、遥は月子の手を離さなかった。「あの人に何を聞きたいの?私に話してよ。もし知っていたら、全部教えてあげるから」月子は少し考えてから言った。「あなたは私より1ヶ月早く生まれてるわよね。成一さんは、結婚している時に浮気したってこと?」「私の母が彼に薬を盛って、まんまとモノにしたのよ」月子は唖然とした。遥は言った。「母がクズなのは認める。彼女が、あなたの両親の仲をめちゃくちゃにしたの。だからあなたの両親は、いつもすれ違っていたのよ」こんな話、翠からは一度も聞いたことがなかった。もし彼女がとっくに知っていたのなら、4年前のうつ病は成一のせいじゃないことになる。じゃあ、原因は何だったの?遥はとても正直で、そして全く隠そうとしなかったようだ。「でも、あなたのお母さんはずっと騙されてた。二人の仲がこじれたのは、母のせいだけじゃないの」月子が尋ねる前に、遥は洗いざらいぶちまけ

  • 元夫の初恋の人が帰国した日、私は彼の兄嫁になった   第927話

    そもそも、自分たち二人の間に助け合うような関係性はない。それどころか、まるで遥に手玉に取られているような気分だった。彼女が口先だけでいいことを言って、仲良し姉妹ごっこを演じさせられているみたいだ。そう感じた月子は、とても不愉快だった。どうして遥がこんな性格なのか、まったく理解できなかった。少なくとも、自分が思い描いていた「良家のお嬢様」とはかけ離れているのだ。遥は、追いつめられて信じられないという顔で不機嫌になっている月子の様子を見て、少しだけ真顔になった。「一つの行動にはね、たくさんの目的があるものよ。ついでに達成できる目的だってある。それを口にすれば人に好感を持たれるなら、言わない手はないでしょ?」遥は続けた。「月子、あなたがそれでも信じないなら仕方ない。もしくは別の目的の方がもっと納得できるならそれでもいいけど。たとえば、私は楓さんがうっとうしいと思ってて、だから、彼女が厄介ごとに巻き込まれても、私は助けようとせず、むしろ貶めて目的を果たそうとしたとか、こういう理由の方が納得できそうかしら?」そう言われるとこの説明には、妙な説得力があった。そう思いながら聞いていると、話の端々から、遥がとても自分本位な人間だと月子は感じた。平気で人を騙し、自分の嘘を何とも思わない。それに加えていつでも人を陥れられるくらい、冷酷非情な一面も持っているようだ。そう思うと、これまで聞いた遥の話も、もしかしたら嘘かもしれないと思えるのだ。それに遥からわずかな説明を受けたからって、月子が彼女に親しみを覚えるはずもなかった。そうこうしているうちに、相手の性格が少しわかってきたから、月子の警戒心もわずかに和らいだ。彼女は目を細めて、隣に立つ二人のボディーガードに視線をやり、最初からずっと好奇の目で自分を見つめる遥に向き直った。「私を拉致したのも、たまたまってこと?」遥は言った。「本当は前もってあなたを連れ去ろうと思ったの、二人きりでいたかったから。でも、まさか天音さんからの連絡であなたが付いてくるなんてね」月子には理解できなかった。「どうして私と二人きりでいたかったの?」「まだわからない?あなたのことがすごく好きだからよ。あなたに興味津々で、もっと知りたいの。だから、二人きりで話したかった。当たり前のことでしょ?」月子は、真面目な会

  • 元夫の初恋の人が帰国した日、私は彼の兄嫁になった   第926話

    経緯を聞いた月子は、遥を見て言った。「その話を、私が信じると思う?」遥はひじ掛けをポンと叩いて認めた。「確かに、全部私の言い分よね。あなたが信じられないのも無理はない。でも、あなたには嘘をつきたくないの」妹が一人増えたことに対して、遥は最初、嫌で仕方なかった。不満だったし、いっそ消えてくれればいいとさえ思った。自分の持っているもの全てを、誰かに奪われたくなかったから。でも、月子のことを知っていくうちに、彼女への見方は変わっていった。月子はいつも予想を遥かに超えるドラマチックな展開を見せてくれたから。すごく個性的で、退屈をさせないところがあって、だから遥の彼女への気持ちは、次第に好奇心へと変わっていったのだ。それに、月子がたくさんの厄介ごとに巻き込まれているのを見て、遥は少し高みの見物を決め込んでいた。月子がどんな反応をするのか、見てみたかったのだ。今回、月子がJ市に来たのは、父親の成一に会うためだろう。遥は最初、それをすごく警戒していた。でも今はもう、月子を止めようとは思わないのだ。1年近く観察してきたし、これまでの月子と成一の関係も知っている。遥には分かっていた。月子は成一に対して、何の情も抱いていないことが。彼女の人生には、もはや父親という存在はもう必要ないのだ。そこで、自分の地位を脅かす存在でないと分かると、遥には月子のことが一層可愛く思えてきた。か弱いのに、全身に棘を立てて強がっているんだから。あんなに大変なことがあっても、成一に助けを求めようともしない。遥は、なんだか胸が痛むような気持ちにさえなった。こうして1年も陰で見守ってきているうちに、遥の心境はどんどん変わっていった。彼女は早く月子に会いたくて、たまらなくなったのだ。だから今日は、遥にとってまさに予想外の嬉しいサプライズだった。だって遥もまさか天音が月子に連絡するなんて、思ってもみなかったから。もし知っていたら、途中で月子を連れ去っていただろう。そうすれば、楓と天音のいざこざから完全に身を引けるわけだし、もっと簡単に楓という愚かな親友を切り捨てることもできたのに。もともと遥が楓に近づいたのは、月子の情報を探るためだった。だけどその目的をもう果たせた今、楓はもう用済みだ。あとはあっさり捨てればいいだけの話だ。だから今、遥の関心は、すべて月子た

More Chapters
Explore and read good novels for free
Free access to a vast number of good novels on GoodNovel app. Download the books you like and read anywhere & anytime.
Read books for free on the app
SCAN CODE TO READ ON APP
DMCA.com Protection Status