Share

元夫の後悔をよそに、天才妻は御曹司と溺愛婚
元夫の後悔をよそに、天才妻は御曹司と溺愛婚
Author: 歓乃

第1話

Author: 歓乃
「柚葉さんが戻ってきたんだって?奥さんはどうするんだよ?」

家の前に着くと、ドアは少しだけ開いていて、夫の谷口智也(たにぐち ともや)と、彼の親友の声がかすかに聞こえてきた。

仕事から帰ってきた谷口凛(たにぐち りん)は、思わずドアを開けようとした手を止めた。

「柚葉さん」って?自分のプロジェクトに2週間前からアドバイザーとして参加している専門家・小林柚葉(こばやし ゆずは)も、同じ名前だったはず。

なんて、偶然なんだろう。

一方で、智也はその問いただしに対して何も答えなかった。

「智也、言わせてもらうけどな。もう何年も柚葉さんのことが忘れられないんだろ?そのくせ、自分は質素な生活をして、毎月6000万円も彼女の研究費につぎ込んできたじゃないか。

向こうは今じゃ立派になって、帰国してからは国家プロジェクトの特別専門家だぜ?彼女にちょっと競合の情報を流してもらえれば、ホシゾラ・テクノロジーでの社長の座も安泰ってわけだ」

それを聞いて、凛はぱっと顔を上げた。その目には信じられないという色が浮かんでいた。

彼女は何かの聞き間違いじゃないかと思った。

6000万円?

智也が毎月くれる生活費はたったの6万円なのに。他の女には、毎月6000万円も渡しているわけ?

でも、家の中から聞こえる会話はあまりにも鮮明だった。その一語一句が耳に突き刺さり、そして、智也もその事実を否定しなかった。

その一瞬、凛はショックで息ができなくなるほどだった。

すると突然、智也が立ち上がり、腕時計に目を落とした。「もうこの話はよそう。柚葉を困らせたくないんだ。俺、今から柚葉を迎えに行かないと。テーブルはそのままでいいよ、どうせ凛が帰ってきたら片づけるだろうし」

「おいおい、智也。奥さんは、すごくいい人じゃないか。家のことちゃんとやってるし、ご両親と妹さんの面倒まで見てくれるんだぞ。それでも何とも思わないのか?」

智也の答えが知りたくて、凛は息を殺して、聞き耳を立てた。

だが智也は冷たく言い放った。「俺が好きなのは、凛みたいな家庭に縛られてる女じゃない。昔からずっと、柚葉みたいに仕事にすべてを懸けて輝く女が、俺のタイプなんだ」

その言葉は、ナイフのように凛の胸に突き刺さった。

彼女の目はみるみる赤くなり、手も震えだした。

「じゃあなんで最初、奥さんにアタックしたんだよ?しかも結婚までして」

「あの頃、柚葉が俺を置いて、どうしても海外に行くって聞かなくて」

「それじゃただ柚葉に当てつけるために結婚したっていうのか?」

それに対して、智也は何も言わず、まるで認めたようだった。

「それで、柚葉さんが帰ってきたから、彼女と離婚するってわけか?」このとき、親友はもう凛を「奥さん」とは呼ばなくなっていた。

そう聞かれ、智也はまた黙り込み、しばらくしてから、彼は口を開いた。「確かにお前の言う通りだ。凛は俺の世話をよく焼いてくれる。ここ数年、持病の胃痛も起きてないし、家族のことも全部よくしてくれてた。おかげで、家のことで困ったことは一度もない」

智也はホシゾラ・テクノロジーの跡継ぎというわけじゃない。社長の座に就けたのは、半分は無理な接待で勝ち取ったようなものだ。だから、若い頃に胃を悪くしていた。

それを心配した凛は、朝は早く起きて、夜は時間通り家に帰り、彼に体を労わる料理を用意してあげていた。

智也が残業の時は、彼の会社まで食事を届け、それから自分の研究所に戻るようにしていた。

結婚して4年間、彼女はそんな毎日を続けたのだ。

そして今日、4年がかりで秘密裏に進めてきた「マイクロチップ開発プロジェクト」が、ついに成功したのだ。

研究所はまもなく、技術の実施企業を公募する予定で、実用化されれば、社会にとっても大きな貢献となるだろう。

そしてプロジェクトの責任者である凛は、巨額の報酬と、国際的な評価が約束されていた。

だから、彼女は一刻も早く家に帰って、この良い知らせを智也と分かち合いたかった。

そして家に帰る途中、ボーナスでどんなプレゼントを買うかまで考え、ホシゾラ・テクノロジーの社長である智也にふさわしい、高価なものを選んであげようとしていたのだ。

そんな凛の耳に、智也の言葉が響く。「でも、柚葉みたいに優秀で輝いている女性を、結婚で縛りつけるなんて、俺にはできないからな」

その瞬間、彼女は愛される者とそうでない者の残酷な差を思い知った。

涙が抑えきれずに頬を伝い、そのしょっぱさが唇に広がった。

家の中から玄関に向かう足音が近づいてくるのが聞こえて、凛はとっさに廊下の角に身を隠した。

さらに足音が遠ざかってから、凛はゆっくりと家の中に入った。すると、リビングのテーブルの上がめちゃくちゃに散らかっているのが目に入った。

どうやら、智也は自分を妻としてではなく、使用人として見ているようだ。

そう思うと、家を片付ける気力もまったくなくなり、凛は全身の力が抜けて、ただ横になりたいと思った。

でも、ベッドに横になっても少しも眠れず、これまでの出来事が次々と頭に浮かんでくるのだった。

智也と初めて会った時、彼は雨に濡れていた。そのとき、自分はたまたま傘を持っていて、傘をさしてあげた。

次に会った時、自分はバスに乗り遅れそうになっていた。すると、智也がたまたま車で通り、乗せてくれた。

それからというもの、二人は頻繁に顔を合わせるようになった。

恩師の二宮史哉(にのみや ふみや)が亡くなった時、智也がそばにいてくれた。

育った児童養護施設を訪ねた時も、一緒に来てくれたのは智也だった。

プロジェクトが中断し、仕事を失った時も、智也は自分を抱きしめて、「大丈夫だよ」と言って、プロポーズしてくれた。

月給わずか18万円の平社員になった時も、智也は、「それだってすごいよ」だと笑って頭を撫でてくれた。

……

夜中になって、凛はようやくうとうとと眠りについた。

そして朝6時。智也の朝食を作る時間になると、彼女の体内時計が、いつものように彼女を目覚めさせた。

疲れきった目をこすりながら、凛は目を開けた。

手をかざしてみるとベッドのもう片側は冷たく、ゲストルームの布団も使われた形跡はなかった。

昨夜、智也は帰ってこなかったのだ。

そう思った瞬間、玄関で電子ロックの開く音が聞こえて、

凛は振り返った。

帰ってきた智也は、当たり前のように上着を彼女に渡し、抱きしめようと一歩近づいたが、何かを思い出したのか、その動きをぴたりと止めた。

「昨日は親友と集まって、タバコと酒の臭いがついちゃったから、洗ってからにするよ」

以前の智也なら、外での付き合いから帰ってくると、いつも凛をぎゅっと抱きしめて、「こうすると、帰ってきたって感じがする」と言っていた。

そうやって凛はぼんやりと思い出した。智也に最後に抱きしめられたのは、もう2週間も前のことだということに気が付いた。

この2週間、同じベッドで寝ていても、お互いに背を向けて眠るだけだった。智也は仕事で疲れているから、簡単なハグさえしてくれなくなったのだなと、彼女は思っていた。

そして、柚葉が帰国したのも、ちょうど2週間前のことだった。

なるほど、予兆はとっくにあったんだ。

そう思って凛は目を伏せ、長いまつげが、その瞳に浮かんだ悲しみをそっと隠す。

一方、ソファにどっかりと腰を下ろした智也は、散らかったテーブルを指さした。「なんで片付けてないんだ?」

「昨日は体調が悪くて、すぐ寝ちゃったの」そう言ったとき、食べ残しのにおいがした。きれい好きな彼女は、やはりテーブルを片付けずにはいられなかった。「片付けてたら朝ごはんを作る時間ないから、自分で何か頼んで食べて」

そう言われ智也は、そこで初めて凛の異変に気づいた。

結婚して4年、彼が出張でない限り、凛は必ず食事を作ってくれた。少なくともおかず数品に汁物がつき、毎週の献立が被ることはなかった。

今朝はどうしたんだ?

「もしかして、俺が昨夜帰らなかったから怒ってるのか?」智也は急に真剣な声で呼びかけた。「なあ、凛ちゃん」

だが、その呼びかけに、凛の胸はさらに苦しくなった。

智也は優しくて、話し方が上手な男だった。付き合い始めた頃、不意に耳元で、「凛ちゃん?」と囁かれ、彼女はいつも恥ずかしくて耳まで真っ赤になった。そして耳元で囁くのは人前でしないでほしいと彼によく言ったものだった。

あの頃は智也も彼女の気持ちを気遣ってくれたものだった。

それからしばらく二人は仲睦まじい生活を送り、智也も、いつも「凛ちゃん」と優しく呼びかけてくれていたのだった。

「ほら、凛ちゃん、機嫌を直せよ。お前の言うこと、ちゃんと聞いてるだろ?親友との集まりでも、酒は飲まなかったし」智也は手を伸ばし、凛の後頭部を優しく撫でた。「ご飯作らないならそれでも構わないさ。俺はシャワーを浴びてくるから」

凛は小さく、「うん」とだけ答えて、彼の方は見なかった。

それを見て智也は眉をひそめ、心の中の疑問を口にせずにはいられなかった。「凛ちゃん、今日何か変だぞ」

「寝不足なの」凛は無理に笑みを作ると、シャワーに行くように促した。すると、智也は突然シルクのスカーフを取り出した。ロゴを見て、かなり高価なものだと一目で分かった。

「昨日の帰り道にたまたま見つけて、お前に買ったんだ」彼はそう言って渡すと、バスルームに入っていった。

凛は柔らかなスカーフを握りしめてしばらく呆然としていたが、それをバッグに入れ、研究所へ向かった。

一方、「マイクロチップ開発プロジェクト」は史哉の死によって一度中断したが、再開後は凛が責任者となった。機密保持のため、史哉の妻・二宮杏(にのみや あん)が口利きをしてくれて、表向きは竹内グループの事務職員ということになっていた。

だから智也は未だに、凛のことを月給18万円の平社員だと思い込んでいるのだった。

しかし実際のところ、彼女は毎日家から竹内グループへ向かい、東門から入り、広大なテクノロジーパークを通り、西門へと抜けていた。そこには、研究所が手配した専用の運転手が待っているのだ。

その日、凛は研究室にいても一日中上の空だった。夕方近くになって、教授の佐野克哉(さの かつや)が心配そうに尋ねてきた。「今夜、小林さんと食事だから、機嫌が悪いのかい?」

「小林柚葉ですか?」凛は顔を上げた。

克哉はとても驚いた顔をした。

「覚えてたのか!君は旦那さんのこと以外、誰にも興味がないのかと思ってたよ。もうみんなは顔を合わせているんだ。君たちだけだよ、まだ会ってないのは。これ以上会わないと、和を乱してるって思われかねないぞ」

凛は眉をひそめた。

自分は智也に出会った時、彼が失恋の痛みを抱えていることには気づいていた。でも、その相手が誰なのかは知らなかった。

智也の心の傷に触れたくなくて、一度も尋ねたことはなかった。

そして、彼もこの4年間、一度もその女性の話をしなかった。まるで、そんな人はいなかったかのように。

だから、もう過去のことなのだと思っていた。誰にだって、過去の一つや二つはあるものだから。

でも昨日、知ってしまった。智也は忘れるどころか、陰でその女性のためにお金と労力をつぎ込んでいたのだ。

そう思うと、凛は何も言わなかった。

すると克哉は困ったように唇を噛んだ。彼は、凛が柚葉を快く思っていないことを知っていた。このプロジェクトは凛の恩師の、そして今では彼女自身の血と汗の結晶だ。

そこに、赤の他人が足を踏み入れられたら誰だって嫌なはず。そんな成果だけを横取りしにきた人間に、席を一つ譲ってあげるだけでも、十分すぎるほど寛大だと言えるだろう。

それなのに今、その相手と食事に行けと言われれば、それは少し、酷な要求かもしれない。

それでも克哉は、忠告せずにはいられなかった。「今回は断らない方がいい。でないと、松田さんがご機嫌を損ねかねない」

松田英樹(まつだ ひでき)は研究所の最高責任者で、柚葉の母方の祖父でもあった。

この関係は、凛もアシスタントの高木梓(たかぎ あずさ)がこっそり話しているのを聞いて知っていた。

そしてチームのメンバーも皆、柚葉が突然加わったことを快く思っていなかった。彼女の経歴が素晴らしいのは確かだ。しかし、この研究所に入れる人間で、優秀じゃない者などいるだろうか?

みんなが4年間、必死で頑張ってきて、あと数ヶ月で成果を発表できるという、まさにそのタイミングだった。

そこへ柚葉が、外部専門家という肩書きで割り込んできた。開発プロセスには一切参加していないくせに、成果だけは横取りしようというのだ。それはまるで、論文を提出する直前に、全く貢献していない第二著者の名前を加えろと言われるよりも、不快なことだ。

だからこそ、凛はずっと、外部専門家がプロジェクトの中枢エリアに入ることを許可していなかった。そして彼女は研究所での仕事が終わればすぐに家に帰っていたので、柚葉はまだ彼女に会ったことすらなかった。

凛はマジックミラー越しに、外の様子を眺めた。

すると柚葉が白衣を脱ぎ、ブラウンの本革のコートを羽織るのが見えた。彼女は栗色の髪をかきあげ、高そうな白いクロコダイルのバッグを肩にかけた。

今朝、智也がくれたスカーフと、同じブランドのものだ。

それに気が付いた凛は、思わずバッグからスカーフを取り出した。そして何かがおかしい、という不安が胸をよぎった。

ちょうどその時、アシスタントの梓がノックして部屋に入ってきた。彼女は凛が手にしているスカーフを見て、驚いたように言った。「先輩、ボーナスでそこのバッグ、買ったんですか?」

「ううん」凛は目の前の梓を見て、少し不思議そうに付け加えた。「バッグは買ってないわ」

梓は言った。「あ、スカーフが見えたから、てっきりバッグを買ったのかと思いました。普通、このブランドのスカーフって、バッグ買った人にしか出してないんですよ」

「バッグを買った人限定?」そう聞き返しながら、凛の胸がぎゅっと締め付けられた。
Continue to read this book for free
Scan code to download App

Latest chapter

  • 元夫の後悔をよそに、天才妻は御曹司と溺愛婚   第100話

    そのとき、食事を終えた凛たちが談笑しながらこちらへ歩いてきて、谷口家の面々も食べ終えたらしく合流してきた。梨花は凛の姿を見ると露骨に顔をしかめた。「凛、会っても挨拶すらしないなんて。なんて礼儀知らずなのかしら」この人は、どうやら難癖をつけないと気が済まないらしい、と凛は思った。「家族でのお食事を邪魔したくはなかったので」「凛、何だその言い方は」智也が不機嫌そうに言う。「さっきのことはまあ後で説明するから」柚葉が勝手に家族を呼んで食事をセッティングしたこと、それに柚葉がいたことなど知らなかったと、智也は弁解したかった。しかし、ここでは柚葉の面子を潰してはならない。なぜなら、このレストランには名だたる人ばかりだったから。「それと、父さんと母さんにそんな態度はとるな」と智也が凛をたしなめた。凛が言葉を返す前に、横から梨花がすかさず瑶子に告げ口をする。「竹内夫人、凛は礼儀なってなくて。家にいても、全く気が使えず、ましてやうちの娘の世話すらロクにできないんです。前なんか、わざとうちの娘に怪我を負わせたのに、入院中の世話をしないどころか、お金すら出さなかったんですから。本当に、嫌になっちゃいますよ」梨花は良い服を着ているからといって、凛がまともな人間だと思わないでほしい、と瑶子に訴えたいのだ。智也から見捨てられれば、凛はもう二度と良い生活ができないと確信しているのだ。「失礼ですが……」と瑶子が微笑む。「事情は分かりませんが一つだけ言わせていただきます。我が家では嫁に何かをさせるということはありませんし、家事もすべて家政婦がやっておりますので。娘さんの世話に関しても、それは親、あるいは本人が負うべき責任だと思いますわ。それに、凛さんのこと守財奴とおっしゃいましたよね?それは、素晴らしいことではありませんか?自分の財産を守り抜く能力は大切なことですから。あと、呼び方についてですが。私は個人の主体性を大切にしたいので、竹内夫人といった呼び方はあまり好まないんです」言い返された梨花は恥ずかしさと怒りで、顔を真っ赤にした。エリーがそばでクスクスと笑った。「谷口社長、自分の妻が両親や妹に侮辱されているのを見ても何も言わないのね。そのうち本当に失ってしまっても、後悔したってもう遅いわよ」智也の指先がかすかに震えた。

  • 元夫の後悔をよそに、天才妻は御曹司と溺愛婚   第99話

    「ありがとうございます、瑶子さん」凛は心からの笑顔を瑶子に向けた。席に戻った智也には、もう笑顔などなかった。時折背後を振り返る。そこにはグリーンの服の背中があるだけで、横顔すら見えなかった。柚葉の表情もさらに険しくなる。「お兄ちゃん、柚葉さん、どうしたの?挨拶に行っただけなのに、そんな顔して戻ってくるなんて」胡桃は兄の視線を追いかけ、言葉を続けた。「あと、あの女は誰?さっきどうして引き留めたの?私が柚葉さんなら、絶対に許さないけど」柚葉は無理やり口角を持ち上げた。「あれは凛だ」と智也が言う。「嘘でしょ!」胡桃は信じられないといった様子で声を荒らげた。すぐに給仕がやってきて、周囲の客の迷惑になるからと声を控えるよう注意をする。胡桃は気まずそうな顔をした。「凛さん?なんであの女が竹内夫人と一緒に食事を?」そんなことありえない。竹内夫人にとって、凛は単なる一般人のはずなのに。あの女は、どうやって竹内家の令嬢と親しくなり、しかも竹内夫人と一緒に食事なんかをしているのだ?梨花は眉をひそめ、ぼそりとつぶやいた。「またそうやって、権力のあるところに擦り寄って」夫の健吾も声を潜めて言う。「そんなもの長続きしない。バツイチの女を迎え入れるボンボンなんて、そうそういないからな」「バツイチってどういうことだ?」智也が突然、両親に食って掛かった。しかし、二人はただ首を振っただけだった。「なんでもないわ。凛の話なんてやめよう。今日はあなたを祝う席なんだから。それに、柚葉ちゃんのおかげで、こんな素敵な場所で食事ができているんだから感謝しないとね」梨花はにこやかに柚葉を見た。「柚葉ちゃん、あなたみたいないい子は、智也にもったいないくらいだわ」「そんな」智也の両親に認められたことで、柚葉は自分が立場を取り戻したと感じ、やっと笑顔を取り戻した。食事が進む中、健吾が切り出す。「これもまだ始まったばかりだ。実際に落札できるかは分からない。柚葉、智也と付き合いも長いんだ、力になってくれるか?」「父さん」智也が眉間にしわを寄せる。「柚葉を困らせないでくれ。俺なりに考えはあるんだから」自分を庇ってくれたことに喜びを感じた柚葉は、さらに声を弾ませた。「智也、私は大丈夫だから。健吾さんの言う通り、あなたの今後のために、私にもできることはあるはずだ

  • 元夫の後悔をよそに、天才妻は御曹司と溺愛婚   第98話

    凛は少し顔を上げ、穏やかな口調で言った。「友人と、友人のお母様と一緒に食事してるの」日和も小さく頷いた。竹内家の令嬢と親しくし、さらに竹内夫人と食事をする間柄であることに、智也と柚葉は驚きを隠せなかった。智也の視線が凛の顔に釘付けになる。相変わらず飾らない顔立ちだが、身につけた上質な服と高級感のある店の雰囲気が、彼女の麗しさを引き立てていた。その様子を見た柚葉は、唇を強く結んだ。「智也」と呼びかけ、瑶子こそが大切だと合図を送る。智也は改めて瑶子に視線を移した。「竹内夫人、お会いできて光栄です。ホシゾラ・テクノロジーの谷口智也です」「谷口社長ですね」と瑶子は微笑んだ。柚葉も続く。「はじめまして、小林柚葉です。松田英樹の孫です」瑶子は少し予想外のことそうに言った。「あなたが松田さんのお孫さんでしたか。ただ、松田さんから、お孫さんが結婚されているというお話は伺っていませんし、お相手が谷口社長だというのも初めて知りましたわ」その言葉に、智也は焦ってチラリと凛の方を見た。「竹内夫人、それは誤解ですから」「ええ、そうなんです。勘違いなさらないでください」柚葉も遮るように説明した。「私と彼はそういう関係ではありませんし、私は谷口家の嫁でもないんです。竹内夫人の正面にいらっしゃる方こそが、谷口家のお嫁さんです」瑶子は目を丸くして凛を見た。智也は手を伸ばして凛の腕を掴んだ。「彼女こそが、私の妻なんです」柚葉は驚いた表情の瑶子を見つつ、首をかしげて凛を責めた。「凛さん、なぜちゃんと伝えておかなかったんですか?」凛が強く握られている腕を、解こうにも解けていない様子を見て、瑶子は眉をひそめた。「谷口社長、凛さんが痛がっていますけど」凛は驚いた。まさか、目の前の瑶子がそう言ってくれるなんて……智也は自分が力んでいたことに気づき、ぱっと手を離した。凛は瑶子に感謝の視線を送ると、柚葉を振り返った。「むやみやたらに家柄をひけらかす習慣なんて、私にはないの」常に「松田家の孫」であることを武器にしてきた柚葉は言葉に詰まり、口をへの字に曲げた。日和は思わず吹き出す。瑶子は「いいのよ。日和の友達ってだけで、どこの家の子かなんて関係ないんだから」と言った。「そういうことだから!」と日和は胸を張って言い、凛の手

  • 元夫の後悔をよそに、天才妻は御曹司と溺愛婚   第97話

    その言葉が終わるや否や、谷口家が到着した。彼らが凛の左後ろの席に案内されると、すぐさま胡桃の驚いた声が響いた。「わあ、柚葉さん!どうしてこんなお店を知ってたんですか?」このレストラン「パラダイス」はオープン時も派手なキャンペーンなどは一切行わず、広告も出していなかった。富裕層を相手にしているので、そもそも広告など必要なかったのだ。この店に辿り着ける時点で、それなりの身分や立場がある人たちということになる。柚葉は微笑んで答えた。「今後、交友関係を広げていけば自然と縁が繋がるわ」「さすが柚葉さん!」胡桃は彼女の隣に座ったかと思えば、すぐに別の席に移った。「柚葉さんの隣はお兄ちゃんの席だもんね。奪ったりしないから」梨花が目を細めた。「分かってるじゃないの」「私はいつだって分かってるもん」胡桃は少し唇を尖らせた。「お兄ちゃんはもう来る?」柚葉が答えた。「さっき連絡がきたよ。エレベーターに乗ったって」「もう、どうしてお兄ちゃんは柚葉さんにだけ連絡するんだろうね。私たちには教えてくれないくせに」胡桃はからかうように笑った。柚葉が顔を少し赤くする。「ちょっと、胡桃ちゃんったら」そんなことを話していると、背後からウェイターの声が聞こえてきた。「谷口社長、こちらでございます」「ああ」智也が上着を脱いで腕に掛け、ネクタイを緩めながら近付く。視線を向けると、そこにいたのは柚葉だけでなく、両親と妹の姿まであった。智也の足がふと止まった。この光景に、なんとなく居心地の悪さを感じたのだ。家族全員が揃っているのに、凛の姿だけがない。「智也、こっち」柚葉が彼を見上げ、軽く手を振った。智也が再び歩みを進め、テーブルのそばへ行くと、右斜め前の席にいる女性の背中に、思わず目が吸い寄せられた。茶色の長い髪を下ろし、横顔がほんの少しだけ垣間見える。見覚えがなかった。それでも視線が離せない。違和感を感じた柚葉が、そちらを振り返った。エリーが小声で瑶子に言う。「あれがホシゾラ・テクノロジーの谷口社長?なんでこんなにこっちをジロジロ見てるの?」凛の背筋が少しこわばる。自分を見てるのか?でも、この前会社に行った時は、自分には気づかなかったのに。自分に気づいたわけではないだろう。智也は瑶子に気付くと、上着を置き、家族に

  • 元夫の後悔をよそに、天才妻は御曹司と溺愛婚   第96話

    「いいわね」瑶子は娘の頬を優しく撫でた。「そんなに凛さんのことが好きなの?」「お母さん、知らないの?凛さん、すごく頭がいいんだから」「論文の不備を指摘してくれたから?」「うん。修正し直して、大学に戻ったら、教授が目を丸くしてたの。私は徹夜で、もう一度実験をやり直さないとダメだろうって思ってたみたい」車内で母と並んで座りながら、日和はこう続けた。「それだけじゃないんだよ。凛さんは、たった一人で孤児院から出てきて、あてもなくこの大きなA市で頑張ってきた。友達も家族もいなくて、恩師の先生だけが頼りだったみたい。きっとすごく苦労したはず。それに、今の仕事は全然専門と関係ないのに、お兄ちゃんがあんな強引に秘書として連れてきちゃってるけど……それでも凛さんは、本当に凄いと思うの。お母さん、私ったら今まで一度もお母さんたちやお兄ちゃんと離れたことなんてないし、旅行で家を出たことすらない。でも、凛さんは、ずっとひとりで一生懸命頑張ってる。本当、すごいよね」日和は笑った。「まあ、懸命に生きる人はみんな凄いんだけど!」瑶子は穏やかな笑みを浮かべた。「本当は凛さんが義理のお姉ちゃんになってくれたら嬉しいんだけど、お兄ちゃんの口の悪さったら、本当に嫌になる。このままじゃ一生結婚なんてできないよ」瑶子はふっと笑った。「それなら日和がもっと凛さんと仲良くなって、自分と家族になれるから、とかなんとか言って、お兄ちゃんと一緒になってくれるようにお願いしてみたら?」母と娘は顔を見合わせて笑う。彼女たちと竹内グループの本社ビルで合流した凛は、呆気に取られていた「瑶子さん?」凛は日和だけかと思っていたので、食事の誘いを受けたのだった。「凛さん、車に乗って」瑶子は温かく微笑んだ。凛は少し遠慮がちに「はい、ありがとうございます」と答える。瑶子の車は一見シンプルなデザインだが、目の利く者ならすぐにわかる――高級車の中でも最上級クラスの一台だった。竹内グループ本社の警備員も即座にそれに気づき、拓海へと報告を入れた。「竹内社長、奥様と日和様がお見えです」と拓海が海斗に伝える。海斗は一瞬何事かと思った。母親がいきなり来るなんて……海斗が椅子から立ち上がりかけたその時だった。「あ、奥様と日和様が谷口さんを乗せて、出発されました」と、拓海が

  • 元夫の後悔をよそに、天才妻は御曹司と溺愛婚   第95話

    ……智也は入札の招待状を受け取ると、満面の笑みを浮かべた。すぐさま会議を開いて自らプロジェクトチームを率いることを宣言し、今後の重要課題を定めると同時に、以前から温めていた企画書と入札資料を取り出した。誰もが智也の先見の明を称賛する。景山グループの会長は特に智也を高く評価しており、席を立つ際、わざわざ大勢の幹部の前で彼の肩を叩いた。「当初の君に対する私の目は間違いじゃなかったな。谷口君、今回もし入札を勝ち取れば、ホシゾラ・テクノロジーの株式だけでなく、景山グループの株式も一部、君に分け与えることにするよ」智也の瞳がわずかに震えた。途方もない喜びが押し寄せ、彼は呼吸を忘れるほどだった。「会長。全力を尽くします」「期待しているよ」景山会長が退席すると、幹部たちが続々と祝辞を述べに来た。智也は彬々とした微笑を浮かべていたが、心中では必ず勝ち取ると決めていた。会議室から人がいなくなると、智也は嬉しさのあまり誰かに伝えたくなった。脳裏に一瞬、凛の顔が浮かんだが、すぐに首を振る。凛にはわからないだろうし、教えたところで「すごいね」の一言で済まされるのが関の山だ。智也は柚葉に電話をかけた。電話の向こうの柚葉が嬉しそうに言った。「智也、あなたならできると思ってたよ。私で役に立てるなら何でも手伝うから」「柚葉、お前にはあまり無理はさせたくないんだ。あとは俺に任せてくれればいいから」「うん」柚葉は智也に聞いた。「このこと、家族には伝えたの?おめでたい話だし、もし今回の入札で成功すれば、あなたにはもっと大きな未来が待っているんだから、早く伝えてあげないと」「柚葉には一番に伝えたかったんだ。この後、みんなにも伝えるつもりだよ」「それなら健吾さんたちには私が伝えておくよ。あなたは仕事に集中して。今回の入札、期限がかなり短いよね?」柚葉は守秘義務があるため、あまり具体的なことには触れられなかった。智也は微笑んだ。「そうだな、急がないと。じゃあ、また後でな」「うん」柚葉は電話を切り、そのまま谷口家へ連絡を入れ、この朗報を伝えた。「智也は今とても忙しいみたいなので、代わりに私から伝えさせていただきました。もしよろしければ、今夜、智也のお祝いってことで、食事会でもしませんか?レストランは私が予約しておきますので」智也の両

More Chapters
Explore and read good novels for free
Free access to a vast number of good novels on GoodNovel app. Download the books you like and read anywhere & anytime.
Read books for free on the app
SCAN CODE TO READ ON APP
DMCA.com Protection Status