皇宮に戻る為に馬車に乗ろうとすると、早い足音が風を鋭く切って近づいてくる。
「モニカ、お願いです。少しだけでも話させてください」
私を追ってきたのは、ジョージだった。汗を流し、必死に私に纏わりつくような子犬のような目をしている。
このような状態の彼の申し出を断れるわけもなかった。「分かりました⋯⋯」
私は彼と馬車の中で話すことにした。 誰かに見られたら誤解されるかもしれないので、カーテンを閉めた。「まず、姉上の無礼をお詫びさせてください。それから、僕が父を切ります。僕も来月には成人します。僕が公爵になる形で、どうか許しては頂けませんか?」
わざと私は「断頭台」という言葉を使って聞き耳を立てているジョージを刺激した。
状況証拠だけで自信はなかったが、やはりレイモンド・プルメル公爵は先皇陛下を暗殺している。
皇族殺しなのだから、当然一族もろとも断頭台行きだ。
先皇陛下を心不全と診断した皇宮医はプルメル公爵家と長い間、癒着していた。
該当皇宮医にプルメル公爵家から金の流れがある。 皇宮医は皇族の健康状態をプルメル公爵家に流していた可能性が高い。 そして、おそらく今度はその状況をネタに、先皇陛下の死因を心不全だと偽装させられた可能性がある。そして、先皇陛下が亡くなったとされる日の翌日にメイドをはじめ15人の皇宮に勤務する職員が入れかわっている。
暗殺を目撃した可能性のあるものを、始末したか、莫大な退職金を払い故郷に帰したのだろう。
該当月に曖昧品目の支出の計上があった。
アレキサンダー皇帝が、レイモンド・プルメル公爵の罪に気がついていないとは思えない。
陛下は気がつきながらも、決定打がなく処分できていない可能性が高い。
「まず、レイモンド・プルメル公爵とマリリンは南部の領地から今後一切出てくることのないようにしてください」
「もちろんです」
「ジョージは、これからは陛下とバラルデール帝国の為に尽くすと誓ってください。私もただでさえ少ない貴族私は予定通りアレキサンダー皇帝に離縁を申し出て、部屋に戻った。 ナイフで髪を肩まで切ると、さっぱりした気分になった。(ちょうど、暖かい季節になるし良いかもしれない) ルミナは私についてきてくれると言ったが、どうなるか分からない私の人生に彼女を巻き込むのは憚られた。 彼女にはマルテキーズ王国に戻るように伝えた。 貧しい生活を強いられるかもしれない新しい人生でもワクワクするのは、私の前世が犬だからかもしれない。 人間であるならば言葉が使えるから、いくらでも道が開ける気がした。 ジョージのアドバイス通り、調香師などになり香水屋などの商売を初めてみようかと考えていた。 私の正体がバレると色々面倒そうだと思ったので、ふとジョージからもらったウィッグを持ってこうかと思った。 クローゼットの奥に入れたウィッグをよく見ると、アメジストのピンがついている。(結局、勝手にプレゼントしてきたのね。ジョージ⋯⋯) やはり、ありのままでいたい気持ちが強く、ウィッグからアメジストのピンだけ抜き取り右耳の上に止めた。 寝室のベットの下に潜って絨毯を一部ナイフで切り取る。 予想通り地下に続く扉があって、そのまま地下に降りた。 ベッドで寝ている時に、真下からわずかに水が流れる音がした。 階段をつたって降りれるようになって、仄かに灯りが灯っているということは地下は隠し通路だ。 きっと、ここを抜ければ城外に出られる。 私自身を避けながら、陛下が私に執着していのを私は感じ取っていた。 離縁がすんなり受け入れられるか分らなかったので、私は一方的に陛下に離縁を申し出て姿を消すことにした。 もし、私が見つからなければ、きっとそのまま離縁が成立する。 犬の記憶が目覚めて、新しい主人として陛下に期待した。 無意識に陛下に纏わりついてしまい、大切にして欲しいと尻尾を振った。 今となっては苦い思い出だが、私は人間になったのだから主人は自分で選べる。 私が死んでも構わ
俺は皇妃と食事の約束を反故にした事で、彼女に会い辛くなっていた。 久しぶりに謁見申請してきたレイモンド・プルメル公爵の言葉は信じられないものだった。「陛下、引退させてください。息子のジョージアに爵位を引き継いで、妻と娘と領地に戻ろうと思います」 野心家で若い頃から活躍してきた彼が30代で引退すると言っている。 そして、ジョージア・プルメル公子はまだ未成年な上に政治より商売に興味があるように見えた。 レイモンド・プルメル公爵が早くして息子に爵位を引き継ぐのは不自然だ。 俺はいつも公爵の動きに警戒していたし、引退してくれるのであれば気楽になるが流石に不自然だ。 彼が引退すると言って来たのは、皇妃がプルメル公爵家でお茶会をした翌日だった。 報告によるとお茶会の後、外に停めた馬車の中で皇妃はジョージア・プルメルと密会していたらしい。 俺は皇妃がジョージア・プルメル公子と通じている気がして、気が気じゃなかった。 そして、レイモンド・プルメル公爵に寄生していたミレーゼ子爵をはじめとする貴族派の連中が俺に擦り寄ってくるようになった。 俺は自分の周りの不自然な変化に、皇妃の影を感じていた。 房事の時に彼女に会って、できてしまった皇妃との距離を縮められればと思った。 しかし、皇妃は軽蔑するような冷ややかな目で俺を追い返した。 子供が産まれないのであれば、俺に抱かれる理由はないらしい。 初夜の時の彼女は間違いなく俺を求めてくれていたはずだ。(ジョージア・プルメル公子に心変わりしたんじゃないのか?) もしかしたら、最初から皇妃が俺を想ってくれる瞬間なんてなかったのかもしれない。 あれ程に求め合った夜にも彼女は、切なげに寝言で他の男の名前を呼んでいた。 皇妃に追い返された次の日、俺は聞きたくもない報告を受けた。 彼女は皇宮を抜け出し、街でジョージア・プルメル公子とデートをしていたらしい。 その後、馬車の中で恋人のように抱き合ってたという。 俺はここまで自
今日は周りの同年代の子たちがどのような事に興味を持っているかを調査しに街に出て来た。 お忍び用の紺色のローブを頭から被っているからか、余計に注目を集めてしまっている。 しかし、護衛もつけずに、こっそり皇宮を抜け出して来たので見つかりたくない。 バラルデール帝国のドレスや宝飾品の流行を追うのは大変そうだ。 マルキテーズ王国は割と親から受け継いだものを長く使うことに価値を求める人間が多かった。 それゆえ伝統的な細工をした宝飾品に価値があるという考え方があった。 おそらくマルキテーズ王国から持ってきた宝飾品を身につけたら、バラルデール帝国では流行遅れと笑われそうだ。 帝国の貴族令嬢は、髪飾り1つとっても先進的なデザインのものをつけている。 バラルデール帝国は街中を歩くだけで、宝箱の中に入ったみたいにキラキラしている。 世界中の富と権力がこの帝国に集まっているのが分かる。 光り輝く世界に落ちた小人のような気分になり、街を歩くのは楽しいが店に入る勇気が全くない。 私のドレスや宝飾品も6割が母から受け継いだもので、残りは贈り物で頂いたものだ。 それゆえに、どのようなやり取りを店員とするのか分からない上に、正体がバレないかが怖かった。 この間、皇宮にデザイナーの方が来て、色とデザインを選んでドレスや宝飾品を発注した。 お店でも同じような感じのやり方で注文をするのかが確信が持てない。 曖昧な状態で動くと失敗するので、ここは一旦引き下がった方が良いだろう。 ドレスや宝飾品に限定せず、お茶の話ならできるかもしれない。 それならば、既に知識を持っている。 私は宝飾品店の前に立ち止まっていたが、諦めて帰ろうとした。「モニカ、店には入らないのですか?」 柔らかい風に乗ってくる私のたった1人の友人の声。「ジョージ、街を散歩したりするのですね」「散歩? 実はモニカの見ていた宝飾品店は僕の店です。一緒に入りませんか?」「えっ? ジョージのお店? まだ成人して
あれから2週間の時が経った。 私はバラルデール帝国について、政治、経済、国際関係と只管に学んだ。 全貴族の10年分の収支報告書にも細かくチェックを入れた。 私は陛下とは全く会わない時を過ごしていた。 もしかして、既に私は捨てられているのかもしれない。 今晩もいつものように、ルミナが私の寝支度を整えてくれる。 心なしかいつもより、硬く真剣そうな彼女を不思議に思った。「ルミナ、今日、何かあった?」「いえ⋯⋯その、今晩、アレキサンダー皇帝陛下がいらっしゃるようです」 私は耳を疑った。 陛下はこれだけ私を嫌うように避けているのに、房事には予定通り部屋を訪れてくるなど想像していなかった。 後継ぎが欲しいのかもしれないけれど、おそらく私は不妊になっている。 定期的に来ていた月のものが今月は来なかった。 私は自分の子供と手を繋いで散歩したりすることを夢見ていた。 生涯子供ができないかもしれないという現実を受け止める自信がなかった。それゆえに、皇宮医に正式な診断を受けるのは怖くて避けていた。 「そう⋯⋯陛下には謝罪したい件もあるし、少し話をしたらお部屋にお戻り頂くわ」 ルミナが言い辛そうに気を遣うのも無理はない。 彼女は私が散々陛下から避けられて、皇宮で笑いものにされ始めているのを知っている。「姫様、あまり我慢し過ぎないでください。私は姫様がどのような選択をしようとついていきます」 胸を詰まらせながらルミナが告げてくるのは、私と私の母エミリアーナを重ねているからだろう。 母は低い身分の出身ゆえ、血筋を笑われ王宮では孤立していた。 父はそのような母を庇うわけではないのに、夜伽の相手は毎日のようにさせていた。 母は国王の寵愛を独り占めする欲張りで贅沢な女だと国民からは憧れられていた。 しかし、愛とは自分よりも大切に相手を思ったりする事のはずだ。 母は父に愛されてなどいなかった。 母の葬儀の時には父は既に新しい側室を
皇宮に戻る為に馬車に乗ろうとすると、早い足音が風を鋭く切って近づいてくる。「モニカ、お願いです。少しだけでも話させてください」 私を追ってきたのは、ジョージだった。 汗を流し、必死に私に纏わりつくような子犬のような目をしている。 このような状態の彼の申し出を断れるわけもなかった。「分かりました⋯⋯」 私は彼と馬車の中で話すことにした。 誰かに見られたら誤解されるかもしれないので、カーテンを閉めた。「まず、姉上の無礼をお詫びさせてください。それから、僕が父を切ります。僕も来月には成人します。僕が公爵になる形で、どうか許しては頂けませんか?」 わざと私は「断頭台」という言葉を使って聞き耳を立てているジョージを刺激した。 状況証拠だけで自信はなかったが、やはりレイモンド・プルメル公爵は先皇陛下を暗殺している。 皇族殺しなのだから、当然一族もろとも断頭台行きだ。 先皇陛下を心不全と診断した皇宮医はプルメル公爵家と長い間、癒着していた。 該当皇宮医にプルメル公爵家から金の流れがある。 皇宮医は皇族の健康状態をプルメル公爵家に流していた可能性が高い。 そして、おそらく今度はその状況をネタに、先皇陛下の死因を心不全だと偽装させられた可能性がある。 そして、先皇陛下が亡くなったとされる日の翌日にメイドをはじめ15人の皇宮に勤務する職員が入れかわっている。 暗殺を目撃した可能性のあるものを、始末したか、莫大な退職金を払い故郷に帰したのだろう。 該当月に曖昧品目の支出の計上があった。 アレキサンダー皇帝が、レイモンド・プルメル公爵の罪に気がついていないとは思えない。 陛下は気がつきながらも、決定打がなく処分できていない可能性が高い。「まず、レイモンド・プルメル公爵とマリリンは南部の領地から今後一切出てくることのないようにしてください」「もちろんです」「ジョージは、これからは陛下とバラルデール帝国の為に尽くすと誓ってください。私もただでさえ少ない貴族
「待ってください。私は関係ありません」 立ち上がって無罪を主張するカリーナ・ミレーぜ子爵令嬢は、権力のあるマリリンの近くにいることで自分も強くなったと感じる典型的な取り巻きだ。 どうやら、そういった人間は寄生している相手を切り捨てるのも早いらしい。(寄生するにしても、もっと相手を選ばなきゃね⋯⋯) 「そうですか。でも、そもそもミレーぜ子爵家はこのような罪を犯す以前に問題のある貴族家ですね。皇家の資金を横領しているので、すぐにでも爵位剥奪されるでしょう。私との関係はなくなりそうですね」 私の言葉に驚いた顔をしている彼女は自分の家の行っている悪事も知らないらしい。 これ程までに無知でお茶をして人を笑って生きられた今までに感謝して、彼女には消えて欲しい。「あら、ご自分の家のことなのにご存知なかったの? 本当に優雅な貴族令嬢ですこと」 俯いたマリリンとカリーナ以外の2人の貴族令嬢は自分の家のやっている後ろめたいことに気がついているのだろう。 彼女たちは私に指摘されるのが怖くて目を逸らしている。 着飾って身分の高さで人を見下している彼女たちの家も、皇家の財産を掠め取っている。 きっと、前世は泥棒一家だったのだろう。 毎月、少しずつ掠め取って罪悪感も感じていないだろうが、10年単位にすると罰則を与えられるレベルになる。 そのような事は割とどこの貴族家でもやっていたりする。 だから、貴族を陥れるのは簡単だ。 泥棒の汚名で、領民の不満を煽る。 領民は今まで口を閉ざしていた、言えなかった領主の罪を皇家に密告する。 1割の貴族よりも9割の平民を大切にするポーズを見せた方が上手くいくという考え方は父のものだった。 マルテキーズ王国の平民たちは父が徴兵を科しても、当然ランサルト・マルキテーズの為に命をかけて戦うようになった。 実際は平民の暮らしはなんら変わっていない。 徴兵の義務ができただけで、窮屈になったとも言える。 しかし、偉そうにしていた貴族を