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第2話

Author: 土方炎
根拠のない濡れ衣を着せられても、私はただ震えながら頭を垂れた。

両親が駆け寄ってきたとき、彼らの手にはすでにそれぞれの「武器」が握られていた。

「この死にぞこない!よくも楓のことを口にしたな。

颯もお前の兄だ。お前が楓に負った罪は、一生かけても償えない」

私が何か言う前に、父が私の体を蹴り飛ばした。

「なぜ死んだのがお前じゃない!この死にぞこないが!さっさと死ねばいいのに!」

私は反論したかったのに、一言も声が出なかった。

なぜなら、私も後悔しているからだ。

あの日、どうして死んだのが私じゃなかったの。どうして兄を置いて逃げ帰ってしまったの。

私は本当に死んでしまえばよかったのだ。

父がもっと強く殴ればいいのにとすら思った。

いっそ殺してくれたら、兄のところへ行ける。

もう兄の命を背負って、卑屈に生き続けなくていいのだ。

手にしたハンガーは折れ、唐辛子を塗ったムチも切れた。

私は汚く臭い地下室に転がっていた。

天井の換気窓から差し込むわずかな光が、録音のできるクマのぬいぐるみに当たっている。

そのお腹を押すと、兄の声が流れる仕組みだった。

「咲月、好き嫌いしないで、ご飯をちゃんと食べないと大きくなれないよ」

しかし、ぬいぐるみはとっくに電池切れだ。

兄も、もう私のそばにはいなかった。

……

翌日は颯の誕生日、正確には、兄の誕生日だった。

両親に気に入られたくて、颯はすっかり兄の影になりきっていた。

家の別荘は広く、誕生日パーティーも豪華だ。

しかし、そこに私の席はない。

私はトイレ脇にしゃがんで、雑巾で床の水滴を一つずつ拭いている。

「この靴、コービーの限定モデルだ。世界に一足しかないんだぜ」

顔を上げると、颯が御曹司たちと少し離れたところにいる。

彼は得意げに、足元のスニーカーを見せびらかしていた。

昨日、この靴のせいで私は一時間も殴られた。

しかし、そんなことはどうでもよかった。

気にしているのは、彼が口にしたコービーという名前だ。

兄は幼い頃からバスケットが大好きで、コービーを神のように崇拝していた。

改造された裏庭のバスケットコートで、兄は私に技を見せてくれた。

一本シュートが入るごとに、私に一つ約束をさせるのだった。

十本シュートして、七本決めた。

「咲月は元気に大きくなること」

「咲月は毎日楽しく過ごすこと」

「咲月は穏やかに長生きすること」

「咲月は……」

私は負けじと二十回も投げ、最後は兄の肩の上から一本だけシュートを決めた。

「今度は私がお兄ちゃんに約束してもらうよ。ずっと私のそばにいてね。

それと……お兄ちゃんが早くコービーに会えますように」

しかし、コービーは墜落事故で亡くなった。

兄ももういない。

きっとその瞬間、兄は本当に憧れの人に会えたのだろう。

私は兄との思い出ばかりを反芻していた。

それだけが、私を生かしている唯一の支えだ。

不意に、一足のスニーカーが目の前に突き出された。

「靴にワインがかかった。きれいに拭け」

赤ワインが揺れる。彼は片足を私の前に差し出し、その靴にワインをかけた。

私が流れ落ちるワインに受けながら顔を上げると、颯が得意げな笑みを浮かべ、わざとワインをこぼしている。

彼はこの靴が嫌いなくせに、私を辱めるためなら平気で汚すのだ。
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