ANMELDEN明らかに絵里を訪ねてきたのだ。彼女の姿を認めるなり、奈央が駆け寄って抱きついてくる。「この子はもう、あんな大変なことがあったのに、どうして私たちに頼ってくれなかったの?私たちはそんなに信用できない?絵里、あんなことされて、私たちどんなに悲しかったか……」文紀と奈央は口々に絵里を責める。だが、奈央は彼女を抱きしめる腕にぎゅっと力を込め、涙をこぼしている。「心配、かけたくなかったから」絵里が数日したらこちらから会いに行こうと思っていたのに、まさか先に来られるとは思わなかった。清苑に住んでいることは、ごく一部の人間しか知らない。きっと丈裕に聞いてきたのだろう。絵里は二人を部屋に招き入れ、お湯を二つのグラスに注ぐ。中途半端な時間だが、食事は済ませたのだろうか。絵里はそわそわしながら口を開く。「お腹空いてない?何か作ろうか」「そこに立っていなさい。聞きたいことがある」文紀が険しい顔つきで、厳格な声を張り上げる。絵里は大人しく立ち止まった。「はい……」奈央がたしなめる。「あなた、そんな言い方しないで。ちゃんと話せばいいじゃない。絵里が怯えちゃうわ」まだ若いのに母親を亡くし、その上父親まで失った絵里のことを思うと、奈央は胸が張り裂けそうだった。それなのに、あの日の配信を見て初めて、絵里の父親が何者かに殺害されていたという事実を知ったのだ。数日前から病院へ行って、絵里が無事かどうかこの目で確かめたかった。だが、文紀が意地を張っていたのだ。何も相談してくれなかったこと、家族として頼られなかったことに腹を立てていた。それが今日になって、結局彼の方が我慢しきれなくなり、奈央を連れてここまでやって来たというわけだ。住所すら絵里本人に聞けず、わざわざ丈裕に尋ねたらしい。文紀はしばらく沈黙した後、悲痛な面持ちで口を開く。「教えてくれ。お前は俺のことを、おじさんだと思っていないのか?どうしてあんな大ごとを、一言も相談してくれなかったんだ。俺はそんなに頼りないか。何の役にも立たないと思ったから、あんな危険を冒してまで、一人であの冷酷な連中に立ち向かったのか」厳しい口調だったが、言葉を紡ぐうちに文紀の声は震え出し、その目には痛ましさと涙が滲んでいる。奈央も鼻の奥をツンとさせ、目元を
健は息を呑む。和也様はなんてことを……全くのデタラメじゃないか!絵里の顔色が優れないのを見て、彼は焦りを募らせ、慌てて口を開く。「奥様、今の話を……?」「耳は聞こえてるわ」絵里が健を一瞥する。その視線は凍りつくほど冷たく、健は思わず身震いし、すぐに自分の失言を悟った。「いえ、その……」弁解しようとした矢先、病室のドアが開く。和也が怒りを露わにして出てくるが、ドアの前に立つ絵里の姿を認めると、わざとらしく驚いたような顔を作った。二人の視線が交差する。絵里は冷ややかな眼差しで彼を見据える。「復讐って何のこと?私にも聞かせてくれない?」病室の中では、裕也が眉を寄せている。青白い顔には、重苦しい陰りが落ちていた。彼は無言のまま、外から聞こえてくる声に耳を澄ませていた。「絵里、聞いてたのか?」和也は白々しく驚いてみせる。絵里は鼻で笑う。「あんな大声で話してたんだもの、私に聞かせたかったんでしょ?」和也は言葉を失った。かつては誰よりも絵里を理解していると自負していたが、この瞬間に至って、自分は彼女の何一つ分かっていなかったのではないかと思い知らされた。その瞳は澄み切って冷ややかでありながら、なぜか底知れぬ薄気味悪さを感じさせる。「さっきのはただの出任せだ。母のことが心配で、つい口走ってしまっただけなんだ。気にしないでくれ」パァンッ!乾いた破裂音が廊下に響き渡る。和也の顔が弾かれたように横を向く。数秒間呆然とした後、ようやく自分が絵里に平手打ちされたのだと理解する。「私、でたらめを言う人間がこの世で一番嫌いなの。わざとそんなことを言って、私たち夫婦の仲を裂こうとしてるんじゃないかって疑いたくもなるわね」絵里の動きには躊躇いがなく、その眼差しは射抜くように鋭い。「お前……!」和也は深く息を吸い込む。赤く腫れ上がった頬の痛みに耐え、胸の奥で燃え盛る怒りを必死に押し殺す。「……まあいい。さっきのは確かに俺がでたらめを言った。それは認める。だがな、絵里。五年も付き合った仲だ、お前が誰かに騙されるのを見たくないんだよ」和也は未練がましい態度を装い、腹の底の怒りを無理やり飲み込んで、病院を後にした。絵里が少しも気に留めないなど、あり得ない。身近な人間に裏切られれば、
和也は羞恥に苛まれ、うつむき加減で両脇に垂らした手を固く握りしめて耐え忍んでいる。「兄さん、俺はただ怪我の具合が気になって見に来ただけだ。他意はない」絵里は和也の来訪がただの見舞いではないと察し、弁当箱を片付けた。「二人で話して、少し外に出るわ」「気をつけて。あまり遠くへ行かないように」裕也は和也の存在など意に介さず、優しく声をかける。絵里は伏し目がちに頷いた。和也を刺激するための当てつけではなく、彼が本心から自分を案じてくれているのだと、彼女には痛いほど分かっていた。病室を出た絵里は、健にここで見張るよう命じた。少し考えた後、やはり不安が拭いきれず付け加える。「人は追い詰められると何をするか分からないわ。気をつけて見ていて」健は意図を汲み取った。「承知いたしました、奥様。ご安心ください。ここはきっちりお守りします」絵里はようやく安堵し、廊下の反対側へと歩き出す。病室内。和也はベッドの足元に立ち、どうしていいか分からない様子でしばらく裕也を見つめていた。「母さんのことは兄さんも知ってるだろ。どうにか……」「無理だ」裕也はすげなく切り捨てる。瞳から温もりが消え失せ、底知れぬ冷酷さだけが残る。「どうしてだ?」和也は焦燥を露わにする。「確かに今は絵里と結婚したかもしれないが、だからって母さんを見捨てるなんてあり得ないだろ」「母さん、ね」裕也の薄い唇が弧を描き、冷笑が漏れる。だが、その瞳には微塵の笑みも浮かんでいない。「この何年もの間、あの人が俺の母さんらしかったことが一度でもあったか?」和也はハッと息を呑み、言葉を失った……一方、絵里は裕也の主治医に状況を聞きに行こうとしていた。父の病状が改竄されていた事実を知って以来、彼女は慎重になり、この手の事柄に対して無意識に警戒心を強めていた。ナースステーションで尋ねてみたものの、今日は担当医が不在だという。章に電話をかけようとしたが、スマホを病室に忘れてきたことに気づき、来た道を引き返す。「確かに母さんは俺を贔屓していたかもしれない。でも、俺たちは兄弟じゃないか。今、母さんが問われている罪は重すぎる。本当に見殺しにするつもりか!」和也は奥歯を噛み締め、裕也の非情さをなじる。母が裕也に対して異常なほど厳しかっ
「……」絵里は呆れながらも、裕也には敵わないと苦笑する。ちょうど食事の時間になる。使用人が食事を運んでくる。当分の間、裕也の食事は薄味で消化の良いものに限られている。G市の気候は高温多湿で回復の妨げになりやすいため、食事には特に気を配る必要があった。裕也は眉を寄せ、拒絶するように顔を背ける。「腹は減ってない」「健が、朝も数口しか食べてないって言ってたわ。お腹が空かないわけないじゃない。少しでも食べて、その後にお薬を飲んで」絵里には、彼がただ食べたくないだけだとお見通しだった。薬という言葉に、裕也は嫌そうな表情を浮かべた。「そこに置いておいてくれ。後で食う」実際のところ、彼は全く食欲がなかった。毎日味気ない食事ばかりで、食指が動くはずもない。どうしても喉を通らなかったのだ。「じゃあ、こうしましょう。数口だけでいいから食べて、お薬を飲んで。後で何か別のものを作らせるから、ね?」絵里は子供をあやすように、優しく語りかける。彼女は息を呑むほど美しく、気品に溢れた女性だ。今、ベッドの傍らに寄り添い、茶碗とスプーンを手に彼を覗き込むその姿は、一枚の絵画のように美しい。絵里のほのかな香りが裕也を包み込み、胸の奥に燻っていた苛立ちは、まるで嘘だったかのように消えていった。裕也はわずかに眉を寄せ、まだ警戒を解かずに尋ねる。「別のものって、何だ?」「スープとか?それとも……あなたの好きなものを作ってもらうわ」「……分かった」裕也は少し考え込んだ後、大人しく口を開く。絵里は本当に子供をあやすように、一口ずつ丁寧に彼に食べさせていく。その光景は、どこまでも温かく穏やかだった。病室に入ってきた和也は、その様子を羨望の眼差しで見つめていた。胸を鷲掴みにされたような息苦しさが、彼を苛む。思えば、かつて自分が病に伏せった時も、絵里はこうして優しく根気強く看病してくれた。だが当時の自分は、絵里が寧々に冷たく当たることを嫌悪し、彼女に好感を抱けずにいた。母の言いつけに従い、仕方なく絵里と付き合っていただけだったのだ。もちろん、絵里のあの類まれな美貌と高い身分は、連れ歩くには申し分のないステータスだった。しかし、寧々が事あるごとに絵里の悪口を仄めかすため、自分は無意識のうちに絵里への感情を抑え
「黙れ!これだけのことをしでかしておいて、まだ反省しないのか。いいか、以前の水原絵里なら怒らせてもなんとかなったかもしれないが、今は違う。星野家を後ろ盾にしてかろうじて身を守るか、さもなければ一生借金取りに追われる覚悟をしておきなさい!」亜美は悔しさのあまり、ギリッと歯ぎしりをする。こんなことになると分かっていれば、絵里が口出ししないなどという甘い考えは捨てていたのに……絵里と梨乃の絆の深さを甘く見ていたのだ。梨乃が昼食を終えた頃、亜美から電話がかかってくる。電話の向こうで亜美は泣きつき、懇願し、ありとあらゆるお世辞を並べ立てた。要約すると、彼女のハイヒールが意図的に壊されて怪我をした件について、会社として重く受け止めるということだった。さらに、以前彼女が担当するはずだった仕事の契約をすべて返し、その上、年末のファッションショーの枠まで特別に用意するという。それだけでなく、会社から一ヶ月の特別休暇と、労災による損害賠償金なども支払われるとのことだった。梨乃はそれを聞いて眉を寄せる。突然の態度の変化、まるで手のひらを返したような対応に、彼女は警戒した。どこかに騙して売り飛ばすつもりなのか。それとも、自分の知らないところで何かが起きたのか。問い詰めると、亜美はついに白状する。そして、すがるように言った。「梨乃、この件は私の一存ではどうにもならなかったの。お願いだから、水原さんに口利きしてくれないかな。会社を追い詰めないで、もう一度だけチャンスをくれるようにって」梨乃は呆然とし、胸の内に様々な感情が渦巻いた。「じゃあ、美奈はどうするの?」「会社は彼女との契約を解除して、あなたに謝罪と賠償をさせることに決めたわ。これでどうかな?」梨乃は潮時だと判断し、その条件を呑んだ。その頃、絵里は用事を済ませ、裕也を見舞うためにすでに病院を訪れていた。道中、丈裕から亜美の所属する芸能事務所の動向について逐一報告を受けていた。相手がこの件をどう処理するか、すでに大方把握していた。案の定だった。絵里が裕也の病室に入り、二人の視線が交わり、甘く絡み合ったその瞬間――梨乃から電話がかかってくる。「絵里、全部聞いたよ。私のためにあんなに色々してくれて……これからどうやって恩返しすればいいの」梨乃はウエー
亜美と美奈は途端に慌てふためく。二人は愕然とした表情で絵里を見つめる。特に美奈の動揺は激しい。監視カメラの映像を見た瞬間、その瞳に後ろめたさがよぎり、恐怖が胸を締め付ける。まさか、バレたの?亜美は映像の内容をはっきりと確認し、すぐに合点がいった。それは以前、梨乃が彼女に見せてきたものと全く同じだったからだ。「水原さん、どういう意味かよくわからないのですが。これは以前、ショーの控え室で何者かが梨乃のハイヒールを壊した時の監視映像ですよね?それが、うちとの提携と何の関係があるのでしょうか」亜美は少し白々しく尋ねる。梨乃は、映像に映っているのが美奈だと言っていた。身長からすれば、確かに似ている。しかし、彼女たちは皆モデルであり、背丈などどんぐりの背比べだ。映像の人物は全身をすっぽりと覆い隠しており、身長以外にそれが美奈だと証明できる要素など何一つない。「映像の中で細工をしたのが誰なのか、あなたたち二人はよく分かっているはずよ」絵里は無駄口を叩く気などなく、冷ややかな視線を向け、圧倒的な威圧感を放っている。ほんの一ヶ月余り前まで、彼女は業界で鼻つまみ者にされる無能な令嬢に過ぎなかった。だが今は違う。市長でさえ称賛する天才エンジニアであるだけでなく、見事な大逆転劇を演じて水原グループの会長に就任し、グループを完全に掌握したのだ。亜美は相変わらず困惑したような顔を作り、慌てて弁解する。「この件は現在調査中です。弊社としても梨乃に何の説明もしないつもりはありませんが、映像の人物が誰なのかは、本当にまだ断定できないんです。水原さん、梨乃の一方的な言い分だけで、弊社が犯人を庇っていると決めつけないでください。それでは両社の提携に悪影響を及ぼすだけでなく、美奈に対しても不公平です」絵里は彼女を相手にせず、美奈をじっと見据える。その顔に浮かぶパニックと蒼白さを、決して見逃さない。しかし、美奈は長いこと口を閉ざしたままで、どうやら自白する気はないようだ。絵里はこれ以上言葉を費やす気になれず、丈裕に視線を送り、証拠を出すよう促す。丈裕が、寿樹の作成した虹彩認証の照合動画を彼女たちに見せると、美奈はふらふらと二歩後ずさる。亜美は彼女のその反応を見ただけで、映像の人物が美奈本人だと確信した。







