Masukビデオ会議は丸二時間にも及ぶ。会議が終わると、絵里は肩の凝りを感じる。立ち上がって軽く体をほぐしていると、ドアをノックして悟史が書類を手に部屋へ入ってくる。「四号地の開発計画が確定しました。間もなく着工します。ご確認ください」悟史は絵里が書類を受け取るのを見て、ふっと笑みを浮かべる。「昨日、洋二が事故で病院に運ばれたそうですね。これに雪枝の判決が加われば、お嬢様にとっては、まさに喜ばしいことが重なりますね」「確かに、喜ばしいことね」絵里はオフィスチェアに座り直し、書類をパラパラと確認してから、顔を上げて彼を見つめる。「悪くないわ。仕事が早いわね。お祖父様があなたを重用するだけのことはある」「治夫様だけですか?お嬢様は俺を重用してくださらないと?」悟史は問い返し、口元に意味深な笑みを浮かべる。絵里は背もたれに寄りかかり、その冷ややかな瞳の奥に探るような光を宿す。「私は仕事をする時、第六感を頼りにするの。直感で気が合うかどうかを重視しているわ」悟史の瞳の奥で何かが一瞬閃く。軽く笑い声を漏らす。「つまり、お嬢様のお気に召さなかったということですね」絵里は数秒間、彼とじっと視線を交わし、赤い唇に笑みを浮かべる。「ただの仕事よ。恋愛をしているわけじゃないんだから。紫垣さんは優秀だから、私が重用しなくても、追い出されることはないでしょう?」悟史の目が微かに揺らぎ、口元の笑みがわずかに引きつる。今日の絵里の言葉には、どこか妙な含みがあるように感じられる。オフィスを出た後、修司に連絡を入れる。「昨日、お前の到着が遅すぎたせいで、彼女に何か疑われたんじゃないか?」「今の奴らの状況が、絵里が少し疑ったくらいで変わると思っているのか?」修司はジョウロを手に、悠然と花に水をやっている。すこぶる機嫌が良さそうだ。彼がすぐに駆けつけなかったのは、わざと裕也を先に到着させるためだ。そうしなければ、洋二が病院のベッドで生死の境を彷徨うことなどなかったはずだ。唯一の心残りは、洋二が絵里に刺し殺されなかったことくらいか。もしそうなっていれば、すべてが完璧だったのに……悟史との面会を終え、絵里は昨晩の推測への確信を深めている。丈裕に指示を出す。「紫垣の身辺を徹底的に洗い出して」丈裕は即座に
もちろん、それらはすべて絵里自身で調べなければならないことだ。だが、今の絵里にはそんなことを考える余裕はない。手術室で横たわっているのは洋二だが、裕也がかつて自分のためにしてくれた数々のことを思い返している。それが真意であれ偽りであれ、絵里は迷うことなく歩み寄り、彼を抱きしめたいと思う。「ずっと立っていて、疲れない?」絵里は裕也の前に立ち、痛ましそうな眼差しで彼を見つめる。人前では、裕也は冷酷で決断力に富んだ男だ。しかし結局のところ、彼もまた一人の人間であり、様々な感情を抱えている。裕也は彼女の声を聞いて空耳かと思い、数秒呆然とした後、顔を上げる。絵里の姿を目にした瞬間、表情が目まぐるしく変化する。喜び、そして驚き。「どうして帰らなかったんだ?ゆっくり休めと言っただろう」絵里は伏し目がちになり、再び顔を上げると、微笑みを浮かべる。「あなたに付き合うわ」裕也の瞳に何かがよぎり、安堵したように彼女を見つめる。「俺の顔など二度と見たくないのかと思っていたが。どうやら、そこまで嫌われているわけではないらしい」絵里は心の中で少しだけ苦笑する。二人の間に起きた数々の出来事は、もはや言葉を少し交わした程度で解決できるものではない。雪枝は自分の父を殺した。だが今、自分もまた洋二を病室のベッドに横たわらせる原因を作ってしまった。手術は丸八時間にも及ぶ。手術が終わり、裕也が容態を尋ねる。医師はため息をつく。「二十四時間以内に意識を取り戻せば、一命は取り留めたと言えるでしょう。しかし、たとえ助かったとしても、銃弾が腰椎の神経を傷つけているため、今後は車椅子での生活を余儀なくされます」健は顔色を変えて驚愕する。半身不随だと?だが今の問題は、まず命が助かるかどうかだ。裕也は眉を微かに動かすだけで、余計な表情は見せない。まるで医師の言葉など聞こえていないかのように、その顔つきは冷酷なまでに落ち着き払っている。しかし、彼が纏う空気は急激に冷え込み、肌を刺すような冷気がとめどなく溢れ出している。洋二は集中治療室へと運ばれ、引き続き経過観察となる。絵里は依然として大きなショックを感じることはなく、ただ心配そうに裕也を見つめている。彼が自分を責めるのではないかと案じている。何
「丈裕に送らせるから、帰って休め。何も考えるな。あいつの結末がどうであれ、受けるべき報いは受けたんだ」絵里はこくりと頷く。「わかったわ」裕也は歩き出す。その背中は相変わらず真っ直ぐだが、どこか小さく見え、そこには言いようのない寂しさが漂っている。絵里は彼の背中を目で追いながら、胸を微かに締め付けられ、何とも言えない苦い思いを噛み締める。裕也が心の中で何を思っているのか、彼女にはわからない。最初は雪枝、そして今は洋二……二人の間には、常に何らかの障害が立ち塞がっているかのようだ。互いに見つめ合い、触れ合うこともできる。それなのに、どうしても完全に寄り添うことができない。それでも、絵里は彼らを追い詰めたことを後悔していない。すべては彼らの自業自得に過ぎない。その結果として生じる代償なら、絵里はすべてを甘んじて受け入れる覚悟がある。たとえ、離婚を意味するのだとしても。裕也が手術室の前に来ると、健がずっとそこで待機している。すでに二時間が経過している。彼は裕也の姿を認めると、歩み寄って報告する。「社長、本日の件はすべて処理いたしました」裕也は頷き、俯いて眉間を揉む。その冷ややかな空気の中には、微かな疲労が滲んでいる。それは肉体的なものではなく、心の奥底から湧き上がる疲労だ。絵里は帰らずに、廊下の角に立ち、静かに裕也を見つめている。肉親の生死の境に直面する瞬間がどれほど辛いものか、誰よりも知っている。不安、恐怖、焦燥……あらゆる感情が胸の内で複雑に絡み合うのだ。絵里は心を痛め、彼のそばに寄り添おうと足を踏み出そうとする。「行くのかい?」背後から、修司の押し殺したような声が聞こえる。絵里は動きを止め、振り返って彼を見るが、何も言わない。修司は彼女の瞳を見つめ、まるでその感情を覗き込もうとしているかのようだ。だが、絵里の表情も眼差しも淡々としており、彼には何も読み取れない。「すまない、今日のことはお前の力になれなくて」修司は軽く頭を下げ、申し訳なさそうな態度をとる。どこか気まずく、自責の念に駆られているように見える。絵里の瞳の奥に微かな異光が走り、首を横に振って唇の端を上げる。「もう終わったことよ」修司は口元を引きつらせ、依然として申し訳なさ
裕也は絵里を上から下まで一瞥する。その顔は黒く沈みきっており、口調には責めるような響きが満ちているが、それでもどこかきつく当たりきれない甘さが滲んでいる。「これがお前の望んだ結末か?相打ちにでもなるつもりだったのか。一体どうして、自分の命が自分だけのものだなんて勘違いしてるんだ!忘れるな、お前は俺に命を一つ借りてるんだぞ」低く唸るように言い捨てると、絵里を力強くその腕の中に抱き寄せる。絵里は彼の温かい胸に寄りかかりながら、まるで夢でも見ているかのように、どこかぼんやりとしている。ドラム缶の中で燃える炎が彼女の透き通るような白い肌を照らし、その頬を赤々と染め上げている。以前、裕也が自分の身代わりとなって刃物を受けた時のことを思い出す。だがなぜか、彼が口にしたのはその出来事ではないような気がしてならない。しかし、あまりにも疲労が重くのしかかり、彼の腕の中でただただ言葉を失うことしかできない。修司が丈裕を連れて遅れて駆けつけてくる。相手の手下たちがすでに制圧されているのを見て、丈裕はようやく安堵の息を漏らす。修司は抱き合う二人を見つめ、目を細める。その瞳の奥に、暗い影がサッとよぎる。一方、和也は手下からの電話で計画の失敗を知り、ソファに崩れ落ちる。頭を後ろに反らせ、全身から生気を失っている。絵里はボイスレコーダーを手に入れたのだ。この一年、母は拘留され起訴を待つ身となり、父は今、銃弾に倒れて病院に運ばれ、生死の境を彷徨っている。これほどまでに策を弄して、結局、自分は何を手に入れたというのか。そう思うと、和也の口から自嘲の笑いが漏れる。終わった。今度こそ、本当にすべてが終わったのだ。絶望の淵に沈む彼の元へ、俊介から着信が入る。「病院へ行って、洋二の顔を見てこい」和也は皮肉げに笑う。「今さら行ってどうなる?裕也と絵里に、十年前なぜあんなことをしたのかと問い詰められるのを待てとでも、それとも、あいつらの幸せな結婚の証人にでもなれって言うのか」怒りで胸が焼け焦げそうになり、和也はローテーブルの上の灰皿を掴むと、力任せに壁へと叩きつける。飛び散った破片が顔に当たり、細く血が滲む傷を作るが、彼の瞳には冷ややかな光が宿るだけで、そんな痛みなど微塵も気にする様子はない。「ボイスレコーダーを奪われた
どのみち、今日ここで絵里は死ぬ運命にある!「何度も何度も私を狙って……今日こそ私を殺せるかどうか、見せてもらうわ。もし無理なら、これまでの恨み、全部まとめて清算してやる!」絵里の胸の奥で、どす黒い憎悪が狂おしいほどに膨れ上がっていく。洋二の背後には、ざっと見積もっても十数人から二十人ほどの男たちが控えている。彼らが手にした刃物が陽光を反射し、ギラギラと目を刺す。「やれ!」洋二が号令を下すと同時に、再びボイスレコーダーをドラム缶の炎の中へ放り込もうとする。一番近くにいたボディガードが飛びかかり、洋二の腕をがっしりと掴んでボイスレコーダーを死守する。瞬く間に、周囲は入り乱れる大乱闘となる。大男が裕子を乱暴に放り投げ、洋二の加勢に向かう。南は目を真っ赤に腫らし、恐怖のあまり泣くことすら忘れて呆然とする娘のもとへ駆け寄ると、その小さな身体をきつく抱きしめる。洋二は必死に抗うが、相手の力は想像を絶している。指を一本また一本と剥がされ、今にもボイスレコーダーを奪われそうになる。その時、大男が刃物を振りかざし、ボディガードである神崎に斬りかかる。「危ない……っ!」絵里は悲鳴を上げ、恐怖に見開かれた目でその光景を直視する。神崎は間一髪で身をかわしたものの、大男に足止めを食らう。その隙に洋二の手からこぼれ落ちたボイスレコーダーは地面に転がったが、彼はすぐにそれを拾い上げ、三度炎へと投げ入れようとする。絵里は地面に落ちていた棒切れを掴み取ると、鋭い殺意を瞳に宿し、洋二の頭部めがけて思い切り振り下ろす。「死ねっ!」洋二は悲鳴を上げて悶絶し、手にしたボイスレコーダーが再び地面に転がり落ちる。絵里はすかさず身をかがめ、それに手を伸ばす。頭が割れるような激痛に、洋二は死に物狂いになる。顔を真っ赤に紅潮させ、その表情は悪鬼のごとく歪んでいる。しかし、絵里がボイスレコーダーを拾おうとするのを見た瞬間、痛みすら忘れて足元のレンガを掴み上げ、彼女の後頭部めがけて振り下ろす。背後に迫る危機を察知し、絵里は慌てて身をかわす。そして後先考えず、手にした棒切れを力任せに薙ぎ払う。全身全霊の力を込めた一撃。洋二の頭部に再び鈍い衝撃が走り、鮮血が宙を舞う。だが今度は痛みを感じるどころか、その両目には血走った殺意
絵里の車は指定された住所を頼りに、ある廃校の敷地へと辿り着く。南は緊張した面持ちで車窓の外を見つめている。車が停まると、彼女の全身は激しく震え出した。「水原さん……」「怖がらないで。私がついているから」絵里は彼女の手を軽く叩いて励ます。南は服の裾をぎゅっと握りしめている。その内側には、例のボイスレコーダーが隠されている。絵里の後ろに続いて車を降りる。廃校の広々としたグラウンドは、土埃とゴミにまみれている。そこには一群の男たちが待ち構えており、皆一様に刃物を手にしている。白いワンピースを着た小さな女の子が、顔を泥だらけにして泣きじゃくっている。涙と土埃が混じり合い、恐怖のあまりその小さな身体は激しく震えている。「ママ……」「裕子……!」恐怖で声も出せなくなっていた裕子は、南の姿を見た瞬間、怯えながらも希望に満ちた声を張り上げる。ママの胸に飛び込もうと駆け出そうとするが、襟首を掴まれており、小さな身体でいくらもがいても前へ進めない。「ママ、ママぁ……」裕子はさらに激しく泣き叫び、大きな目から次々と涙の粒をこぼす。その姿はあまりにも痛々しい。南は悲鳴を上げる。娘がここまで怯えきっている姿に耐えきれず、半狂乱になって叫ぶ。「この畜生!早く娘を離して!」絵里も胸を締め付けられる。その「ママ」という切実な叫び声が、彼女自身の記憶を呼び覚ましたかのようだ。南を力強く引き寄せ、目の前の男たちを憎悪の込もった目で睨みつける。「要求の品は持ってきたわ。早く娘を離して。あの子はまだ子供なのよ!」南はボイスレコーダーを取り出し、彼らの前に掲げる。裕子を吊り下げている男はサングラスをかけ、坊主頭で、筋骨隆々とした巨漢だ。極めて凶悪な面構えをしている。「こっちへ寄越せ」南が渡そうと前に出かけたが、絵里が片手で彼女を引き戻し、交渉に出る。「先に裕子を解放しなさい」大男は不満げに吐き捨てる。「てめえに条件を出す資格はねえ!」彼は裕子を宙に持ち上げ、大きな手をその首元に添え、今にも絞め殺しそうな素振りを見せる。南は恐怖のあまりボロボロと涙をこぼし、もはや何も考えられなくなった。慌てて絵里を突き飛ばし、急いでボイスレコーダーを差し出す。大男はボイスレコーダーを受け取ったが、裕子を解放する