共有

第859話

作者: おミカン
絵里はH自動車との提携をまとめるのにかかりきりで、昼食をとる暇すらなかった。

悟史が自ら彼女の元を訪れ、声をかけてきた。

「お嬢様、少しお話しする時間はありますか?」

絵里は、裕也が直してくれたばかりの星光のブレスレットが光る手首を上げ、時間を確認した。

「三十分なら」

「まだ昼食をとっていませんよね。ちょうどいい、食事でもしながらどうですか?」

絵里は背もたれに寄りかかった。

「三十分じゃ、足りないんじゃない?」

悟史は口元に薄い笑みを浮かべた。

「お嬢様はまだ試したことがないでしょうが、我がグループの社員食堂は、なかなか味が良いんですよ」

そこまで言われては、絵里も頷くしかなかった。

二人が連れ立って下の階の食堂へ向かうと、その珍しい組み合わせに、居合わせた社員たちは驚きを隠せず、同時に強い緊張感を抱いた。

社員たちが次々と挨拶をしてくる。

絵里は微笑みを浮かべながら軽く頷いて応えた。気品がありつつも、非常に親しみやすい雰囲気を漂わせている。

悟史はよくここを利用しているらしく、「これが美味しいですよ」といくつかのおかずを勧めてきた。

絵里は特に好き嫌
この本を無料で読み続ける
コードをスキャンしてアプリをダウンロード
ロックされたチャプター

最新チャプター

  • 入籍しないなら…兄嫁になります!~冷徹社長に溺愛される日々~   第912話

    隆はその気配に痛烈な覚えがあり、心臓がドクンと跳ねる。裕也がこれほどまでに凍りついた空気を纏うのを見るのは、実に半年以上ぶりのことだ。藤原家が裕也にもたらしたのは、栄華などでは決してなかった。待ち受けていたのは――終わりの見えない、あまりにも理不尽な苦痛。それはまるで、光すら届かない深い古井戸の底に一人置き去りにされ、叫び声を上げることすら許されず、ただ凍える孤独を耐え忍ぶだけの日々だったのだ。裕也は眉をひそめ、冷ややかな笑みを漏らす。「二十八年か」唇の端がわずかに吊り上がり、そこには色濃い自嘲が滲んでいる。七歳の時、裕也が高熱を出した夜。彼はただ、雪枝と洋二にそばにいてほしいと願った。だが両親は、その夜の雷雨に怯える四歳の和也を寝かしつけることにかかりきりだった。和也がおもちゃで遊びたいと言えば、彼らは専用のプレイルームを作り、和也の好きなように遊ばせた。一方の裕也は、おもちゃの銃が欲しいとねだっただけで、洋二から「勉強に身が入っていない」と叱責された。和也の誕生日には盛大なパーティーを開き、和也が喜ぶプレゼントを山のように買い与えた。しかし、裕也の誕生日はすっかり忘れられ、両親は和也だけを連れて旅行に出かけてしまった。まだ華奢な裕也の小さな肩にのしかかっていたのは、藤原家の厳格すぎる掟と、際限のない英才教育の日々だけだった。幼い心は、重圧に押しつぶされそうになっていた。彼が十歳になった年、賢治から誕生日の願い事を聞かれた。彼は「父さんと母さんと一緒に誕生日を過ごして、一度でいいから遊園地に行きたい」と答えた。それを聞いた雪枝は、「遊びにかまけて、弟と張り合おうとするなんて」と彼を厳しく責め立てた。洋二もまた、「我々の期待を裏切る気か。そんなことでは将来、大任を任せられん」と叱りつけた。その時、裕也はただ黙り込むしかなかった。そしてその日を境に、裕也は二度と自分から何かをねだることはなくなった。わずか十歳にして、彼は大人のように落ち着き払っていた。彼の本当の気持ちなど、誰も知らない。いや、実際には、誰も気にかけてすらいなかったのだ。賢治は毎年、彼の誕生日を祝ってくれた。だが、祖父の優しさは、どうしても両親の愛情の代わりにはならなかった。親の関心と愛情を求

  • 入籍しないなら…兄嫁になります!~冷徹社長に溺愛される日々~   第911話

    洋二は、自分の過去を思い返すたび、深い後悔に苛まれていた。「ああ、俺が彼に償わなければならないんだ……」悲痛な眼差しを絵里に向け、終始低姿勢で懇願する。「頼む。裕也をここに呼んでくれないか。せめて……一目だけでも会いたいんだ」絵里は心の底で哀れに思った。今の彼がどれほど絶望し、苦しんでいるか、その心情は理解できる。だが、同情の念は微塵も湧いてこなかった。「伝言は伝える。でも、来るかどうかは彼次第よ」絵里が部屋を出ようと背を向けた瞬間、洋二は激しく動揺し、ベッドの上で身を起こした。「あいつが何を望もうと、すべて叶えると約束する。だから、せめて一目だけでも会いたいんだ……!」絵里の足がピタリと止まる。「頼む、どうしても彼に会いたいんだ」洋二の目は赤く充血し、わずかにくぼんでいる。ほんの半月足らずの間に、彼はすっかり老け込み、一回りも二回りも痩せこけていた。もみあげが霜が降りたように白くなった洋二は、拒絶されるのを恐れるように、すがるような目で絵里の背中を見つめている。絵里は浅く息を吸い込んだ。「言ったはずよ。伝言は伝える。でも、あなたに会うよう、彼を説得するつもりはないわ」絵里は振り返り、冷ややかな視線を彼に投げかけた。「人は自分のしたことの報いを受けるべきよ。知らなかったからといって、罪がないわけじゃない。彼にどう接するかを決めたのは、他でもないあなた自身よ。彼があなたを憎むなら、甘んじて受け入れるべきだわ」裕也が経験してきたすべてを思えば、目の前の男がどれほど哀れな姿を晒していようと、自業自得だとしか思えなかった。彼が今になって後悔しているのは、単に息子を取り違えていたからに過ぎない。自分が間違っていたと認めたのも、すべてを失ったからであって、決して……心から裕也を愛しているわけではないのだ。裕也が長年受けてきた仕打ちに比べれば、洋二が今味わっている苦痛など、取るに足らないものだ。「彼が実の息子かどうかはさておき、この長い年月の間、あなたは一度でも、彼を可哀想だと思ったことがある?」そう言い放ち、絵里が再び背を向けた瞬間、その目頭は赤く染まり、涙で潤んだ。裕也のことが、不憫でならなかった。裕也がこれまで歩んできた過酷な道のりを思うと、絵里は胸が激しく締め付けられ、鼻の

  • 入籍しないなら…兄嫁になります!~冷徹社長に溺愛される日々~   第910話

    絵里もそのことに思い至り、素直に頷く。「分かっているわ。でも、あなたも十分に気をつけてね」「ああ、そうするよ」裕也は微かな笑みを浮かべ、顔を寄せて彼女の額にそっと口づけをする。そのキスには、溢れんばかりの優しさと愛情が込められている。絵里の胸の奥に温かいものが流れ込む。彼の深い愛情を感じ、心は一層の満ち足りた安堵に包まれる。それから数日後、新エネルギー車の最終テストが完璧な結果でクリアされた。絵里は直ちに指示を下し、新シリーズとなる新エネルギー車を正式に市場へ投入するための発表会の準備を進めさせる。情報を聞きつけた他地域のディーラーからは、代理店契約を求める電話が殺到する。それはすなわち、新たな市場が開拓されれば、水原グループの株価が急騰することを意味していた。昼時、絵里が丈裕と共に顧客との面会を終えた直後、洋二から会いたいと電話が入る。いつもとは打って変わり、洋二の態度は穏やかで、これまでにないほど媚びるような響きすら帯びていた。「絵里、どうか俺に会いに来てくれないか」洋二の口調は切実で、哀願しているようにさえ聞こえる。絵里は彼の意図を察し、少し考えた末に承諾する。丈裕は彼女を病院まで送り届けたものの、不安を隠しきれない様子だった。「絵里様、洋二はこれまでずっとあなたと藤原社長の交際に反対し、数々の酷い仕打ちをしてきました。今回も何かよからぬ企みがあるのではないかと心配です」「そんな身体で、今さら私に何ができるっていうの?」絵里の口調は淡々としており、丈裕の懸念を気にかける素振りは見せない。それどころか、洋二が自分に会いたがる理由を密かに予想すらしている。絵里が病室に入ると、丈裕と護衛たちは扉の外で一歩も離れずに待機する。少しでも異変があれば、即座に飛び込む構えだ。「それで、私に何の話かしら?」ベッドの傍らに歩み寄った絵里は、洋二の姿を目にした瞬間、思わず息を呑む。かつてあれほど傲慢だった洋二が、今は白髪交じりになり、まるで十歳は老け込んだように見える。それは彼が半身不随になった時でさえ見せなかった、凄まじい衰弱ぶりだった。まるで生命力を一気に失った大樹のように、今にも倒れてしまいそうだ。「どうしてそんな姿に?」洋二は絵里の反応を意外に思う様子もなく、彼女を

  • 入籍しないなら…兄嫁になります!~冷徹社長に溺愛される日々~   第909話

    「言っておくが、俺に奴らの愛など必要ない。逆に、お前にはそれしかないようだがな」裕也は身を乗り出し、鋭い眼差しで和也を射抜くと、唇に嘲笑を浮かべる。「俺たちの違いが分かるか?お前は藤原家がなければ、何者でもない。だが俺は違う。俺がいるからこそ、藤原家は誇りを持てるんだ」その言葉は、見えない平手打ちとなって、和也の頬を容赦なく打ち据える。最悪の気分だった。嫉妬と憎悪で、腸が煮えくり返りそうになる。「偉そうな口を叩いても、お前は正真正銘のクズ野郎だ!絵里は元々俺の女だったんだぞ。俺の女を奪い取って、俺が遊び捨てた女をありがたがるなんて、お前はそんなにお下がりが好きなのかよ!」裕也を挑発するためなら、和也はどんなに悪辣な言葉でも吐き出せた。ただ、裕也が激昂する姿を見たかったのだ。自分の女が、かつて他の男の慰み物だったなど、受け入れられる男がいるはずがない。それは裕也とて例外ではないはずだ。たとえ絵里と肉体関係がなかったとしても、それがどうしたというのか。五年間付き合っていたのは事実だ。どうとでも言えるし、絵里には自分の潔白を証明する術などないのだから。裕也は猛然と和也の首を締め上げる。その瞳には、凍てつくような殺意が宿っていた。「見苦しい足掻きだな。絵里とお前の間に何もなかったことくらい、俺はとっくに知っている。それに、仮に何かあったとしても、俺は気にしない。最後に絵里が選んだのは、お前じゃない。俺だ。お前は彼女をお下がりだと言う。だが、そんな言葉で絵里の価値を決められると思うな。彼女は優しくて、強くて、誰よりも誠実な女だ。そんな彼女を妻に迎えられたことを、俺は心から幸運だったと思っている。それに比べてお前はどうだ?何一つ敵わないから、くだらない嘘を並べて彼女を貶めるしかない。……それがお前の限界だ、和也」和也は呆然と彼を見つめ、その顔から血の気が引いていく。裕也の言葉がすべて本心であることは明白だった。自分の吐いた暴言など、二人の絆を微塵も揺るがすことはできなかったのだ。負けた。完膚なきまでに。裕也は彼を突き飛ばし、すらりとした長身を真っ直ぐに起こす。その表情は、どこまでも冷淡で無情だった。「お前から藤原の姓を剥奪する。今日から、お前はもう藤原家の人間ではない。小

  • 入籍しないなら…兄嫁になります!~冷徹社長に溺愛される日々~   第908話

    章はそんな野暮な真似をするつもりはなく、口元にかすかな笑みを浮かべる。「じゃあ、俺はこの辺で。夫婦水入らずの時間を邪魔するつもりはない。何かあったら、いつでも呼んでくれ」章が立ち去ると、裕也は視線を戻し、穏やかな眼差しに探るような色を滲ませて絵里を見つめる。「さて、何があったのか、ちゃんと話してもらえるかな?」「はいはい、話せばいいんでしょ」絵里はころころと表情を変えて明るく笑い、今日の出来事を包み隠さず裕也に打ち明ける。あの時、彼女がわざと護衛を遠ざけたこと。そしてLINEで指示を出し、カフェの裏口で待機させた後、密かに自分の後を尾行させたことまで。護衛は手際が良く、彼女の命令通りに動いてくれた。彼らはドアの外に控えており、たとえ部屋が内側から施錠されていようと、踏み込むことなど造作もない状況だったのだ。だから、彼女が傷を負うような危険は万に一つもなかった。だが、事の顛末を聞き終えた裕也の顔色は暗く沈んでいた。「お前が警戒していたからよかったものの、万が一のことがあったらどうするつもりだったんだ?」絵里は彼の視線を真っ直ぐに受け止める。「昔みたいに、簡単に騙されたりしないわ。ほら、私、ピンピンしてるでしょ?」裕也は伏し目がちに彼女を見下ろした。今回の彼女の立ち回りの見事さには、彼も感心させられる。それでも、心配なものは心配だ。「確かに昔よりは逞しくなった。だが、今後こういう事態に遭遇しても、決して無茶な真似はしないこと。どんな時でも、自分の安全を最優先にしてくれ」「はいはい、肝に銘じておきます。これでいい?」絵里は驚くほど素直に笑って頷くと、彼に抱きつき、甘えるようにその腕を数回揺さぶる。「もう心配しないで、ね?笑って」裕也は彼女の愛らしく表情豊かな顔立ちを見つめる。このような顔を見せるのは、一度や二度ではない。ここへ来る道中、ずっと張り詰めていた心が、ようやくふっと解けていく。唇が微かに綻び、穏やかな笑みが浮かぶ。彼は元々、彫りが深く端正な顔立ちをしている。笑うとさらに知的で優しげな雰囲気が増し、見惚れるほど魅力的だった。その時、病室の中から数回の咳払いが聞こえてくる。和也が目を覚ましたのだ。絵里は病室のドアに視線を向け、裕也の手を離す。「行って。いくつか、ち

  • 入籍しないなら…兄嫁になります!~冷徹社長に溺愛される日々~   第907話

    和也の声は次第に掠れ、やがてそのまま意識を失う。頭部は鮮血に染まり、目を覆いたくなるような惨状だ。それでも、絵里の耳には確かに届いている。「十年前」という言葉が。十年前、一体何があったというのか。だが、今は深く考えている余裕などない。彼女はすぐさま護衛に命じ、和也を病院へ運ばせる。一方、その場を離れたかに見えた芳昭は、密かに物陰に潜んで様子を窺っている。絵里は芳昭の存在に気づくことなく、和也を連れてその場を後にする。和也の頭が血まみれになっているのを目撃した芳昭は、血の気が引き、顔面を蒼白にする。走り去る車を見送るや否や、彼は慌ててどこかへ電話をかける。「……大変だ。和也がやられた」その頃、絵里は和也を病院に運び込んで検査を受けさせていた。命に別状はないと確認すると、護衛に病室を見張るよう指示を出す。裕也に連絡しようとした矢先。タイミング良くスマホが鳴る。画面には裕也の名前が表示されている。「まだ会社か?もうすぐ仕事が終わるから、迎えに行くよ」電話越しに響く裕也の声は、相変わらず穏やかだった。ここ数日、裕也は目が回るほど忙しく、絵里を迎えに来る時間すら取れずにいた。毎日朝早くから夜遅くまで、グループ内部の人事刷新に奔走していたのだ。藤原グループでは、上層部がほぼ総入れ替えとなっていた。以前、洋二が失脚した際にも、裕也は大規模な人事刷新を行っている。しかし、その時はまだ洋二の息がかかった者が少なからず残っていた。だが今回は違った。雪枝派であろうと洋二派であろうと、関係なく一人残らず排除された。その徹底した人事刷新によって社内は一時大きく揺れたものの、わずか数日で藤原グループは再び安定を取り戻した。G市におけるその地位も、以前にも増して揺るぎないものとなっていた。「私、今病院なの。和也もここにいるから、こっちに来てくれない?」絵里は電話口で、あえて詳しい事情までは話さなかった。裕也は微かに眉をひそめ、短く答える。「分かった。今すぐ向かう」通話を切り、立ち上がって社長室を後にする。外で待機していた健は、裕也の険しい表情を見て、ただ事ではないと瞬時に悟った。余計な詮索は一切せず、無言でその後を追う。三十分後。裕也は病院に到着し、絵里と合流する。

続きを読む
無料で面白い小説を探して読んでみましょう
GoodNovel アプリで人気小説に無料で!お好きな本をダウンロードして、いつでもどこでも読みましょう!
アプリで無料で本を読む
コードをスキャンしてアプリで読む
DMCA.com Protection Status