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第410話
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再び頂点に戻る、桜都の御曹司にママ役はさせない 第429話
午後の日差しが薄手のカーテン越しに差し込み、床に斑模様の光を落としていた。夕月は静かに病床に横たわり、顔には酸素マスクが装着されていた。彼女の髪は枕元にしなやかに広がり、閉じた瞼の下からは長いまつげが淡い影を落としていた。静寂に包まれた病室には、酸素吸入器の作動音だけが響いていた。車椅子に座った凌一は、穏やかな眼差しで夕月の青白い顔を見つめていた。医師の話では、彼女はもう危険な状態は脱していて、すぐに目を覚ますだろうとのことだった。夕月が病院に搬送された時、彼女はかろうじて息をしていた。アシスタントが凌一の車椅子を押して現れるのを見て、星来を凌一に任せられると安心した瞬間、夕月は大きく息を吐くと、完全に意識を失ってしまった。夕月が気を失う前に向けた微笑みは、今も凌一の脳裏に鮮明に残っていた。我に返った時、凌一は自分の手が不思議と夕月の顔に伸びていることに気づいた。彼の表情には柔らかな光が宿り、白磁のような肌が淡い輝きを放っていた。夕月の顔に触れようとしている自分に気づいた瞬間、凌一の指先がわずかに震え、意識的に手を引き戻した。骨ばった長い指で車椅子の肘掛けをなでながら、自分の手を見つめる彼の目には自責の色が浮かんでいた。こんなことをするなんて、自分は何を考えているのか。突然、凌一の携帯が震え始めた。電話に出ると、部下が報告してきた。「冬真様がお会いしたいとのことです」「悠斗くんを連れて祠堂で正座させなさい」凌一の声は冷淡で、交渉の余地は微塵もなかった。部下はさらに続けた。「若葉夫人もお会いしたいとのことです。悠斗お坊ちゃまが講堂での放火を指示したと知り、かなり動揺されています。若葉夫人は……」部下がさらに言葉を続けようとしたが、凌一はもう聞く気がなかった。部下の言う若葉夫人とは義姉の若葉雲珠のことだ。凌一と彼女の接点は少なく、好意を持っているわけでもなかった。それに夕月に対する彼女の意地悪な振る舞いが度々凌一の耳に入っていた。凌一は義姉に対してさらに愛想を欠いた態度を取った。彼の声は容赦なかった。「彼女も祠堂で正座させなさい。三人が一時間正座を終えたら、私が現れよう」「え？！」アシスタントは思わず声を上げた。凌一博士が義姉を祠堂で正座させるだって！？通話が切れた携帯を握りしめなが
再び頂点に戻る、桜都の御曹司にママ役はさせない 第428話
だが今や、彼が警察署に入ったという情報が既に流出していることは明らかだった。冬真は余裕綽々とした涼の姿を見つめ、奥歯を強く噛みしめた。頬の筋肉が硬く張り詰める。間違いない、涼が彼の警察署出入りの情報をリークしたのだ！そして今、公衆の面前で冬真が被告側の保護者だと暴露した。これは冬真を炎上の渦中に突き落とそうとする策略だ！冬真は深く息を吸い、胸の内で炎のように燃え盛る感情を抑え込もうとした。そのとき、涼が軽く後ろを振り向き、銀色の手錠をはめられた本田片代が血まみれの顔で姿を現した。大勢の人々を前に、本田の目に恐怖の色が浮かんだ。しかし悠斗のために刑務所行きとなり、冬真が減刑の手助けをする気がないと知った今、本田には一か八かの賭けに出るしかなかった。「私は橘悠斗坊ちゃまの生活担当アシスタントです！先週、悠斗坊ちゃまは私に学校の講堂を下見するよう命じました。講堂に火を放ちたいと言うのです！」記者たちとSNS配信者たちはカメラやスマートフォンを高く掲げ、話す本田に向けた。配信者たちの画面には「生配信中」の文字が点滅し、各チャンネルには数万から数十万の視聴者が見入っていた。「悠斗坊ちゃまは危険を冒してでも、火事場に残り、ご両親に救出されることを望んでいました！もちろん、他の人を傷つけないよう、点火後すぐに火災警報を作動させました。燃えるものが燃え尽きれば火は自然に消えると思っていました。しかし、講堂の天井材が防火素材でなかったとは……」本田は頭を垂れ、声を落とした。「裁判所には、ただ公正な判決をお願いするだけです！」本田の言葉が終わらないうちに、記者たちから驚きの声が上がった。「桜井講堂の火事は橘家のお坊ちゃまの指示だったんですか？」「橘坊ちゃまは何て身勝手なんでしょう！ごっこ遊びだと思っているんですか？」「橘家はどうやってお子さんをしつけているんですか！」「橘社長と奥さんはすでに離婚していますよね。坊ちゃまは自作自演で両親を仲直りさせようとしたんでしょうか？でも母親を火事場に誘い込むなんて、もし何かあったら取り返しがつきませんよ！」「橘坊ちゃまはまだ五歳です。法的責任能力はありません！」「法律上、放火罪で裁かれるのは実行犯だけです。でも彼はただ雇い主の指示に従っただけのアシスタントじゃないですか
再び頂点に戻る、桜都の御曹司にママ役はさせない 第427話
あっという間に、冬真の姿は取調室の出口から消えていた。「社長！橘社長！」アシスタントがどれだけ叫んでも、冬真の足を止めることはできなかった。警察に椅子に押し戻された彼の表情は、絶望に満ちていた。涼は椅子を引き寄せ、彼の前に座った。「本田さん、あなたは指示を受けて放火したわけだ。減刑を望むなら、力になれるかもしれないよ」警察署を出るや否や、冬真の携帯が鳴り響いた。秘書からの電話に出る間もなく、彼は何百もの撮影レンズの洗礼を受けた。今やネットの時代、駆けつけたのは記者だけでなく、大量のショート動画クリエイターたちだった。彼らは一斉にスマートフォンのカメラを冬真の整った顔に向けた。「視聴者の皆さん、橘グループの橘冬真社長が出てきました！桜井私立幼稚園の講堂火災に関係があるという情報です」「橘社長、なぜあなたのアシスタントが講堂に放火したのですか？あなたの指示だったのでしょうか？」「橘社長、火災発生時、元妻の藤宮夕月さんが火の中に閉じ込められたと聞いていますが、彼女の状況はご存知ですか？」「橘社長、元妻を焼き殺そうとしたのですか？」メディア関係者たちは冬真のアシスタントが逮捕され、冬真自身も警察に事情聴取されたことしか知らなかった。彼らはバッタの大群のように冬真を取り囲み、無数のフラッシュが彼の顔に浴びせられた。冬真に付き添っていた二人のボディーガードは、四方からの猛攻に抗しきれず、押し出されていった。彼らはなす術もなく、冬真から引き離されていくのを目の当たりにした。冬真は手を引っ張られ、体を掴まれる感触に眉を寄せた。十数本の腕が伸びてきて彼の手を掴み、中には隙に乗じて彼の腰に触れる不埒な輩もいた。彼の表情は墨を流したように漆黒に染まった。「退け！！」冬真の低く響く怒声に、その場にいた全員が怯んだ。彼の全身から放たれる威圧感は直視すら許さず、暗い眼差しに鋭い光が宿っていた。スマートフォンをかざしていた人々は突然の吹雪に遭ったかのように、高く掲げた腕が凍りついた。その時、警察署から警官たちが駆けつけ、冬真を取り囲む人々を散らし始めた。人垣が開いたとき、冬真の後ろに現れた人物に気づき、再び騒ぎが起こった。「桐嶋弁護士だ！桐嶋先生、橘社長の弁護人ですか？」涼の鋭く引き締まった眉は凛と弧
再び頂点に戻る、桜都の御曹司にママ役はさせない 第426話
冬真の名刺を握る指に力が入り、皮膚の下から関節が白く浮かび上がった。彼が手にしているのは単なる名刺ではなく、涼が彼に叩きつけた宣戦布告だった。冬真は嘲るように嗤った。「星だの月だの、月が欠けても星は明るいだの。人の妻に手を出そうという下心を、そんな風流なことに包む必要があるのか？」涼の法律事務所の名刺は、冬真の長く力強い指先によって、一塊に丸められていた。冬真は手を緩め、くしゃくしゃになった名刺が掌から滑り落ち、床に転がった。彼は足を上げ、涼の名刺を靴底で踏みつけた。冬真は涼に手首を見せるように促した。「これは夕月が私の誕生日にくれたものだ。JAEGER-LECOULTREのムーンフェイズ腕時計」片眉を上げ、強調するように付け加えた。「ムーンフェイズ、わかるか？夕月は私に、彼女を常に手首に身につけておくよう望んだんだ」涼は顔を下げ、嘲るように短く笑った。冬真の自慢は彼の目には滑稽な冗談でしかなかった。「本題に入ろうか」涼は椅子を引き寄せ、冬真の前に座った。両脚を大きく開き、不遜な座り方だった。冬真の整った顔に鋭い線が浮かび、顎をわずかに上げて先に切り出した。「凌一さんが代理人としてお前を指名したということは、夕月と星来くんは無事だったということだな？彼らはどんな状態だ？警察が私を呼びに来る前に、消防が彼らを救出する様子は見ていなかったが」涼は答えた。「星来くんのことが知りたければ、凌一さんに聞くといい。夕月のことに関しては答える義務はないし、お前にも知る権利はない」涼は冬真に書類の束を差し出した。「言っておくが、凌一さんは放火犯を絶対に許さないつもりだ。お前の息子、悠斗くんがこの火災の原因だ。保護者として、お前が法的責任を負うべきだ」顔の下半分を血で汚した本田片代が、弱々しく口を開いた。「桐嶋先生、私は……私は何年刑務所に入るんですか？」涼は冬真を見つめたまま答えた。「十年以上だな」本田はそれを聞くと、両足が震え、椅子から気を失いそうになった。冬真は警察官に向かって言った。「息子を連れてきて供述録取します。学校の損害も橘家が負担します。その他の件については、うちの弁護士チームが対応するでしょう」冬真はそう警察に伝えると、椅子から立ち上がった。涼が尋ねた。「橘社長、逃げるつもりですか？」男
再び頂点に戻る、桜都の御曹司にママ役はさせない 第425話
言葉を一つでも間違えれば、また冬真の怒りを買うのではないかと戦々恐々としていた。「……坊、坊ちゃまが言うには、私に火をつけさせて、藤宮さんと橘社長に火事場に駆けつけてほしかったそうです。その機会に、二人に仲直りしてほしいと……」本田は顔を歪め、哀願するように続けた。「講堂の上階の建材が防火材料ではないなんて知りませんでした。橘社長、私の不注意です。どうか助けてください！」そのとき、一人の警察官がドアを開け、外から声をかけた。「橘星来くんの後見人である橘凌一さんが依頼した弁護士が到着しました」警察官の言葉が終わるや否や、長身の男が部屋に入ってきた。椅子に座った冬真が顔を上げると、端正な顔立ちの男が彼に向かって口元を緩めていた。ガンメタルグレーのスーツに身を包んだ涼は、鋭い眉目と、漆黒の瞳に秘めた不敵な気迫を漂わせていた。冬真の視線は、涼の左胸にきらめく孔雀のブローチに留まった。冬真は手を上げ、袖をめくってJAEGER-LECOULTREのムーンフェイズ腕時計を確認した。これは夕月が彼の誕生日にくれたものだが、何年の誕生日だったか、冬真は忘れていた。本当なら楓に聞けば分かるはずだ。彼がどんなプレゼントをもらったか、彼女はいつも全て把握していた。だが楓が薬を使って彼を襲おうとしてから、冬真は彼女を警察に突き出さなかっただけでも十分慈悲深いと思っていた。今では楓の連絡先をすべてブロックしている。気がつけば、涼はすでに彼の目の前に立っていた。彼は冬真に名刺を差し出した。「橘凌一さんの代理弁護士を務めております。彼の被後見人である橘星来くんが講堂内で閉じ込められ、火災に遭った件を担当しております」冬真は椅子の肘掛けに両手を置き、まるで玉座に座るかのように、世界を見下ろす威厳に満ちていた。その存在感は、万物が彼の眼下に存在するかのようだった。冬真は手を伸ばし、涼から差し出された名刺を受け取った。二人は長年の知り合いでありながら、決して親しくはなかった。二匹の猛獣が自分の縄張りを守るように、会えば互いを警戒し、値踏みするだけだった。それに、冬真は涼が桜都の社交界の外側に生きる男だと感じていた。さらに、涼に食い物にされそうな気配をいつも感じていた。この桐嶋家の御曹司はいつも彼を飲み込もうと狙っているように思え
再び頂点に戻る、桜都の御曹司にママ役はさせない 第424話
冬真は交番の中で、警察から提供された監視カメラの映像を見つめていた。映像には、彼のアシスタントが講堂の上階に可燃物を置き、火を放つ様子が映っていた。その放火犯のアシスタントは今、冬真の向かいに座り、手首に手錠をかけられていた。この瞬間、冬真の怒りは頂点に達した。彫刻のような顔つきが一気に強張り、漆黒の瞳に赤い光が宿る。彼は立ち上がると助手の襟首を掴み、乱暴に引き寄せた。アシスタントの胸がテーブルの縁に強く打ち付けられ、鈍い音が響いた。冬真の殺意に満ちた視線に晒され、テーブルの下で助手の足が震え始めた。「社、社長！説明させてください！」警察官たちが急いで駆け寄り、冬真を押さえつけ、アシスタントの襟から手を離すよう促した。「橘さん、まず落ち着いてください」「どうやって落ち着けというんだ？！」男は怒鳴った。「お前の火事で私の妻が焼け死んだんだぞ！どうして落ち着けるんだ？」冬真のもう片方の手も警察官に掴まれたが、彼は強引にその拘束を振り払い、アシスタントの頭を掴むと、その顔面をテーブルに叩きつけた。まるで頭蓋骨を砕くかのように。「ぐぅっ！！」アシスタントが苦悶の声を上げた。数人の警察官が再び協力して、冬真の行動を制止した。「橘社長、冷静になってください！」「本田片代（ほんだ かたしろ）の供述によると、彼はあなたの息子、橘悠斗くんの指示で桜井幼稚園の講堂に放火したとのことです。火災は人的被害こそ出ませんでしたが、公共の安全に重大な脅威を与えました……奥様が焼死したというのはどういうことですか？本田片代はほかの殺人事件にも関わっているのでしょうか？」警察官の言葉を聞いて、冬真は動きを止めた。彼は話しかけてきた警察官を見つめ、「確かに、講堂の火事で死者は出ていないと？」警察官も戸惑った様子で、頷いた。「消防は桜井の講堂を二次捜索まで行いましたが、人的被害は確認されていません」冬真の瞳に満ちていた殺気が、その瞬間に崩れ去った。アシスタントの頭を押さえつけていた手を緩め、長い間水中で溺れていたかのように、大きく息を吸い込んだ。新鮮な空気を求め、荒々しく呼吸を繰り返す。急激な酸素の流入に、彼の顔には夢見心地の笑みが浮かんだ。アシスタントは後頭部の圧力が和らいだのを感じたが、目の前に立つ冬真から放たれる威圧感
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