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第438話

Author: こふまる
書斎に入った時、机の上にこれほど多くの見合い候補の履歴書が整然と並べられているのを見つけ、深遠は頭が痛くなった。

考えるまでもなく、これは凌一の指示に違いない。

弟は常に、言葉より先に行動する男だった。

深遠は額の冷や汗を拭い、電話を切った。

冬真と雲珠は約四時間かけてようやく山頂に辿り着いた。途中、雲珠が体力の限界を迎え、冬真は彼女を待つために何度も足を止めていた。

山頂まであと五百メートルというところで、雲珠は一歩進むごとに酸素を吸い込まなければならなくなっていた。

壮麗な定光寺の建物が目の前に現れた時、雲珠は地面に崩れ落ち、声を上げて泣き始めた。

深遠はすでに寺の中で彼らを待ちかまえていた。

冬真が仏殿に入ると、深遠は冷ややかな声で言った。「凌一から、お前の髪を剃れと言われている。子を正せなかったのは親の過ちだ。悠斗には今、母親がいない。お前が父親として責任を取り、彼が二度と問題を起こさないようにしなければならない」

冬真は一言も発さなかった。深遠が跪くよう命じると、彼は無表情で座布団の上に膝をついた。

深遠はバリカンを手に取り、冬真の頭を丸坊主に剃り上げた。

雲のような髪の束が床に落ちていく中、冬真は慈悲に満ちた表情の仏像をじっと見つめていた。蓮の台座に端座する仏は、どこか凌一を思わせた。しかし凌一がこのような慈悲深い表情を見せることは決してなかった。

凌一は常に俗世を超越し、喜びも悲しみも見せない男だった。それでいて、雷のような威厳で橘家の全員に畏怖の念を抱かせる存在だった。

冬真の両手は固く拳を握り締め、関節が軋むほどだった。漆黒の瞳は沼のように暗く、人を溺れさせそうな深さを湛えていた。

悠斗は車の事故の後、手術のために既に丸坊主になっていた。この数ヶ月でようやく少し伸びた髪を、深遠は容赦なく剃り落としたのだ。

続いて深遠は雲珠の長い髪も一束に掴み、断ち切った。

床に散らばった髪を見やり、深遠は石柱のように立ち尽くすボディーガードに言った。

「これで、凌一への義務は果たしたことになるな?」

ボディーガードはスマートフォンを取り出し、映像を撮影して凌一に送信した。

悠斗は冬真の手を引き、二人は仏殿の裏手へと歩いていった。

冬真が足を止めると、悠斗は父が一面の壁を見つめていることに気がついた。

悠斗は冬真の視線の先を
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