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第451話
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再び頂点に戻る、桜都の御曹司にママ役はさせない 第567話
冬真が全身から放つ不機嫌なオーラは、周囲の空気さえ凍らせるほどだった。手の中にある、無残な姿になり果てた笹の葉をじっと睨みつける。それはまるで、彼自身の失敗した人生の象徴のように見えた。「パパ！」悠斗は今にも泣き出しそうだ。小さな顔はくしゃくしゃに歪んでいる。「なんで……なんで、こんなことさえできないの！」悠斗は思い出していた。昔、学校であったどんな親子イベントでも、夕月は必ず彼に一番をプレゼントしてくれたことを。そして、彼の中の父親像は、全知全能だった。自分のパパはこの世で一番すごい人間で、冬真がいれば世界中を手に入れられると信じていた。だというのに。その父親が、彼をこんなにも惨めな境遇に追いやっているのだ。その時、主任の先生の声が響いた。「さあ、みんな。パパやママと一緒に列に並んでね。ちまきを蒸し器に入れましょう」ちまきを作り終えた子供たちは、親と一緒に列に並び始めた。自分のものがわかるように、ちまきを縛る紐には名前の書かれたタグが付けられている。悠斗は、他の子供たちが楽しそうにちまきを蒸し器に入れていく様子を、ただ指をくわえて見ているしかなかった。ちらちらと視線を向けてくる子供たちと目が合うと、急に言いようのない負い目が胸に広がり、慌てて目を伏せる。いっそ穴があったら入りたい、と思った。「パパ、もっと早くできないの？」「みんな見てるじゃん！」悠斗の催促に焦らされた冬真の手には、もち米の粒がべったりと貼り付いている。その顔色は、ますます悪くなっていくばかりだ。主任の先生が、悠斗に視線を向けた。冬真に直接声をかける勇気はないようだった。「悠斗くん、ちまきはできたかな？」「うぅ……パパぁ！」悠斗の声が、助けを求めるような泣き声に変わる。「泣くな！みっともない！」冬真の声は低く抑えられていたが、鋭い刃のように悠斗の喉元を突き、声を封じた。彼は、ぐしゃぐしゃになった笹の葉をテーブルに乱暴に投げ捨てた。「今度からこういうのは、ばあさんに頼め！俺を呼ぶな！」もう限界だった。橘グループのトップである俺が、なぜこんな場所で無駄な時間を浪費しなければならないのか。冬真が席を立つと、悠斗の表情は呆然としたものから、瞬く間に恐怖の色へと染まった。「パパ、どこ行くの？パパ！行っちゃやだ！」足元から這い上
再び頂点に戻る、桜都の御曹司にママ役はさせない 第566話
実の息子からのダメ出しに、冬真の表情が瞬時に険しくなった。悠斗が指差す方を苦々しく見やれば、ちょうど夕月が体を寄せ、凌一の手の中にある笹の葉を柔らかな指先で直してやっている光景が目に飛び込んできた。その横顔の線は優しく、口元にはまだ笑みが浮かんでいる。そして、当の凌一は――普段は仙人のように俗世からかけ離れた科学院の博士様が、今はおとなしく眉を下げ、夕月の「指導」に素直に身を任せている。その光景は、冬真の胸に苛立ちの火をつけた。「ちまき作りで大事なのは気持ちだ。見た目など、重要ではない」最後のプライドを保とうと、冬真は吐き捨てるように言った。だが、その手はますます力を込めて哀れな笹の葉を弄くり回し、結果は言うまでもなく悲惨なものだった。もち米が、無残にテーブルの上へと散らばる。不器用で、しかも強情な父親の姿。そして、楽しげな向こうの「四人家族」。その対比に、悠斗の唇はさらに強くへの字に曲がった。大きな瞳にはみるみる涙が溜まっていき、泣き出しそうで泣かないその姿は、痛々しいほどだった。彼は羨望の眼差しで夕月を見つめていた。ママにも、あんなふうに優しく笑いかけて、ちまきの作り方を教えてほしい、と。「パパ……」悠斗の声は涙に濡れていた。その小さな手が、冬真のスーツの袖をぎゅっと掴む。「ママがいい……ママに、教えてほしい……」募る苛立ちに、冬真は怒鳴りつけた。「静かにしろ！ちまきが欲しいなら、最高級のものを買ってやればいいだろう！」「買ってきたのなんていらない！ママが作ったのがいいの！」とうとう、悠斗の瞳から涙がこぼれ落ちた。その声は、悔しさを滲ませた非難の響きを帯びる。「パパにはぜんぜんできないじゃないか！大叔父様より、ずっとヘタだ！」子供の泣き声と、その無邪気な刃のような言葉は、針となって冬真の胸に突き刺さった。そして、周囲にいた少なくない保護者たちが、何事かとこちらに視線を向けるのだった。人前でこのような屈辱を味わったことなど、冬真の人生で一度たりともなかった。ましてや、実の息子に他人と比較され、格下だと断じられるなど。彼の顔は怒りで鉄色に染まり、こめかみには青筋がぴくりと浮き出た。しかし、悠斗相手に本気で怒りをぶつけるわけにもいかず、行き場のない激情が胸の内で渦を巻き、内臓を焼き尽くすかのような痛みが走った。その騒ぎは
再び頂点に戻る、桜都の御曹司にママ役はさせない 第565話
冬真は、アイロンの行き届いた高級なオーダーメイドのスーツに身を包んでいた。その長身と冷厳な佇まいは、温かな祝祭ムードに満ちたこの部屋では、あまりにも異質だった。悠斗もまた、父親とお揃いの小さなスーツを着ている。目鼻立ちは整っているものの、その表情には甘やかされて育った故の傲慢さが滲み出ていた。部屋に入るなり、冬真とよく似たその瞳をくるくると動かし、やがて夕月と、その隣にいる星来の姿を捉えてぴたりと止まった。悠斗はきゅっと唇を噛む。その黒目がちな瞳には、どこか哀れを誘うような色が浮かんでいた。「パパ、ママのところに行きたい」悠斗の声には、渇望の色が滲んでいる。「母親がお前を受け入れるとでも？」冬真の声は氷のように冷たく、悠斗の淡い期待を無慈悲に打ち砕いた。悠斗の体は順調に回復していた。育ち盛りの子供だ。栄養さえ足りていれば、傷の治療で剃られた髪もすぐに元通りになる。ただ、縫合した箇所だけは髪が生えず、まるで稲妻のような一筋の痕が頭の側面に走っていた。だが、その傷跡が、かえって彼を精悍に見せている。冬真は悠斗を連れて空いているテーブルへと向かい、腰を下ろした。その視線が、まるで帝王のように周囲を睥睨する。その視線はまず、複雑な色を帯びて夕月を吟味するように捉え、次いでその隣にいる凌一へと移った。途端、眼差しは鋭く、そして氷のように冷徹なものへと変わる。その顔の輪郭さえもが、硬質にこわばった。「叔父上」冬真の声には、隠しきれない皮肉が滲んでいた。「まさか叔父上が、このような催しにお付き合いになるほどの閑情をお持ちだったとは」凌一は瞼一つ動かさず、二枚目の笹の葉を手に取ることに集中したまま、平坦な声で答えた。「星来くんと、夕月の付き添いだ」その言葉は、冬真の存在を完全に度外視し、「星来」と「夕月」を同列に並べることで、誰が身内で誰がそうでないかを明確に線引きするものだった。冬真は、虚を突かれたように一瞬動きを止めた。凌一のその返答は、深読みするなという方が無理な響きを持っていた。夕月は、もう俺と離婚した女だ。だというのに、叔父上はなぜ今も夕月を身内のように扱うのか。まさか叔父上は、俺と夕月の復縁を後押ししているとでもいうのか？その考えは一瞬で頭をよぎったが、冬真はすぐに心の中で鼻で笑った。たとえ叔父上が夕月を今も橘
再び頂点に戻る、桜都の御曹司にママ役はさせない 第564話
夕月は瑛優の手を引き、蓬や色とりどりの瓢箪で飾られた幼稚園の活動室に足を踏み入れた。ふわりと、ちまきの笹の葉の清々しい香りが鼻を掠める。彼女はすぐに、窓辺に立つ凌一の姿を見つけた。今日の彼は、薄い亜麻色のスタンドカラーシャツを身に纏っている。すっと佇むその姿は清らかで気高く、周囲の喧騒とは見えない壁一枚で隔てられているかのようだった。その隣には、星来が静かに立っている。手には肌身離さず持ち歩いている電子書籍リーダーを固く抱え、大きな瞳で警戒するように周囲を観察していた。「大叔父さま！星来くん！」瑛優は楽しそうな小鳥のように、ぱたぱたと駆け寄った。凌一は軽く頷くと、その視線は瑛優を通り越し、夕月へと注がれた。怜悧なその瞳に、まるで固く閉ざされた氷が解けるかのように、ごく淡い温もりがよぎる。「夕月」その声は相変わらず平坦だったが、電話越しよりも幾分か温度が感じられた。「先生、星来くん、ずいぶん早いのね」夕月は笑みを浮かべて歩み寄ると、ごく自然にしゃがみこんで星来と視線を合わせた。「星来くん、今日は一緒にちまき、作りましょうね」星来の長い睫毛が震えた。夕月の方を見ないまま、指だけがリーダーの上を素早く滑る。そして差し出された画面には、こう表示されていた。【瑛優ちゃんが教えてくれるって】その文字は彼の年齢にそぐわないほど冷静で、そして整っていた。「そう！私が教えてあげる！」瑛優は自信満々に胸を張る。やがてイベントが始まり、親子はそれぞれ小さなテーブルを囲んで腰を下ろした。凌一は、目の前に用意された水に浸したもち米、洗われた笹の葉、そして色とりどりの具材を、冷めた表情で見つめている。その眉根が、気づかぬほど僅かに寄せられた。その面持ちは、まるで複雑な実験手順でも吟味しているかのようだった。夕月は、星来と瑛優に手本を見せながら、慣れた手つきで説明していく。器用な指先が葉を翻すと、あっという間に角の立った綺麗なしちまきが出来上がる。「まずこうやって角を作って、お米と具を詰めて、ぎゅっと押さえてね。それから葉っぱをこう被せて、紐でしっかり縛るの……」凌一は彼女の真似をして笹の葉を手に取るが、実験の際にはあれほど安定的で精密な動きをするその指が、今は柔らかく滑りやすい葉を相手に、どうにも不器用だった。笹の葉は彼の思う通りにならず、折り畳んだ
再び頂点に戻る、桜都の御曹司にママ役はさせない 第563話
夕月は、凌一に電話をかけた。受話器の向こうから、湖の底から響くような、静かで理知的な低い男の声がする。「夕月、どうした」その声は、まるで彼女からの電話をずっと待っていたかのような響きを持っていた。「先生、近頃お時間はありますか？」夕月は幼稚園で開かれる親子イベントについて手短に説明すると、こう続けた。「先生のお時間は貴重ですから、こういった催しはご予定には入らないかもしれません。ただ、私と瑛優が、先生と星来くんにぜひとも来てほしいと願っているんです」電話の向こうで、数秒の沈黙が流れた。夕月は思わず息を殺す。今頃、凌一がわずかに眉を寄せ、スケジュール帳に目を落として検めている姿が目に浮かぶようだった。遠回しに断られるだろう、そう思った矢先、凌一が口を開いた。「わかった。星来を連れて行こう」まさか、承諾してくれるなんて。夕月は意外に感じたが、同時に腑に落ちる部分もあった。星来を普通の生活に戻すため、凌一がこれまで多くの妥協をしてきたことを、彼女は知っていたからだ。「よかった……」その声は、隠しきれない喜びに染まっていた。受話器の向こうから、すぐに夕月と瑛優の話し声が凌一の耳に届く。「大叔父さま、いいって！私たち、大叔父さまと星来くんと一緒にちまき作るのよ」「イェーイっ！！」瑛優の歓声が響く。受話器越しに、凌一は元気いっぱいの女の子の姿を思い浮かべた。知らず知らずのうちに、凌一の口元が綻ぶ。耳元に、再び夕月の声が届いた。「先生、では一旦切りますね」「量子科学のプロジェクトだが、進捗はどうなっている」凌一は、胸に生じた小さな波紋を意図的に無視し、そう問いかけた。夕月は特に何も感じなかった。凌一がその話題を切り出すのは、まるで教師が生徒の宿題の進み具合を尋ねるかのようで、ごく自然なことだったからだ。夕月はすぐさま答える。「はい。新しいデータと成果が出ましたので、先生に分析をお願いしたいんです」二人は改めて会う時間を約束した。やがて通話が切れ、凌一はスマートフォンを置くと、視線を上げる。その傍らには、いつからか星来が静かに座っていた。星来はとても物静かだ。凌一が電話をしている間も、男の子は電子書籍リーダーを抱え、ただ黙々と本を読んでいた。凌一はスマートフォンを置くと、声をかけた。「親子イベントのことなど、聞
再び頂点に戻る、桜都の御曹司にママ役はさせない 第562話
夕月が振り返ると、クマさんのパジャマを着た瑛優が、眠そうに目をこすりながらキッチンの入り口に立っていた。夕月はグラスを置き、娘に歩み寄ると、その柔らかな髪を優しく撫でつけた。「昨日はよく眠れた？」「うん！」瑛優はこくこくと力強く頷く。「おじちゃんに送ってもらってから、すぐに寝ちゃった！」瑛優は最近、県のスポーツセンターでスケートボードの練習に打ち込んでいる。普段、夕月に時間があるときは彼女が送迎や練習の付き添いをしているのだが、ここ最近は量子科学のプロジェクトが佳境に入り、残業続きだった。そのため、瑛優の送迎は兄の天野に任せていた。県の強化コーチも瑛優の才能に目をつけ、重点的に指導を行っている。その点、スポーツの技術的なポイントに関しては、夕月よりも天野の方がはるかに理解が深い。夕月が付き添っても、それはあくまで「付き添い」であり、娘の精神的な支えになることしかできないのだ。その点、天野は瑛優の技術的な問題点を一目で見抜くことができる。彼は天性の競技センスを持っており、瑛優が滑っている最中に、転倒する瞬間や危険な体勢になるのを予見することさえできた。だからこそ、夕月は安心して瑛優を天野に預けられるのだ。ただ……「ママ！」はっと我に返ると、瑛優がくりくりとした大きな瞳をきらきらさせて、自分の顔をじっと見つめていた。「先生がね、来週、学校で親子イベントがあるんだって。もし、時間があったら……私と一緒にちまき作り、してくれないかなぁ」そう切り出すとき、瑛優は少しだけためらった。ママが最近すごく忙しいことは、よくわかっている。週末に練習がない日は、一緒に過ごす時間を増やそうと、夕月は瑛優を会社に連れて行ってくれる。母娘はいつも一緒にいられるけれど、会社での夕月がどれほど忙しくしているかを、瑛優はこの目で見ていたから。その声には、遠慮がちな期待が滲んでいた。瑛優は母親を見上げ、その黒目がちな瞳に返事を待ち望む光を宿している。夕月の心は、ふわりと柔らかくなった。彼女は娘の前にしゃがみ込むと、その視線の高さに合わせる。「もちろん、時間あるわよ。瑛優と一緒にちまき、作りましょ！」「やったぁ！」瑛優は、飛び上がりそうなほど喜んだ。そして、夕月にこう言った。「先生がね、みんな保護者を二人連れてくるんだって。ママは、おじ
