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第5話

Author: こふまる
藤宮楓が紙袋をぶら下げ、カスタムバイクから降り立つ。

警備員がヨガパンツ姿の女性を目に焼き付けようとするように凝視していた。

「やっほー」

緩やかに揺れるロングヘアを無造作になびかせながら駆け込み、彼女は幼稚園へ滑り込んだ。事前に調べ尽くした悠斗のクラスで主任保育士を見つけると、にっこり笑みを浮かべて近づいた。

「橘悠斗くんにワックスボトルキャンディを届けに来たんです。皆に大人気だって聞きましたけど」

保育士が警戒の眼差しで彼女を見下ろす。「あなたが持たせたんですか?」

「ええ、友達が最高級のハチミツワックスで作ってるのよ」楓が得意げに語りかけた瞬間、

「この人殺しが!!」

怒声が背後の空間を切り裂く。振り返った楓の頬に、火のついたような平手打ちが飛んできた。

「何するのよ!?」

「お前こそ何してんだ!!」

楓は黙って耐えるタイプじゃない。血の味を舌で舐めながら、複数の母親たちに飛びかかっていった。

降園時間、藤宮夕月が美優を迎えに来ると、娘が目を輝かせながら楓の惨状を再現していた。

「楓お姉ちゃんがバタバタしてたの!悠斗くんが助けようとしたら、美優がズルズル引きずったの!」

鼻青々の楓は悠斗を連れ、早退届を提出していた。

ほかの子どもたちのママたちは皆、楓のことを知っていて、彼女に向かって口うるさく文句を言っていた。美優には何を言っているのかよく分からなかったが、ただ嫌な言葉ばかり並べているのは感じ取れた。

チャイルドシートに座った美優が窓の外を指差す。「ママ、おうちに帰るの?」

夕月は静かに頷いた。「今日が最後の『橘邸』よ」

「お帰りなさい、奥様、お嬢様!」

佐藤さんは藤宮夕月を見ると、心からほっとした。

藤宮夕月は橘邸を出て一晩を過ごしただけで、橘邸の家政婦たちはほとんど我慢できなくなっていた。

藤宮夕月は言った。「私は美優と一緒に少し荷物を片付けてきます」

佐藤さんは深く考えず、ただ一言、「楓さんが家にいらっしゃいますよ」と注意を促した。

藤宮夕月は美優の手を引いてリビングに入ると、そこで藤宮楓が誰かを罵っているのが聞こえた。

「このクソデブども、あんな奴らと同じ土俵に立つつもりはない!もし本当に手を出したら、奴らの内臓を全部ぶちまけてやる!ああ、冬真、少し優しくしてよ!」

藤宮楓はソファに座り、橘冬真が綿棒で彼女に薬を塗っていた。

悠斗は心配そうに尋ねた。「楓兄貴、痛いですか?」

「私は皮が硬いから痛くないよ!ああ!冬真、そんなに強くしないで!」

藤宮楓は歯を見せて痛みに耐え、足を上げて橘冬真の太ももを蹴ろうとした。

男は低い声で「ちゃんと座れ!」と命じた。

藤宮楓の顔に傷があるのを見て、悠斗はますます罪悪感を感じた。

「僕が悪かった、楓兄貴を傷つけてしまった」

悠斗は頬を膨らませ、うつむきながら言った。

彼は顔を上げ、慎重に橘冬真の顔を見つめた。

以前、母が火傷をして、果物を切るときにうっかり手を切って血がたくさん出たことがあったが、橘冬真は一度も気にしたことがなかった。ましてや母の手当てをすることなんてなかった。

でも、藤宮楓が怪我をした時、橘冬真は袖のボタンを外し、綿棒を手に取って、藤宮楓の傷に薬を塗っていた。

橘冬真の心の中で、藤宮楓こそが一番大切な存在だった。

悠斗は顔をそむけ、藤宮夕月と美優が入ってきたのを見て、思わずムッとした。

「ふん!」

悠斗は彼女たちを見てすぐに腹が立ち、顔を一方に向けて、二人と話すのを避けた。

藤宮楓は両手を後ろに支え、体を前に傾けて、隣に座っている橘冬真に近づいた。

「夕月姉さん、やっと帰ってきたのね~」藤宮楓の声には少し皮肉が込められていた。

橘冬真は藤宮夕月を一度も見ようとせず、ただ指示を出した。「楓の服が汚れた。衣装部屋から着ていない服をいくつか持ってきてくれ」

彼の目には、心の中には、ただ藤宮楓だけが映っていた。

藤宮夕月は橘冬真の言葉を無視し、美優の手を引いて階段を上がっていった。

彼は結婚式で、藤宮夕月を一生守ると誓ったことがあった。彼は、藤宮夕月が自分のことを愛していると思わせていた。

悠斗と美優が生まれてから、二人は別々の部屋で寝ることになった。義母も彼女に対して、全体のことを考えるように言い、彼女は子供を育て、子供と一緒に食べ、寝ることが大事で、橘冬真の日々の業務に支障をきたしてはいけないと告げられた。

ある日、彼女は橘冬真にスープを届けに行ったとき、橘冬真が彼がイヤホン越しに誰かに話しているのを耳にした。

「早くから別々の部屋で寝ているから、彼女がいびきをかいているかどうかなんて分からない」

藤宮楓の爽快な笑い声が橘冬真の耳に響くのを、藤宮夕月は静かに聞いていた。

スープをそっと置き、部屋を出た。

「彼女は本当にべったりしてくるよね、時々うるさく感じないか?」

その日以来、藤宮夕月はひたすら自分の子供に集中するようになった。

藤宮夕月の姿が二階で見えなくなると、藤宮楓が口を開いた。「夕月、なんだか機嫌が悪いみたい。まだ私に怒ってるのかな?」

橘冬真は真剣に藤宮楓の傷に薬を塗りながら答えた。「気にしなくていい」

彼は分かっていた。藤宮夕月が美優を連れて実家に帰ったとしても、せいぜい一晩も持たないだろう。

藤宮楓が帰った後、藤宮夕月はまた低姿勢で、必死に彼に取り入ってくるのだろう。

悠斗は横で不満そうな顔をして、ぶつぶつ言った。「全部美優のせいだ。美優が僕を止めなければ、僕が楓兄貴を守れたのに!」

藤宮楓は手を伸ばして、悠斗を優しく抱き寄せた。

「悠斗はまだ成長していないけど、楓兄貴にとって、君もお父さんと同じくらい、すごい男の子だよ~」

橘冬真と並ぶことができるなんて、悠斗は唇を噛みしめて、目に笑みを浮かべた。

彼は橘冬真を見上げ、その眼差しには崇拝の念が込められていた。

しばらくすると、藤宮夕月と美優が下りてきた。

藤宮夕月は28インチのスーツケースを引き、美優はその後ろの車輪を持って運んでいた。

美優は力が強いが、藤宮夕月は美優が成長に必要な健康な体を作るため、重すぎるものを持たせることはしなかった。

美優の肩には小さなリュックサックがかけられていて、もう一方の手には小さなクマのぬいぐるみを抱えていた。

藤宮楓は驚きの声を上げた。「夕月姉さん、こんな大きなスーツケースを持って、どこに行くんですか?」

橘冬真は藤宮夕月が持っているスーツケースを見て、深い瞳の中に冷たい氷が広がった。

「また何をしてるんだ?」

藤宮夕月は息を切らしながら、スーツケースを床に置いた。力を振り絞って、手の中の結婚指輪を外し、それを橘冬真の前のテーブルに置いた。

彼女は男の人のように美しい長い指をちらっと見た。その指は白く滑らかで、結婚して7年になるが、橘冬真は一度も結婚指輪をはめたことがなかった。

長い年月の間に、藤宮夕月は体重が増え、指輪は彼女の薬指に深い跡を残していた。

橘冬真は鋭い眉をわずかに上げ、その吐息が凍りつくようだった。

「藤宮夕月、もうやめろ!」

また実家に帰るだの、指輪を外すだの、彼女のこの行動は本当に幼稚だ!

藤宮夕月の視線は橘冬真の手首に落ち、その後、藤宮楓の手首を一周見渡した。

彼女は笑いながら言った。「ペアの腕時計もつけてるんですね?」

橘冬真はその時、藤宮楓の手首を見て、彼女が自分と同じデザインの女性用腕時計をつけていることに気づいた。

「夕月姉さん!私と冬真がつけている腕時計はペアのものだけど、私たちがつける意味は全然違うんだよ。私たちは兄妹用の腕時計をつけているんだ!」

藤宮楓は不満そうにぶつぶつ言った。「冬真と私は一緒に育ったから、同じ腕時計をつけるのがどうしていけないの?」

「そうだ、思い出した!」藤宮楓は突然何かを思い出したように、運動用のバックパックから四角い箱を取り出した。

「冬真はあなたが機嫌が悪いことを気にして、私に頼んでプレゼントを選んでくれたんだ。夕月姉さん、これを受け取って。誕生日の件はもう水に流そう」

藤宮楓は箱を開け、藤宮夕月に中身を見せた。それは粗悪に作られた四つ葉のクローバーのネックレスだった。

藤宮楓は首をかしげ、無害そうな顔で微笑んで、藤宮夕月に見せつけた。

ほら、私も同じネックレスをつけているんだよ。ただ、私のは高級で精巧な本物だけど。

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