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第68話

Author: こふまる
「十分考えました」夕月の眼差しは揺るがない。「今さら入園を認めると仰っても、あなたこそがこの園の癌です。

私の娘を、あなたの下には置けません」

大勢の報道陣の前で、容赦のない言葉を投げかける夕月。

園長の顔が青ざめ、次には朱に染まり、息遣いも荒くなっていく。

震える指を夕月に向け、記者たちに向かって声を張り上げた。「皆さんご覧の通りです。藤宮さんご本人が退園を望まれた。私から追い出したわけではない。誤った報道だけは、ご遠慮願います」

校門前は送迎の車や報道陣の車で溢れ、新たに到着した数台の公用車も目立たなかった。

車内で我に返った石田局長は、窓の外の荘厳な校門を目にして目を見開いた。

「どうしてここに?」慌てて運転手に問いかける。

石田局長は後ろを振り返り、各部署の車が自分の後に続いているのを見て、さらに焦りが増した。

運転手はかえって局長の質問に戸惑った様子で、「桐嶋様からここまでとお聞きしておりましたが……」

石田局長は目を見開き、隣席の桐嶋を見つめた。

スーツ姿の桐嶋は落ち着き払っていた。朝の光が車窓から差し込み、その横顔に朧げな金色の輪郭を描いている。

彼は物憂げに顔を向け、局長の苛立った眼差しと視線を合わせた。

教養ある石田局長は罵声こそ上げなかったものの、「到着したから、降りたまえ」と言い放った。

「降りるのはあなたですよ」桐嶋は静かに告げた。

「冗談はよしてくれ」局長は焦りを隠せない。「規律監察部の面々まで、こんなところへ連れてくるとは」

石田局長は後悔していた。市役所で桐嶋を見かけ、検察庁行きと聞いて送ると申し出たのが運の尽き。

車中で桜井園長の資料を取り出し、意見を仰ごうとしたのだ。

数キロの道中で、一流弁護士の無料相談を得られると思ったのに、まさか学校まで来てしまうとは。

後続の車には規律監察部の職員たち。先導と思い込んで、何も知らずについてきてしまった。

桐嶋は自分のスマートフォンを局長に差し出した。

「ALIコンテストの予選順位が発表されました」

局長は聞く耳を持たず、運転手に指示を出す。「すぐに検察庁へ向かってくれ!」

「藤宮夕月が首位です」桐嶋は淡々と続けた。

石田局長の目に微かな波が立った。角張った顔には感情を押し殺したような固さが残る。

桐嶋の視線は局長の横を通り過ぎ、窓の外へと向かう
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