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第5話

Author: カノン
意識がまどろみの中をたゆたう中、夜瑠はひそやかな話し声を耳にした。

「社長、乗馬クラブの件ですが、何者かが廃棄用の手綱にすり替えていたことが判明しました。あの日、夜瑠様が普段お乗りの馬に近づいたのは、雪乃様だけです」

しばしの沈黙の後、晏臣の低く警告するような声が響いた。「この件はこれまでだ。絶対に他言するな」

一拍置いて、彼はさらに命じる。「それと、吉扇の名物料理を届けるよう手配しろ」

アシスタントは戸惑ったように言葉を返した。「ですが社長は以前、夜瑠様のお食事はご自身の手で作ると……」

言い終える前に晏臣の険しい顔色を察したのだろう、アシスタントは慌てて取り繕うように頭を下げた。「……差し出がましいことを申し上げました」

足音が遠ざかると、すぐさま女の弱々しいすすり泣きが聞こえてきた。

「全部私のせいだわ。わざとじゃないの。私がゴルフ場なんて行かなければ、あなたの気を散らすこともなかったし、あなたも神崎さんのことだけをしっかり守れたのに……」

続いて、保温ジャーの蓋を開ける微かな音がした。「これ、一晩かけてじっくり味を染み込ませた煮物なの。神崎さんへの、せめてものお詫びになればと思って……」

だが晏臣は突如として彼女の手首を引き寄せ、そこに残る赤い火傷の痕を睨みつけて眉をひそめた。「誰が自分を傷つけていいと言った?来い、俺が薬を塗ってやる。ついでに……自分の体を粗末にしたお仕置きをしてやらないとな」

そう言うと、彼は雪乃の体を横抱きに抱え上げた。

雪乃は泣きじゃくりながらも問い下がる。「でも、神崎さんは……」

「いいか、俺は今すごく怒ってるんだぞ。他人のことなんか構っている余裕があると思うか」

足音が完全に消え去るのを待って、夜瑠はゆっくりと目を開けた。目尻から、一滴の涙が静かに滑り落ちる。

手足の感覚を確かめるように動かしてみたが、不幸中の幸いか、傷はさほど深くはなかった。

巡回に来た若い看護師は、彼女が目を覚ましているのを見るなりパッと表情を輝かせ、嬉しそうに話し始めた。「旦那様、本当に優しい方ですね。わざわざ高名な専門医の先生方を何人も呼び寄せて検査させて、病院の隣のホテルに待機までさせていらっしゃるんですよ。

神崎様が検査を受けている間、旦那様はずっと外で床に膝をついて祈っていらして。ご無事が確認できるまで、絶対に立ち上がろうとなさらなかったんです」

夜瑠の瞳に感情の波は一切なく、ただ淡々と口を開いた。「あの人は、夫ではありません」

看護師が驚きに目を丸くしたその時、晏臣が足早にドアを押し開けて入ってきて、会話を遮った。

「夜瑠、気がついたか?飯を買ってきたんだが、腹は減ってないか?」

夜瑠は彼が手に提げた吉扇のテイクアウトの包みを見つめ、次いで彼の襟元に生々しく残る真っ赤なキスマークへと視線を滑らせた。だがそれを暴くような真似はせず、ただ静かに視線を上げて尋ねる。

「乗馬クラブのこと、調べた?」

晏臣は白湯の入ったグラスを差し出しながら、少しの動揺も見せない声で答えた。

「ああ、調べさせた。馬具の経年劣化と、新しく変えた飼葉が馬の口に合わなかったせいで暴れたらしい。ただの不運な事故だ。担当していたスタッフはすでに解雇したよ」

彼はうつむき加減で、親指の腹で人差し指をこすり合わせていた。それは彼が嘘をつく時に必ず見せる、無意識の癖だった。

「夜瑠、あの時、雪乃が仕事のことで俺に相談を持ちかけてきていて……だから真っ先に俺がお前を庇えなかった。あいつも酷く自分を責めているんだ。この件はもう、不問に付してやれないか?」

夜瑠はそっと目を閉じた。

脳裏をよぎったのは高校時代のこと。ある男子生徒がふざけて夜瑠の手にペン先を突き刺し、怪我をさせたことがあった。それを知った晏臣は狂ったように激怒し、その男子生徒の家族は3日と経たずに海市から完全に姿を消した。

それなのに今、彼女が雪乃の悪辣な罠によってこれほどの怪我を負わされたというのに、彼はまるで何事もなかったかのように「不問に付してやれ」と言う。

胸の奥に酷く息苦しかったが、不思議なことに、数日前に感じていたような心臓をえぐる痛みは、もう微塵も残っていなかった。

彼女は静かに息を吐き出し、窓の外を流れる雲へと視線を移した。

――もうすぐだ。もうすぐ、自分だけの自由な人生を取り戻せる。

……

3日後、夜瑠は退院の日を迎えた。

晏臣は彼女をサロンへ連れて行って完璧にドレスアップさせると、そのまま海市大学へと連れ出した。

「夜瑠、今日は海市大学の卒業式なんだ。学長から特別に招待されていてね。お前の気晴らしにもちょうどいいと思って」

彼女は晏臣の隣の席に座り、雪乃が優秀卒業生として壇上でスピーチをする姿を見つめていた。

晏臣の眼差しは雪乃に釘付けで、その瞳には甘やかすような慈しみと賛美が、隠しようもなく溢れ返っている。

本当なら、あそこでスピーチをするのは夜瑠のはずだった。

指導教官から優秀卒業生としてのスピーチを任されたとき、彼女は心から胸を躍らせていた。

客席に座る晏臣が驚きに目を丸くする様子を思い浮かべ、彼が自分を誇りに思ってくれる瞬間を心待ちにしていた。

けれど、あのプロポーズを目の当たりにしてから、彼女はその大役をきっぱりと辞退した。

ただ静かに、誰にも気づかれずにここから去りたかった。晏臣はとうの昔に、彼女が心を込めて用意したサプライズを受け取る資格を失っていた。

雪乃が壇上から降りると、晏臣は手洗いに行くと言って席を立った。

夜瑠はその隙に、ドレスの上から受け取ったばかりのアカデミックガウンを羽織り、足早に指導教官を探し出して記念撮影をした。

指導教官は夜瑠の姿を認めると、その瞳に惜しみない誇らしさと温もりを湛え、航空券と必要な書類をそっと手渡してくれた。

「夜瑠さん、君のこれからの前途が、輝かしいものでありますように」

指導教官に別れを告げて振り返ったちょうどその時、晏臣が歩み寄ってきた。

彼女のその出で立ちを見るなり、彼は驚きに目を丸くした。「夜瑠、どうしてアカデミックガウンなんて着ているんだ?その手に持っているのは何だ?」

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