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第8話

Author: カノン
1回目は、単調なコール音が鳴り響くだけだった。

2回、3回……そして9回目になっても、電話の向こうからは誰も出ない。

彰浩は傍らで腕を組み、計画通りだと言わんばかりの笑みを浮かべて見下ろしている。

夜瑠の心は、少しずつ絶望のどん底へと沈んでいった。

10回目。ついに通話が繋がった。

彼女は叫んだ。「お兄ちゃん、早く助けに来て!彰浩に、薬を飲まされて!」

この「お兄ちゃん」という呼び方は、二人の間にだけ通じる秘密の暗号だった。

もし彼女がそう呼べば、それは危険が迫っていることを意味し、彼がどんな状況であれ最速で駆けつけるという約束だった。

だが、受話口から聞こえてきたのは、予想していたような焦燥や動揺ではなく、興奮を隠しきれない晏臣の弾んだ声だった。

「雪乃、妊娠したって!?ああ、本当によかった!」

続いて、雪乃の泣き声混じりの甘えた声が耳に届く。「あなた……さっきすごく怖かったの。急にお腹が痛くなって……」

「大丈夫だ、今すぐ病院へ連れて行くからな」

晏臣の声には、痛々しいほどの慈しみと気遣いが滲んでいた。

「でも、神崎さんが……」

「雪乃、今はお前と子供のことが一番だ。他のことは何も考えるな。いい子だから」

「じゃあ、私たちの結婚式は……」

「もちろん、予定通りに挙げるさ」

「ああっ、ごめんなさい、手が滑って押しちゃったみたい。切るわね」

ツーツーという無機質な音が鳴り響く。それはまるで刀のように、何度も打ち据え、夜瑠に残された最後の希望を無残に断ち切っていった。

彰浩が吹き出すように笑い、自らのスマートフォンを取り出して晏臣の番号へ発信した。

晏臣は即座に出たが、その声は冷淡で苛立ちに満ちていた。「彰浩、あいつはもう渡したはずだ。これ以上俺に付き纏うな!」

彰浩はスピーカーを最大音量にし、喉を鳴らして笑った。「ほう?じゃあ、あの女をどう処分しようと俺の勝手というわけだな」

「好きに弄んで殺そうが知ったことか!二度と俺を煩わせるな!」晏臣の怒号の向こうから、不意に雪乃の悲鳴が割り込んだ。「雪乃!どうした、しっかりしろ!」

ブツッと無情にも通話は切られた。

彰浩のねっとりとした手が頬を這い、夜瑠は激しい嫌悪に身を震わせながら猛然と顔を背けた。

「聞こえたか?これで完全に諦めがついただろう」

彼女は自分のスマートフォンを掴み取り、再びあの番号へと発信した。

頭の中にあるのはただ一つの考えだけだった。

――晏臣、電話に出て。

「おかけになった電話は、電源が入っていないか……」という冷酷な電子音声が流れた瞬間、夜瑠の心は底なしの奈落へと墜落した。

電源を切ったのだ。

真っ暗になった画面を見つめながら、夜瑠は顔中を涙でぐしゃぐしゃにして笑い出した。

ああ、これが晏臣の言う「愛」だったのだ。

自分が地獄の淵でもがいているとき、あの男は別の女と新しい命の誕生を祝っている。

朦朧とする意識の中、7歳のあの冬、野犬の群れから自分を救い出してくれた晏臣の姿が幻のように浮かび上がった。

星のように澄んだ瞳をした少年は、湯気を立てる熱々の焼き芋を彼女の手に押し付け、力強く言い放った。「腹いっぱい食ったら、あいつらを全部ぶっ飛ばしてやる。そしたら一緒に帰ろうな」

時は巡り、16歳。彼女に言い寄る男たちを一人残らず追い払った彼は、ひどく傲慢に眉を吊り上げて威嚇した。「俺の女に手を出す度胸が、どこのどいつにあるってんだ」

だが情景は無残に反転し、永遠の愛を誓ったはずのその男が、今、別の女の前に片膝をつき、ダイヤの指輪を差し出している。

抗おうとする気力が、唐突に音を立てて砕け散った。

体内で猛り狂う熱波が渦を巻き、彰浩のあの偽善に満ちた顔つきでさえ、なぜか抗いようのない毒のような色気を帯びて見え始める。

彼女は自らの腕に深く歯を立てた。激痛が、かろうじて理性の端を繋ぎ止める。

彰浩がストップウォッチを掲げた。

冷酷な秒読みのカウントが響き渡る。「10、9、……1」

ドアンッ。鼓膜を破るような轟音と共に、分厚い扉が蹴破られた。

雪崩れ込んできた黒服の男たちが、目にも留まらぬ一撃で彰浩を殴り倒し、昏倒させる。

夜瑠は薄暗い照明の中、視線を巡らせた。先頭に立っていたのは、長身で引き締まった体躯の男だった。

男が歩み寄るにつれ、その整った彫りの深い顔立ちがあらわになる。

なぜか、胸を締め付けるような不思議な既視感があった。

男の低く響く声が、深い霧の彼方から届くように、微かに耳を打った。

「夜瑠、俺は君の婚約者だ。君のお兄さんに頼まれて、迎えに来た。夜瑠?大丈夫か?」

「ボス、この薬は早く手を打たないと……深刻な後遺症が残ります」背後に控える部下の声には、切迫した焦りが滲んでいた。

夜瑠は、掌に氷のように冷たい何かを押し込まれるのを感じた。

目の前の男は、なおも子供をあやすように優しく語りかけている。「夜瑠、俺は君の婚約者だ。連れて帰ったらすぐに式を挙げよう。今は、君を助けに来たんだ……」

だが、体の中から噴き上がる熱波に骨の髄まで溶かされそうな夜瑠の耳には、もはやどんな言葉も届かなかった。彼女は本能で腕を伸ばし、目の前の男の首にしがみつく。

その後に起きたことは、抗う術もない、ごく自然な成り行きだった。

微かに残された理性の片隅で、夜瑠は心の中で静かに告げた。

――晏臣。私たちはもう、二度とあの頃には戻れない。

再び微睡みから意識を取り戻すと、視界の両脇の景色が後退していくのが見えた。

自分が誰かの腕に抱えられたまま移動しているのだと、遅れて気がつく。

彼女が瞼を持ち上げたのを認め、男は視線を落とし、小さなリモコンを彼女の手のひらに握らせた。「夜瑠、これを押せ。そうすれば、君はここのすべてと完全に決別できる」

夜瑠は呆然とリモコンを見つめていたが、男の励ますような温かい眼差しに促され、指先に力を込めてスイッチを押した。

男は低く笑った。「上出来だ」

リモコンを回収して無造作に放り捨てると、彼女の頭を優しく撫でた。「安心しろ、君に必要なものはすべて揃えてある。君のスマートフォンは、あの男宛てに送っておいた」

男は一拍置いて告げた。「あいつが知るべき真実は、すべてあの中に詰まっている」

夜瑠は小さく頷いた。無数の疑問が渦巻いていたが、呼吸をするだけで喉が焼けつくように痛み、今は何も聞き出すことができなかった。

彼女は知る由もなかった。リモコンのスイッチが押されたその刹那、二つの場所で巨大な火柱が夜空を焦がしたことを。

一つは、一条家の本拠地。

そしてもう一つは、彼女と晏臣がかつて共に暮らしたあの邸宅だった。

さらに、晏臣が彼女を逃がすために手配していた専用航路――W国へ向かうはずのプライベートジェットは、10分後に深海へと墜落する運命にあった。

男に抱きかかえられたまま専用機へと足を踏み入れ、柔らかいシートにそっと降ろされた時、耳元で甘く優しい声が響いた。「いい子だ。さあ、家に帰ろう」

夜瑠は静かに目を閉じた。

――晏臣、これからあなたが誰を妻に迎え、誰と子どもを作ろうと、私にはもう何の関係もない。

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