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冬川にただよう月の影
冬川にただよう月の影
Penulis: 葵なな

第1話

Penulis: 葵なな
彼氏のひと言がきっかけだった。

白川紗良(しらかわ さら)は仏ノ峰山の九百九十九段ある石段に膝をついて一段一段祈るように登り、彼のためにあらゆる災厄を祓うという御守りを手に入れた。

その後、石段で膝を擦りむき、血を流しながらも気に留めることなく、御守りを握りしめたまま夜通し病院へと戻った。

しかし病室に入る前、彼女の耳に飛び込んできたのは中から聞こえてくる大きな笑い声だった。

「さすがだよ、蓮司さん。御守りが災いを祓ってくれるって、ただの冗談で言ったのに、あのバカな紗良、本気で跪いて祈りに行ったんだってな!」

「その様子、最初から最後までドローンでばっちり撮ってあるんだぜ。ったく、紗良のあの健気な背中、ちょっと感動しちまったよ。これ、親を騙すのに使えんじゃね?」

病室の中で、ベッドにもたれていた朝倉蓮司(あさくら れんじ)がすぐに上体を起こし、スマホを手に取ってじっくりと映像を見始めた。深い眼差しで瞬きすらしない。

動画からは額が石段にぶつかる音と、しとしとと降る雨音が聞こえてくる。

その音に紗良の両脚は自分の意思とは関係なく震え始めた。

彼女は荒く呼吸しながら、信じられないものを見るように病室の扉の隙間から中の人々を凝視した。

「安心してよ、蓮司さん、映ってるのは全部後ろ姿だけ。バレてないって。これで動画、もう九十六本目だし、すぐに揃うよ」

「だよな。でも蓮司さんとこの家のしきたり、ちょっと厳しすぎじゃね? 未来のお嫁さんは旦那のために九十九回犠牲にならないと、家系図に名前入れてもらえないとか。遥香さんにそんなことさせたくないから、後ろ姿がそっくりな紗良を代わりに使ってるってわけ。動画が九十九本揃ったら、あとは遥香さんが出れば完璧」

「はあ……でもさ、よく考えたら紗良も可哀想だよな。こないだ蓮司さんが『会社の新薬の臨床試験に協力者がいない』って言ったら、自分の体使って試そうとして、アレルギー反応で入院したんだってさ。その前も蓮司さんが路上で誰かと揉めたとき、彼の名誉が傷つくのを心配して代わりに拘留されてたじゃん。あれ、本気で蓮司さんのこと愛してるんだよ。なのに……蓮司さんの心には、もう別の人がいるんだよな」

動画が再生し終わると、蓮司はスマホを持ち主にポイッと投げ返し、ひとことだけ言った。

「悪くないね、よく撮れてる」

その後さっきまで紗良のことを庇っていた人物に冷ややかな視線を向けて言い放った。

「可哀想? 誰が? あいつなんて遥香と後ろ姿が同じじゃなければ、この俺と付き合うチャンスすらなかった。すべて終わったら、それなりの報酬は渡すつもりだし。損はしてないよ」

その言葉に込められた見下した様子を、紗良は扉の外からはっきりと聞き取ってしまった。

雷に打たれたような衝撃とともにその場に立ち尽くし、胸の奥から込み上げる言葉にならない痛みに身を震わせた。

彼女が命のように大切にしてきた恋は、すべて嘘だったのだ。

蓮司が紗良を選んだのは、ただ、心に残るあの人の苦しみを代わりに負わせるためだった。

彼女を、自分たちの結婚への踏み台にするために。

「なあ、蓮司さん。そろそろ紗良が御守り持って戻ってくる頃じゃね? ちょっと様子見てくるわ」

そう言うと同時に病室の中から足音が近づいてきた。

紗良は気づかれまいと、力の入らない足を無理やり動かしその場を離れて階段の影に身を隠した。

急いで身を潜めた拍子に擦り剥けた膝が再び裂け、血がにじみ出て服を染めた。

だがその痛みでさえ、胸の中に広がる絶望には到底及ばなかった。

蓮司の言葉がまだ頭の中で渦を巻いていた。

彼にとって、自分と付き合えることは、まるで「最高の恩恵」でも与えるかのようなことだったのか。

紗良の鼻の奥に、つんとした痛みが込み上げる。

彼のことを想い続けて、もう随分と経っていた。

大学三年のとき、暴走するトラックから助け出されたあの日からずっと——

それ以前から、彼の名は北都の名門朝倉家の一人息子として学内でも有名だった。

しかし初めて彼を目の当たりにしたときの衝撃は噂以上のものだった。

完璧な家柄と容姿を持ち、数多の女子に憧れられながらも誰に対しても冷淡で距離を置くその態度。

あのときもそうだった。紗良を助けた蓮司は、彼女を支え終えるとすぐに手を放し冷たい声で言った。

「今後は、道を歩くときはもっと注意してください」

そのときの紗良はすっかり怯えてしまっていて、どもりながら謝ったあと、すぐにその場を離れた。

でもふと振り返ったとき、誰かが自分の後ろ姿をずっと見つめていたような気がしてならなかった。

それ以来学校で蓮司とよく顔を合わせるようになった。

コンビニだったり、体育館だったり、思いがけない場所でばったり会うことが増えた。

やがて彼も学生自治会に入り、紗良の所属する部署に配属された。

自然と会話することも増え、仕事でのやりとりもあった。

顔を合わせるたびに紗良の気持ちは少しずつ隠せなくなっていった。

あの日、二人でイベント準備に追われ、夜遅くまで学生会室に残っていたときのこと。

突然、停電が起きた。

真っ暗闇の中、紗良の体が誰かにぎゅっと抱きしめられた。

その直後、耳元に低く甘い声が囁く。「先輩、俺のこと好きなんでしょ?」

「好きならさ、もうちょっとアピールでもしたら?もしかしたら、俺の彼女になれるかもよ?」

その一言で、鼓動が爆発しそうなほど高鳴った。

理性が吹き飛びそうになって、彼女は意を決して……暗闇の中、彼にキスをした。

それが、二人の恋愛の始まりだった。

けれど、彼には一つだけ条件があった。

「絶対にバレないようにしてくれ」

家が厳しくて成功するまでは恋愛禁止だと言われている。

そう聞いて、紗良は素直にうなずいた。

それからというもの、蓮司のまわりではなぜかいつも小さなトラブルが起きて、紗良が後始末をするようになった。

最初は夜遅くにお弁当を届けたり、プールに落としたネックレスを拾ったりする程度だった。

でもそのうち、彼の代わりに新薬の試験に参加したり、拘置所に入ったりするようになった。

そして今では大雨の中で九百九十九段の石段に跪き、彼のために御守りを手に入れようとしていたのだ。

それでも紗良は一度たりとも文句を言わなかった。

蓮司はまるで天の高みで輝く月のような存在だったから。

何かひとつでも彼の役に立てればその月に少しだけ近づけるような気がした。

だがたった今、やっと知った真実は、紗良の頬を見えない手で叩きつけたかのようだった。

理解した瞬間紗良の体に冷たい寒気が走る。

彼女は裕福な家庭に育ち、幼い頃から両親に大切にされてきた、まさに“箱入り娘”だった。

それなのに、蓮司のためだけに家族の元を離れて遠く離れた北都に残り、全てを差し出してきたのだ。

しかしその犠牲は全部他人の幸せを支えるためのものだった。

今になって冷静に思い返せば、あの時の「救出劇」も、朝倉蓮司が彼女の背中を遥香と見間違えたからに違いない。

そのとき、不意にスマートフォンの着信音が鳴り響いて紗良の胸中に渦巻く思考を遮った。

画面に表示されたのは遥か南原に暮らす母の名前だった。

「紗良、あなたがどうしても戻らないって言うから……お父さんと一緒に北都に引っ越すことにしたわ」

遠く離れて暮らす両親が彼女のために譲歩し、合わせようとしてくれている。

その思いに触れた瞬間紗良の胸がぎゅっと締めつけられた。

「いいの、ママ。もう決めたから」

「お見合い、受けるよ。家に帰って、これからはずっとパパとママのそばにいる」

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