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第9話

小豆
「音葉、晴香が飛び降りようとしているのに、まだそんな言葉で煽る気か!お前は、人の命を何だと思っているんだ!」

音葉は振り返り、憎悪を煮えたぎらせた瞳で凛太を睨みつけた。

「……離して!」

その眼差しに、凛太はハッとし、一瞬、心臓が凍りついた。

だが、すぐに晴香の泣き声が彼を現実に引き戻した。

「凛太……あなたが、音葉を怒らせるなって言ったから、私、何もしていないのに……どうしてこんな酷いことされるの?

私はただ、平穏に生きていたいだけなのに。ただ一言、謝ってほしかっただけなのに……。家柄が悪いからって、こんな目に遭わされて当然なの……?」

晴香は言葉を詰まらせ、羞恥と悲憤に耐えかねたように、さらに一歩、屋上の縁へと身を乗り出した。

凛太の脳裏にこの前の出来事が蘇り、一瞬だけ揺らいだ心は再び石のように冷たく硬く閉ざされた。

今にも空へ落ちてしまいそうな晴香の姿に、彼は目を血走らせて叫んだ。

「動くな!音葉に謝らせる。土下座でも何でもさせるから!だから早まるな、頼むから!」

晴香はそこでようやく足を止め、今にも崩れそうな震える声で問うた。「……本当?」

「本当だ!」一秒でも返答が遅れれば彼女が落ちてしまうと恐れ、凛太は間髪を容れずに答えた。

そして彼の行動も早かった。容赦なく、音葉の膝裏を力任せに蹴り飛ばした。

「――ッ!」ただでさえ治りきっていなかった膝を激しく地面に打ち付けられ、音葉はあまりの激痛に声も出せなかった。

必死に立ち上がろうとしたが、凛太に力ずくで押さえつけられた。「音葉、謝れ」

その一言に、彼女の心臓は大きく跳ねた。周囲を取り囲む野次馬たちの蔑みに満ちた視線が、無数の矢となって彼女のプライドを無慈悲に突き刺す。

屈辱が瞬時に全身を駆け巡り、音葉は狂おしいほどの憎しみを瞳に宿して凛太を睨みつけた。

「凛太、私はそんなこと言ってないし、やってない!一体、何度言えばわかる?私があなたの妻だということすら、とっくに忘れてしまったのね!」

愛し合って十年の間、彼女がここまで理性を失い取り乱したことは一度もなかった。

凛太は一瞬ハッとし、音葉を押さえつける手の力がわずかに緩んだ。

だが次の瞬間、野次馬の中から悲鳴が上がった。晴香が片足をさらに外側へと踏み出したのだ。

凛太はすぐさま我に返った。「音葉、これは人の命がかかっているんだぞ!この期に及んで、まだ意地を張る気か!!」

凛太の眼差しは氷のように冷え切り、その言葉には一片の慈悲もない非難が満ちていた。

そして彼は一切の情けを捨て去り、秘書に命じて、音葉を無理やり地面に押さえつけ、頭を擦り付けて土下座で謝罪するよう強要した。

音葉の身体はまだ生傷が癒えておらず、抵抗する力など微塵も残っていなかった。

ただ、血を吐くような凄惨な声で何度も叫び続けることしかできなかった。「凛太、やめて……私にこんなこと、許されるわけがない……」

だが凛太は、彼女へ一瞥をくれることすらなく、ひたすら痛ましそうな顔で晴香を宥め、屋上の内側へ引き戻すことに必死だった。

晴香がようやく安全な場所へ降り立った時、音葉の視界は、額から流れる血と涙ですでに真っ赤に染まっていた。

秘書は役目を終えたとばかりに、彼女をゴミでも捨てるかのようにその場に放り捨てた。周囲の野次馬は、あまりの凄惨さに気味を悪くし、逃げるように彼女を避けていった。

そして凛太は、別の女を愛おしげに腕に抱きかかえたまま、床に伏した彼女の横を無情に素通りしていった。

この瞬間、音葉は凛太という男を心の底から憎んだ。

「凛太……私、一生……あなたのことを許さないから」

その呪いのような言葉に、凛太は一瞬だけ足を止めた。胸の奥を嫌な何かが掠めたが、あまりにも一瞬のことで、その正体を掴む前に消え去ってしまった。

彼はそれ以上気にかけることもなく、秘書に「彼女を病室へ戻しておけ」と命じると、一度も振り返ることなくその場を立ち去った。

秘書が不本意ながら音葉を抱え起こそうとしたが、彼女は弱々しく手を振ってそれを遮った。「……あなたは先に行って。少し、一人にさせて」

秘書は少し躊躇したが、結局は彼女の意思に従ってその場を離れた。

音葉は冷たい地面の上に長い間倒れ伏していたが、やがてゆっくりと身を起こし、屋上の縁へと歩み寄った。

眼下の地面で粉々に砕け散っているネックレスを見下ろしながら、彼女の心もまた、終わりのない底なしの深淵へと真っ逆さまに墜落していった。

彼女はもう、一片の迷いも抱いていなかった。静かにスマートフォンを取り出し、聡子に電話をかけた。

「聡子さん……計画、前倒しにできる?」

電話の向こうで不快そうな舌打ちの音が響いたが、拒絶の言葉は返ってこなかった。

十分後、一台の車が病院の出入り口に静かに停車した。

二十分後――人けのない裏道で、鼓膜を破るような凄まじい爆発音が轟いた。
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