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第12話

Author: 油避け
お母さんは――本当に才能もあって、しかも努力家。

だから、そう時間もかからずに、上司に認められて管理職に昇進した。

嬉しいことがあると、心も体も軽くなるって言うけど……まさにその通り。

お母さんの顔色はどんどん良くなって、前にあった影みたいな疲れはもうどこにも見当たらなかった。

家事用のラフな服は脱ぎ捨てて、今はきちんとしたスーツを身にまとい、洗練されたメイクまでして――

そんなお母さんが、私の手を握って、学校の話に耳を傾けてくれる。

その帰り道――思いもよらない人たちと出くわした。

朝倉おばさん、そしてその後ろに――蓮くん。

蓮くんは、お母さんを見るなり目を輝かせた。

「ママ……すごく綺麗。今日の服、めっちゃ似合ってる」

そう言いながら、朝倉おばさんの手を振りほどいて駆け寄ってきた。

でもお母さんは、ひとつ息を飲んでから、そっと一歩後ずさり。

その目は、まっすぐ朝倉おばさんを見つめていた。

朝倉おばさんは気まずそうに視線をそらしながら、申し訳なさそうに言った。

「すみません……奥さま。坊ちゃんが『どうしてもママに会いたい』って、泣きながらお願いしてきて……
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  • 冷たい家族の中で   第16話

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    入試当日、お母さんはあのワンピースを身にまとって、私の送り迎えにやって来た。その姿は、他の保護者たちの中でも群を抜いて目立っていた。まるで、そこだけ別世界の人みたいに――上品で、静かで、美しくて。試験の期間中、なぜかお母さんの写真がメディアに取り上げられ、「最も美しいお母さん」としてトレンド入りまでしてしまった。……たぶん、蓮くんもそれを見たんだろう。SNSでそのニュースをシェアしてた。コメントには「えっ、この人が蓮のお母さん?めっちゃ綺麗で気品ある!」なんて書かれていて。――私は、想像できた。そのときの蓮くんの、苦いような、後悔に満ちた表情が。試験が終わってからは、私はお母さんと一緒に営業にも回るようになった。お母さんは自作の企画書を小冊子にまとめて、これまでの実績も添えて配っていた。その手法はかなり効果的で、話を聞きたいという企業が続々と現れたけど――それでも、お母さんは慎重に相手を選んでいた。そんなある日、スマホが鳴った。「澪、お前……今、起業してるんだって?ヘッドハンターからお前の作品集、うちに回ってきたんだ」電話の相手は――お父さん、藤崎司(ふじさき つかさ)だった。「ええ、藤崎社長」お母さんは短く答えた。その言い方には、かつて10年も連れ添った相手への未練も、情も、一切感じられなかった。「お前の企画、なかなかいい。よかったら、一度うちの会社で話をしないか?」その声はやけに柔らかくて、あの頃とはまるで別人みたいだった。――可笑しな話だった。10年も一緒にいた間、あの人はお母さんの本当の才能を一度も見ようとしなかった。それが今になって、手のひらを返したように近づいてくるなんて。でも――お母さんは、そんな過去に縛られない。落ち着いた様子で、堂々と藤崎グループに足を運び、約一時間、交渉を重ねた。そして、自分の条件をしっかりと勝ち取ってきた。

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