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第9話

Penulis: 玉酒
「柳本家は水村家には及ばないけど、柳本悠生(やなぎもと はるき)は私を愛してくれて、大事にしてくれるわ。美穂、たった3年で、私よりも老けてしまったじゃない?」

言い終わらないうちに、柚月は突然美穂のマスクを引きはがした。

マスクの耳掛けが傷口に触れた。

その痛みに美穂は思わず息を呑み、体が勝手に後ろへと縮んだ。

一晩経って、左頬の平手打ちの痕は薄いピンク色になっていたが、頬はまだひどく腫れていて、白い肌に醜い痣のように見えた。

柚月の指先は空中で硬直し、目に一瞬の驚きが走った。

彼女は、陸川家の若奥様である美穂がこんな姿になるとは全く思ってもみなかった。

柚月の気持ちは複雑だ。

自分が痛い目に遭っていないことに喜ぶ一方で、陸川家がここまで手荒く出るとは思いもよらなかった。まるで水村家のことなど眼中にないかのようだった。

「確かに、あなたは喜ぶべきよ」

美穂は、柚月の視線に気づくと、目を伏せて地面を見つめた。腫れ上がった頬を前髪で隠しながら、落ち着いた声で言葉を紡いだ。

「さもなければ、あなたの気性で陸川家に嫁いでたら、私よりもっと虐められてたわ」

柚月はマスクを握り締める指の関節が白くなるほど力を入れたが、嘲りに動じる様子はなく、逆にマスクを勢いよく投げ捨てた。

「誰に殴られたの?」

「和彦の母親よ」

美穂は足元のマスクを蹴飛ばし、靴先が布のしわを踏みつけながら言った。

「彼女は私が陸川家に後継ぎを産めないと思って、愛人を家に連れてきたの。彼女たちを追い出そうとしたら、彼女たちは恥ずかしさのあまり怒り出したのよ」

彼女はわざと「愛人」という言葉を強調した。莉々が自分のパジャマを着ていた姿を思い浮かべると、つい皮肉を込めてしまった。

「それで、あなたは殴り返したの?」柚月は追及した。

「あなたは本当に情けない。あなたより無能な人を見たことがないわ」

美穂は黙って、その質問に答える気もなかった。

柚月も口を閉ざし、霊堂は一瞬静まり返った。

血の繋がりもなく、しかも競争関係にある二人の姉妹が、今まさに棺の前にある外祖母の遺影を一緒に見つめていて、雰囲気は不思議な調和を漂わせていた。

三本の線香が少しずつ燃え尽き、最後の灰が落ちると、美穂は突然柚月の名前を呼んだ。

「柚月、私は港市に帰りたい」

「何?」

その一言は、まるで大きな岩が深い池に投げ込まれたような衝撃を与え、柚月は驚いて後ずさった。

「ダメよ!そんなことは許さないわ」

水村家は彼女たち姉妹だけのものではない。麻沙美が美穂を産む前に、すでに二人の男児がいた。美穂が産まれて数年後には、健康を取り戻し、双子も生んでいた。

「水村家の連中をやっと片付けるところなのよ。あなたが今帰ってきたら、私と争うつもり?」

さっきまでのほんの少しの情も消え失せた。

柚月は鋭い目で美穂を睨みつけ、まるで美穂が一言でも間違えれば、袖をまくって殴り合いを始めるような気迫を見せた。

「私は水村家の財産には興味がないわ」

美穂は首を横に振り、顎を少し上げた。上からの光が彼女の目に差し込み、ますます黒と白のコントラストが鮮明になった。

「水村家から離れて、一緒にやろう」

柚月は戸惑いながら聞いた。

「あなた、頭が大丈夫?」

美穂はいったいどんな精神状態で、こんな衝撃的なことを言ったのだろうか。

美穂は再び三本の線香を取り出して、火をつけた。

煙が彼女の青白く弱々しい眉目をぼやけさせ、淡い冷淡さを漂わせた。

「あなたはずっと人工知能の分野に進みたかったけど、水村家は保守的で、あなたの独立は認めない。

しかも技術もないね。でも大丈夫、私にあるから」

彼女は線香をまっすぐ香炉に立てた。

「あなたは資金を提供して、私は技術を提供するよ。一年後には、人工知能の分野で、あなたが確固たる地位を築けるようにしてみせるよ」

柚月は、人工知能がいままさにブームの中心にあることをよく理解していた。

しかし、水村家の頑固な役立たずたちが、自分が新しい分野に関わることを決して認めようとしないことも分かっていた。

それに比べて、美穂が提示した条件は、あまりにも魅力的だ。

ただ、ビジネスはビジネスだ。

美穂が自ら協力を求めるのは、必ず何か企みがある。

柚月は尋ねた。

「何が欲しいの?」

「港市に戻りたい」

美穂は真っ直ぐ彼女を見つめ、柚月には理解できない感情が彼女の黒い瞳に渦巻いていた。

「私は陸川和彦と離婚して、港市に帰りたい。手伝って」

陸川家と水村家は3年間の政略結婚で結ばれており、ビジネス上の繋がりは非常に複雑かつ深かった。

少しでも動けば全体に影響が及ぶため、彼女が円満に離婚することはほとんど不可能だ。

今回は、柚月はすぐに罵言を発さず、眉をひそめてじっくり考え、最も気になる質問を投げかけた。

「なぜ私なの?」

本来なら、血縁のある水村家のほかの者を頼ることもできるはずだ。

「彼らは信用できないから」

美穂は淡々と答えた。

「それに、あなたも逃げたいんでしょう?」

霊堂の温度は非常に低かった。

柚月は無意識に腕をさすり、掌に触れた皮膚が鳥肌で覆われていた。

彼女はこれまでに、これほど冷静で鋭い言葉を使う美穂を見たことがなかった。そんな美穂に、なぜか少し恐怖を覚えてしまった。

まさか、離婚を決意した女は、二度目の人生を迎えるというのは本当なのか?

柚月はたくさん言いたいことがあったが、ぐっとこらえていた。

彼女が急にもじもじし始めるのを見て、美穂は薄く眉をひそめた。

「言いたいことがあるなら、はっきり言いなさい」

「ああ」

柚月はぽろりと口にした。

「あなたは離婚したいの?陸川が嫌いになったの?」

美穂は驚いた。

自分が和彦を好きだということは、外祖母さえ知らなかった。

どうして柚月は……

「陸川家が縁談相手を探していたとき、目が一番輝いていたのはあなただったの」

柚月は両手を組み、嫌そうに口を曲げた。

「だから、あなたを指名して、代わってもらったんだよ」

彼女はわがままだったが、人を地獄に突き落とすほど冷酷ではなかった。

美穂が和彦を好きだと思ったからこそ、自ら進んで彼女を推したのだ。

しかし、たった3年で離婚を望むとは。

陸川家がどれほど恐ろしいかがわかった。

美穂はぼんやりと聞き終え、しばらくして苦笑いを浮かべた。

柚月は彼女の和彦への思いを見抜いていたが、和彦はそれを見ていなかったのか。

彼女はそれをもうどうでもいいと思った。

いずれ離れるなら、その問題にこだわる意味はない。

その後数日間、美穂は疲れを知らない人形のように、葬儀場と法律事務所を行き来するだけでなく、金持ちで暇な柚月の相手もしなければならなかった。

二人で設立する会社に対して、柚月は大変熱心で、毎日どの方向で研究するのか尋ねてきた。

美穂は最後に外祖母を見つめた。

外祖母が亡くなる前にたくさんの管につながれていた姿を思い出し、彼女は喉の詰まりをこらえながら震える声で言った。

「人工知能と医療を組み合わせて、心臓と肺の病気に特化したいね。会社に専門の顧問部を設立し、循環器科と呼吸器科の専門家を何人か招いたほうがいいよ」

外祖母は心臓と肺の疾患で亡くなったのだ。

「そんなこと、言わなくてもわかってるわよ」

柚月は優雅に白い目を向けたあと、顔を横にそらし、彼女の痩せて華奢な体を見つめながら、不思議そうに言った。

「こんなに長く家を離れて、陸川家は迎えに来てくれなかったの?」

「遅れて申し訳ありません、若奥様」

噂をすれば影が差す。小林秘書が現れた。

彼が書類袋を抱えて駆け込んできた。スーツもネクタイも乱れたままで、直す暇もなく、あわてて口を開いて説明し始めた。

「社長は今、海運局との協力プロジェクトで忙しくて、抜けられないので、私が代理で葬儀の処理に来ました」

美穂は背を向けて、彼に返事をしなかった。

柚月は「ふっ」と笑い声を漏らした。

「陸川家って、本当にひどいわね。秘書を派遣して弔問させるなんて、外祖母は目上なのよ!

まさか、陸川家にとって今の美穂は負け犬以下で、和彦さんが自ら来る価値もないと思ってるの?」

小林秘書は急に気まずくなり、書類袋を握り締めたまま、とても言い返せなかった。
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