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第8話

Penulis: 玉酒
「行かせないわ!」

彼が港市に飛ぶと言うと、明美はすぐに止めた。

彼女は飛ぶように和彦の前に進み、息子のスーツの袖を掴んだ。

「あなたがあんなに多くの名家の令嬢の中から彼女を選んだとき、私たちは反対したのよ!

あなたが頑固で、一度決めたら変えたくなかった。私たちもおじい様を失望させたくないから、渋々認めたけど」

声は鋭くて耳障りで、まるで怒った獣のようだった。

彼女は顔を上げ、目に涙をためながら懇切に説得した。

「でもおじい様はとっくに亡くなったのよ。孝行なんてもう必要ないわ。だから、言うことを聞いて。

美穂が離れたいなら行かせなさい。あなたも好きな人を見つければいいのよ」

「母さん」

和彦は母の赤くなった目を見ると、複雑な感情が湧き上がり、軽くため息をつきながら、柔らかい口調で言った。

「おじい様が亡くなる前に、約束したんだ。この人生で一人の妻しか持たないって」

しかし、彼は美穂の名前を口にしなかった。

あの時の状況で、彼が無造作に取り出した写真は、別の名家の令嬢だった可能性もある。

ただ美穂の写真がたまたま彼の近くにあっただけだった。

明美は彼の言外の意味を聞き取り、その怒りと悲しみは少し和らいだ。だがすぐに、悔しさをにじませながら嘆くように言った。

「さっき言ったばかりでしょ。おじい様はもういない。あんな約束はもう意味がないのよ」

彼女の口調には切実さがあった。

「なぜ美穂だけにこだわってるの?」

和彦は一瞬黙った後、軽く眉をひそめ、苛立ちの色がちらりと見えた。

それでも感情を抑え、反論せずに話題を変えた。

「先に本家に戻る」

明美は茫然として、息子のペースに全くついていけなかった。

「本家に何しに行くの?」

「おばあ様に子どものことを説明するんだ」和彦は淡々と言い、手を引いた。

彼は腕時計を見て、今は港市に行くには早すぎると判断した。葬儀はまだ準備中で、遅れてから行き、ついでに美穂を連れ戻すつもりだった。

陸川家は事情が多く、若奥様としての美穂が港市に長くいることはできない。

彼は手を振って、執事に明美を本家に送るよう指示した。

ここは夫婦二人だけが住むのが最初のルールだ。

母親であっても泊まることは許されなかった。

明美は信じられない目で見開いた。

彼女が息子に追い出されたのだ。

執事に丁寧に玄関まで送られた後、彼女はぼんやりと我に返り、垂れた手を握りしめながら、目に暗い影が宿った。

子どもを産んだ時は一時の喜び、でもその後は半生の苦労ばかりだ。子どもがいても何の役にも立たない!

身内を差し置いて、よそ者ばかりかばうなんて、本当にバカだ!

彼女は怒りを込めて心の中で呪った。

一方、美穂はすでに港市行きの飛行機に乗っていた。

彼女は機内で傷を手当てし、マスクをつけて眠ろうとした。

しかし、彼女の頭の中には和彦との甘くも痛い思い出が繰り返し浮かび、平静になれなかった。

ぼんやりしたまま、美穂はついに眠りについた。

放送で飛行機がまもなく着陸すると知らされ、彼女は悪夢から飛び起きた。

窓の外の見慣れた街並みを見下ろすと、半年ぶりに外祖母の見舞いに帰ってきた港市は、半年の間にすっかり変わっていた。

美穂は胸の痛みを抑え、スマホのロックを解除してから、タクシーで葬儀場へ向かった。

病院は昨日すでに外祖母の遺体を葬儀場に送っていた。

港市の規定では、遺体は1か月以上安置する必要がある。

しかし、外から逃げてきた外祖母は、港市出身ではないため、長く留めておく必要はなかった。七日間の弔いを済ませば火葬できる。

外祖母の生前は質素な暮らしで、親戚もほとんどなく、近年友人も次々に亡くなったから、参列者は多くなかった。

霊堂の中で、美穂は一人で外祖母の棺の前に立ち、やせ細った黄色がかった顔と体を見つめながら、静かに涙を流した。

彼女は重い足取りで近づき、腰をかがめて手を伸ばすと、震える指で外祖母に触れた。

記憶の中の温かく柔らかい手は、今は氷のように冷たかった。

中にいる人は静かに眠り、二度と彼女の手を握ったり、美穂と呼んだりしなかった。

自己嫌悪に包まれた彼女は、外祖母のそばにいてあげられなかった自分自身を恨んだ。

静かな霊堂に足音が響いた。

「陸川家はあなたが帰って来ることを許したとは、珍しいわね」

冷ややかで高慢な声が聞こえた美穂は、顔を上げ、逆光の中から一人の女性が歩いてくるのを見た。

彼女は淡い青色の絹のロングドレスを着て、ブランドバッグを手に、高さ約10センチのハイヒールを履き、威圧感があった。

「何しに来たの?」美穂は無表情で視線をそらし、泣きすぎて少しかすれた声で言った。

来た女性はバッグを肩に掛けると、供え台から線香を三本取り出して火をつけ、きちんと香炉に差し入れた後、淡々と言った。

「孫娘として、当然おばあさんの最後の見送りに来たのよ」

青い煙が立ち上った。

美穂は背筋を伸ばし、相手が両手を合わせて拝もうとしたところを制止した。

「生きている時は孝行もせず、死んでから来て偽善を装うなんて。柚月、恥ずかしくないの」

水村柚月(みずむら ゆづき)は港市の水村グループの令嬢であり、美穂の名目上の姉だった。

二人は実は共に一人っ子だが、美穂の母親である水村麻沙美(みずむら まさみ)が妊娠8か月の時に事故に遭った。

麻沙美は敵の報復で刺客に襲われて早産し、逃げる途中で女の赤ん坊を産んだ。

その赤ん坊は後にすり替えられた美穂だった。

詳細は複雑で長くなるため省くが、とにかく麻沙美は生きたまま、水村家に戻り、抱えていた子どもが柚月になった。

水村家は柚月を甘やかして育てていた。だが、6年前に麻沙美が柚月を迎えに行った際、偶然同じ学校に通う美穂と出会い、あまりにも似ていたことから疑念を抱いた。

そして調査の結果、美穂を自分の子として認知した。

「おばあ様は私を認めなかったの。どうしようもないわ」

柚月は振り返り、余裕のある笑みを浮かべながら、目には笑みがなかった。

「それに、子どものすり替えを言い出したのはあんたの養父母でしょ?私になんの関係があるっていうの?なんで私が責められなきゃいけないの?」

「それだけが理由じゃないでしょ」美穂は冷静に返した。

「あなたはおばあちゃんの娘を殺し、婿も殺した……」

「美穂!」

柚月は鋭く言い放つと、口元の笑みは少し硬直し、警告の眼差しで美穂をにらんだ。

「根も葉もないことを言わないで。今日の話が外に漏れたら、他の人が水村家の四女が発狂したと思うわよ」

「何を怖がってるの?」美穂は邪魔されたことに腹を立てず、余裕で手をポケットに入れ、黒い瞳を沈ませながら、調子を茶化した。

「考えてみてよ……年始に港市に戻ったとき、メディアが水村家が柳本家と縁談を進めているって噂していたのを聞いたわ。

あなたは柳本家の若様に嫁ぐの?大物の陸川家を放棄して、そんな小さな家柄を選ぶの?本当に満足してるの?」

柚月は口元をきつく結び、緊張していた。

彼女の目には凶暴さが漂い、口を開こうとしたが、美穂の包帯で覆われた額とマスクをした顔を見て、急に笑った。

「それでもあなたよりはましよ」

彼女はゆっくりと言った。

「陸川家の嫁になるのは大変でしょ?旦那さんも他の人が好きだしね。あなたの今の惨めな姿を見ると、私を代わりに嫁がせてよかったと思うわ」
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