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第3話

Autor: 詩音
夢奈はソファに座り込んだまま、一晩中動けずにいた。

流産して以来、一度も熟睡できたことはない。

一晩中目を見開き、窓の外が漆黒から灰色へ、そして朝の光が目に刺さるほど明るくなるのを、ただ眺めていた。

ふいに、スマホの画面が明るくなった。

昇からのメッセージだ。

【今日は仕事が立て込んでいる。明日帰る時に、菓子工房コトリのケーキを買っていくよ】

たった一行の文字が、膿みきった傷口に細い針を突き刺す。

菓子工房コトリのお菓子は手に入りにくいが、かつての夢奈の大好物だった。

あの頃の昇は、嫌な顔一つせず、街の端から端まで車を走らせ、炎天下や寒風の中で何時間も列に並んでは、まだ温かみの残る箱を夢奈に差し出したものだ。

夢奈が申し訳なさに、「もういいわ、大変すぎるもの」と手を引くと、昇はいつも優しさに満ちた瞳で彼女を見つめ、微笑んだ。

「自分の妻が好きなものを買うのが、どうして大変なことなんだ?」

夢奈は照れ隠しに彼を睨みつけながらも、胸がはち切れんばかりの幸福感に包まれ、「お調子者ね」と小さく毒づいた。

過去の断片が鋭いエッジを伴って押し寄せ、偽りの平穏を容易く切り裂く。残るのは、じわじわと、しかし刺すような痛みだけだ。

涙は枯れ果てたと思っていた。

だが、やはり目元が情けなく熱くなってくる。

本当に、理解できなかった。

結婚式で自分の手を固く握り、一生を共にすると誓ったあの男が、なぜこれほどまでに冷酷で、見知らぬ他人のようになってしまったのか。

夜が明けた。

夢奈は麻痺した体を引きずり、荷物をまとめ始めた。

クローゼットの最下段にある引き出しを開けた時、指先に硬い表紙が触れた。

一瞬ためらったが、それを引き出した。

――古いアルバムだ。

表紙をめくると、三人の写真が目に飛び込んできた。

昇、夢奈、佳澄。大学のロゴ入りTシャツを着て、肩を並べてカメラに向かって笑う、青臭くも輝かしい姿。

三人は大学の同級生で、サークル活動を通じて親しくなり、片時も離れない「親友三人組」になった。

記憶の中の昇と佳澄は、いつも顔を真っ赤にして言い争い、夢奈が苦笑いしながら仲裁に入るのが常だった。

やがて昇が顔を赤らめて彼女に告白し、佳澄が横で冷やかしながらも心から祝福してくれた。

彼女は羞恥に震えながら頷き、最高のアモーレとアミチエを同時に手に入れたのだと信じて疑わなかった。

その後、昇の両親に結婚を猛反対された時も、「真実の愛を貫いて」と励まし続けてくれたのは佳澄だった。

牧子の執拗な嫌がらせに遭った時も、隣に寄り添い、共に涙を流して策を練り、元気付けてくれたのも佳澄だった。

かつて、この「最高の親友」を心から信頼し、感謝していたのだ。

写真の中で無邪気に笑う佳澄の顔を指でなぞる。夢奈の瞳から最後の温もりが消え失せ、底なしの氷結へと変わった。

夢奈は無表情のままアルバムを一枚一枚引き裂き、粉々にしてゴミ箱へ捨てた。

その時、階下で鍵が回る音がした。

夢奈が階段の上から見下ろすと、そこには昇がいた。

彼は佳澄のスーツケースをリビングへ運び入れるのを手伝っていた。

おもちゃを抱えた宏がおずおずと後ろについてきている。

上の気配に気づき、昇が顔を上げた。

夢奈と視線がぶつかった瞬間、彼の顔に一抹の動揺が走った。

夢奈は階段に立ち、沈黙したまま彼を見下ろし、説明を待った。

佳澄が先に一歩前に出ると、申し訳なさと卑屈さが混じった顔で口を開いた。

「夢奈、本当にごめんなさい……宏くんの学校で家庭訪問があって、先生がどうしても家庭環境を見なきゃいけないって言うの」

佳澄は服の裾をいじり、懇願するような声を出した。

「私が離婚したばかりで、女手一つで育ててるのは知ってるわよね……どうしても方法がなくて、厚かましいのは百も承知で、昇さんにパパの振りをしてもらうようお願いしたの。この検査さえ乗り切ればいいから。

これ一回きりよ……怒らないで、いいでしょう?」

夢奈は佳澄を見ようともせず、釘付けにするような視線を昇の顔に向けた。

「昨日、縁を切ったって言ったわよね」

昇は数秒沈黙し、視線を逸らした。

「これが最後だ。少しは事情を汲んでくれ。子供の進学は大事なことだ。邪魔をするわけにはいかない」

「泥棒!パパを奪ったのはお前だ!」

宏が突然、母親の後ろから飛び出してきて、夢奈を指差して叫んだ。

「早くパパを返せ!僕の家から出て行け!」

宏のその顔を見た瞬間、積み重なった怒り、我が子を失った痛み、裏切りの屈辱が、理性の堤防を粉々に粉砕した。

夢奈は猛然と階段を駆け下りた。

誰もが反応できない一瞬の隙に、彼女は手を振り上げ、宏の頬を思い切り引っぱたいた。

パチン!

宏は床に倒れ込み、呆然とした後、「わああん」と大声で泣き出した。

「宏くん!」

佳澄が悲鳴を上げて息子を抱き寄せた。顔を上げた時、彼女の目からは涙が溢れていた。

「夢奈!腹が立つなら私にぶつけてよ!この子はまだ四歳の子供よ、何が分かるっていうの!?子供の言うことに本気になるなんて!

嫌ならそう言えばいいじゃない。どうして私の子供にこんな酷い真似をするの!?」

彼女は昇の方を向き、涙ながらに訴えた。

「あの夜のことだって……私と昇さんは酔っ払っていたのよ。ただの過ちだった……自ら進んでやったことじゃないわ。私だって後悔で胸が張り裂けそうなの!

あなたは会社で大騒ぎして、今じゃ会社中が私のことを泥棒猫だ、家庭壊しだって罵ってるわ……まだ足りないの?

私と宏くんが海に身を投げるまで、満足しないの?夢奈……私は、あなたを一生の親友だと思ってたのに!」

「親友?」

夢奈はあまりの怒りに笑いがこみ上げ、全身を震わせた。

「私の人生最大の失敗は、目が腐って、あんたみたいな女を友達だと思ったことよ!」

だが宏が母親の腕を振り解き、小さな手を広げて佳澄の前に立ちはだかった。

「悪い女!ママをいじめるな!」

「いい加減にしろ!!」

ついに昇が爆発した。怒鳴り声が鼓膜を震わせる。

彼は二歩で詰め寄ると、夢奈が振り上げようとした手首を掴み、力任せに後ろへ突き飛ばした。

不意を突かれた夢奈は足をもつれさせ、腰のあたりを後ろにある冷たいガラステーブルの角に強打した。

「うっ……!」

夢奈はうめき声を上げ、あまりの痛みに息が止まりそうになりながら、その場に丸まった。

昇の瞳に、一瞬だけ複雑な色が過った。

しかし、抱き合って悲劇のヒロインのように泣きじゃくる佳澄親子を見た瞬間、その躊躇は苛立ちに塗りつぶされた。

彼は痛みで起き上がれない夢奈の前に立ち、見下ろしながら吐き捨てた。

「夢奈、俺は十分に君に花を持たせてきたつもりだ。調子に乗るのも大概にしろ!」

言い終えると、昇はしゃくり上げる宏の前で膝をつき、声を和らげて子供を優しく抱きしめた。背中を叩いて落ち着かせると、子供を抱いたまま一歩ずつ夢奈の前まで戻り、無理やり腕の中の子供を見せつけた。

「宏くんを見ろ。こんなにいい子じゃないか。

もし……もし俺たちの赤ちゃんが無事だったら、きっとこんな風に可愛く育っていたはずだ」

彼の声がふいに弱まり、疲労が混じる。

「あの子を失ったのは不慮の事故だ。俺たちだって辛いし、十分に報いを受けた。でも、人は前を向かなきゃならない。生活は続いていくんだ。

宏くんはここに戸籍がないから、港中での入学は簡単じゃない。今回の家庭訪問は、ようやく勝ち取ったチャンスなんだ」

昇は最後通牒を突きつけるような威圧的な眼差しで、夢奈を見つめた。

「約束する。訪問が終わればすぐに二人を送り出す。二度と、君の前には現れさせない。これでいいだろう?」
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