Masuk彩乃は外の大きなバスタブを使わず、力の入らない足をなんとか踏ん張って、シャワーの下に立っていた。亮介は真剣な顔で、彼女にボディソープを塗っていく。彩乃はうつむき、彼を見つめた。逞しい体には、彼女がつけた痕がくっきり残っている。線のように、花のように。ただ見ているだけで顔が熱くなる。彩乃は思わず手を伸ばし、彼の背中をそっと撫でた。男の美しさというのは、やはり不思議で、女とはまた違うものだ。つい目を奪われてしまう。亮介が顔を上げる。「勝手に触るなよ」「勝手に?」彩乃は声を上げた。「これが勝手に触るって言うの?勝手に触るってのは、こういうことでしょ?」彩乃は素早く、彼の体のほとん
彩乃の瞳がきらりと光る。「人生って長いんだし、これから先のことなんて誰にもわからないよね」亮介はただ、彼女を見つめて微笑んでいた。「亮介、もし将来、私が子ども欲しくないって思ったら……それでもいい?」亮介はやわらかく笑う。「いいよ」彩乃は少し驚いた。「だって今、あなた一人っ子でしょ。もし子ども作らなかったら、その……」「君が望まないなら作らなくていいよ。そんなの気にすることない」彩乃は手を後ろで組んだまま、窓際のソファへ歩き、まだ少し寒い異国の街を見下ろす。「また雪が降ったら、一緒にスキー行こうよ、亮介」男の声は変わらず穏やかで、彼女に寄り添うようだった。「いいよ」「誰も連れて
明菜は、ときに自分勝手なところはあっても、自惚れるような人間ではない。俊明が口にしたあの言葉だって、彼が自分のことをずっと前から想っている、なんて意味では決してない。きっと両親のことがあって、彼はずっと前から自分という存在を知っていただけだ。明菜はそっと目を閉じた。「また一からやればいい」という言葉が、初めて頭の中で驚くほど鮮明だった。あのとき母が突然亡くなったときでさえ、やり直したいと思ったことは一度もなかった。母の言葉に背いたわけじゃない。ただ、母の死が「早すぎる」という事実、しかもそれが人為的なものだという現実を、どうしても受け入れられなかった。明菜は憎んでいた。すべての
明菜はもう、深い闇の底まで落ちていて、とっくに引き返せないところまで来てしまっている。だからふいに、これ以上誰かを壊すのはやめようと思った。「私は何年も前から亮介さんのことを好きだったの。でも、彼が彩乃を想っているって知って、心の中に嫉妬が生まれた。だから彩乃の元夫に連絡して、二人がよりを戻せば、私にもまだチャンスがあるんじゃないかって思ったの」明菜の頭は真っ白になり、この一年の苦しかった日々を、ただ茫然と振り返っている「そのあと、そのことが彩乃に知られて、私たちの間に溝ができて、友達じゃなくなった。それから私は、亮介さんのお母さんが私に持っている好意を利用して彩乃を狙ったり、彩乃の結
真理がぽかんとした顔で言った。「……どういうつもりって?」明菜はわずかに歯を食いしばった。もし自分が頭を下げて妥協したとしても、どうせ彼らは受け入れない。むしろ自分の弱いところを握って、突き続けるだろう。明菜は二人を見つめ、静かに尋ねる。「私は何も持ってないし、あなたたちにとって得になることもない。私が悪い女だってあなたたちも十分わかってるでしょ?もし私が追い詰められておかしくなったら、道連れにされるのが怖くないの?」それは脅しというより、ただの事実の確認のような声音だった。真理は眉をひそめた。「あなたに何があろうがなかろうが、結局私を放っておかないじゃない?」明菜「……」「前に
明菜は二秒ほど黙り、感情を抑え込むように息をついた。「……おにぎりも一人でダメなの?」このあたりは和食の店が少なく、朝から開いている店などほとんどない。明菜は澪奈とタクシーで三十分もかけて買いに行ってきたのだ。真理がぱちぱちと瞬きをする。「おにぎりは自分で持てるけど、ゆで卵は剥いてよ。それとその味噌汁、熱いでしょ?飲ませて」澪奈がすかさず言った。「私がやります」真理は即座に拒んだ。「ダメ。知らない人が触った食べ物なんて無理」そんなやり取りの最中、和也もすっかり目が覚め、水を汲んで顔を洗いに出ていき、戻ってきた。そして、何事もなかったように小さなテーブルにつき、おにぎりと味噌汁を手