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第3話

Author: 真珠
「そんな芝居、もうやめて」

湊は鼻先でせせら笑い、口を開いた。

「洗い終わるまでは、ここから出せるつもりはない」と言い放った。

そのままバタンと扉を閉め、鍵までかけて私を閉じ込めた。

外からは、紗良のわざとらしい声が聞こえてくる。

「湊、こんなことして大丈夫なの?陽菜、お腹に赤ちゃんがいるのよ」

「子どもがいるからなんだっていうんだ」

湊の声は冷たく、乾いた怒気を含んでいた。

「それを盾にして、お前に好き勝手してるんだ。

今日ちゃんと教えてやらないと、将来もし嫁に入ってきたら、どうなるかわかったもんじゃない!

紗良、俺は誓ったんだ。俺がいる限り、お前にほんの少しの我慢もさせない」

「湊、ありがとう。あなたがいてくれて、本当によかった」

その声を聞いていると、涙が止めどなく溢れ、胸の奥が引き裂かれるように痛んだ。

もう立っていることすらできず、私はお腹を抱えて、冷たい床の上にうずくまった。涙はとっくに流れ尽くしたはずなのに、まだ頬を濡らし続けていた。

どれほど時間が経っただろう。やっと鍵の開く音がして、扉が開いた。

湊は、私が顔面蒼白で床に崩れ落ちているのを見て、一瞬だけ驚いたような顔をしたが、すぐに眉をひそめて吐き捨てた。

「何のつもりだ?たかが下着ひとつ洗っただけで、そんな大げさに倒れて……気分悪いな」

私は無理やり体を起こし、ふらつきながら部屋に戻った。鎮痛剤を飲み込んで、そのまま、眠るようにして意識を手放した。

だが夜中、激しい腹痛で飛び起きた。夢と現実の境がわからないまま、私は苦しみに顔を歪めた。

そういえば、手術が終わってから一滴の水すら口にしていなかった。

なんとか体を起こし、空腹と痛みでふらつきながら階下へ降りる。ちょうどゲストルームの前を通りかかったときだった。扉がわずかに開いており、中から妙な音が漏れてきた。

まるで、何かに導かれるように、その隙間を覗き込む。

そこには――

紗良が、湊の膝の上にまたがり、二人は激しく唇を重ねていた。

湊の手が彼女の背中を撫で回し、紗良の甘えた声が耳に刺さる。

「湊、あなたが愛してるのは私なんでしょう?だったらあの人とは別れて、ずっと一緒にいて」

湊の手が、紗良の腰に添えられたまま、ぴたりと止まった。喉仏が二度ほど上下し、しばらくして低い声でつぶやいた。

「紗良、俺には子どもが必要なんだ。それに、表向きの妻も。

家の連中は、結婚しろとうるさくてな。ちゃんと籍を入れた女がいれば、黙らせることができる。

でも安心して。たとえ結婚したって……俺の心にいるのは、紗良、お前だけだよ」

言い終わらないうちに、ふたりは再び貪るように唇を重ねた。

私は思わず後ずさりし、背中が冷たい壁にぶつかった。

あのとき信じていた愛なんて、全部、彼の用意した台本通りの芝居だったんだ。

胃の奥がひっくり返るような吐き気。私はよろめく足取りで寝室へ戻り、ベッドの隅にうずくまり、声も出せないまま泣き続けた。

どれくらい経ったのか、ドアがわずかに開いた。

ゆらりと紗良が姿を現す。その口元には、勝者の笑みが浮かんでいた。

「さっきの、全部見ちゃったのね?だったら空気読みなさいよ。さっさと湊の前から消えることね」

そう言いながら、紗良はドレッサーの上に手を伸ばし、指先を一枚の写真に止めた。そこには、かつての私と湊が並んで笑っていた。

「知らなかったでしょ?湊は大学の頃から私のことが好きだったの。だけど、いろいろあって私は彼のお兄さんと結婚したの。

結婚式の日に、彼がみんなの前で仏門に入って修行するって宣言したのもね――あれは、私のために自分を律するって意味だよ」

私はシーツをぎゅっと握りしめ、爪が掌に食い込むのも気づかなかった。

「そのあと、あんたが現れて……ちょうど彼のお母さんが結婚を急かしてて、それで仕方なくあんたを選んだのよ」

私は顔を上げ、凍りつくような声で言い放った。

「言われなくても、出ていくわ」

「ふん、何カッコつけてんのよ」

紗良の表情が一変し、目に見えて嘲笑が浮かぶ。

「玉の輿狙いの女なんて、山ほど見てきたわ。家柄が良くて、金もある男をつかまえたら、そう簡単に手放すわけないじゃない?

でも安心して、ひと押ししてあげる」

そう言った直後だった。紗良はわざとらしく足をもつれさせ、そのまま階段の方へ、悲鳴をあげながら倒れこんでいった。

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