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第9話

Auteur: 真珠
「このマーメイドラインのドレス、ウエストがより細く見えて本当にお似合いですよ」

ウェディングドレス店の店員は鏡を持ったまま、私の周りをくるくると回りながらそう言った。

ちょうどそのとき、隣の試着室から抑えた声の会話が聞こえてきた。

「聞いた?真宮製薬、一晩で倒産したんだって。真宮湊、取引先に追い回されてるらしいよ」

「自業自得じゃん。あの浮気動画、見てない人なんていないだろう」

もうひとつの声があざけるように笑った。

「結局、女も会社も両方失ってるしね」

私は鏡に映る自分を見つめながら、そっと真珠のピアスを直し、口元には、どこか吹っ切れたような笑みが浮かんでいた。

あの頃の憎しみも悔しさも、もうとっくに心の奥に沈めてしまった。

「陽菜」

一真がふいに立ち上がり、そっと私の前に片膝をついた。その手には、大粒のダイヤがきらめく指輪が静かに掲げられていた。

「結婚式の日取りはもう決まってるけど、どうしても、ちゃんとした形で伝えたかったんだ。高坂陽菜、僕と結婚してください」

周囲からは、感嘆の息が漏れた。

熱くなった目元をごまかすように、私はそっと彼の手の上に自分の手
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    「このマーメイドラインのドレス、ウエストがより細く見えて本当にお似合いですよ」ウェディングドレス店の店員は鏡を持ったまま、私の周りをくるくると回りながらそう言った。ちょうどそのとき、隣の試着室から抑えた声の会話が聞こえてきた。「聞いた?真宮製薬、一晩で倒産したんだって。真宮湊、取引先に追い回されてるらしいよ」「自業自得じゃん。あの浮気動画、見てない人なんていないだろう」もうひとつの声があざけるように笑った。「結局、女も会社も両方失ってるしね」私は鏡に映る自分を見つめながら、そっと真珠のピアスを直し、口元には、どこか吹っ切れたような笑みが浮かんでいた。あの頃の憎しみも悔しさも、もうとっくに心の奥に沈めてしまった。「陽菜」一真がふいに立ち上がり、そっと私の前に片膝をついた。その手には、大粒のダイヤがきらめく指輪が静かに掲げられていた。「結婚式の日取りはもう決まってるけど、どうしても、ちゃんとした形で伝えたかったんだ。高坂陽菜、僕と結婚してください」周囲からは、感嘆の息が漏れた。熱くなった目元をごまかすように、私はそっと彼の手の上に自分の手を重ねる。「一真、はい……私、あなたと結婚する」彼は私の指先にそっと口づけ、指輪をはめてくれた。挙式の日。陽光が島の砂浜を琥珀色に染め上げ、まるで蜜に包まれたような景色が広がっていた。私は煌めくビジューをちりばめたウェディングドレスに身を包み、静かにバージンロードを歩く。その先で、目を赤く潤ませた一真が、そっと両手を差し伸べて私を迎えてくれた。「動くな!」つぎの瞬間、鋭い怒声がその場の空気を裂いた。振り返る間もなく、男が私に向かって突進してきた。真宮湊だった。酒臭く乱れたスーツ姿、乱れた髪の隙間から血走った目がのぞいている。そして、鋭い刃物が私の首元に押し当てられた。「もう俺には何もない!会社も潰れて、契約も切られて。全部、お前のせいだ!」湊は突然顔を上げ、一真に怒鳴り声をあげた。「お前さえ現れなければ、陽菜はまだ俺のそばにいたはずなんだ」彼はさらに顔を近づけ、アルコールの匂いをまとった息がかかる。「陽菜……お前しかいないんだ。なあ、一緒に来てくれよ。これからは、お前だけを大事にするって誓うから」「湊、落ち着いて」恐怖

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