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第3話

Auteur: ひだまり菜園
悠真は、私を「ママ」と呼ぶのが大嫌いだった。恒一と同じで、私のことをいつも「あの人」と呼んだ。

幼稚園の保護者会に出たとき、悠真は私の背中に隠れながら、こっそり舌を出していた。

「来てほしくない、あの人。恥ずかしいもん。

里奈さんが来てくれたらよかったのに」

さすがに担任も見かねたのか、悠真を軽く叱ってくれた。

そして私に向き直り、気の毒そうな目で言った。「悠真くんのお母さん……ご家庭での関わり方は、少し見直したほうがいいかもしれませんね」

苦笑いするしかなかった。分かっている。痛いほど。

卒業の年、恒一と一夜だけ、取り返しのつかないことをして、悠真ができた。

恒一は責任を取らされる形で私と籍を入れ、それから私の人生は、悠真を中心に回り始めた。

悠真を産んだのは冬だった。冬生まれの赤ん坊はおとなしい――みんな、そう言った。

でも悠真は違った。お腹の中でも落ち着きがなく、いたずらみたいに、何度も私を蹴った。

胎動を感じるたび、恒一はそばにいなかった。私は何度もお腹に手を当て、中の小さな命に謝った。

「ごめんね。愛してくれるパパを、見つけてあげられなくて。

だからママが、その分まで愛する。世界でいちばん幸せな子にするから」

悠真は、確かに幸せだった。でも――それは、私のおかげじゃない。

生まれた瞬間から、高坂家は悠真の名義で高額な信託を組み、将来の不安を、丸ごと取り払ってしまった。

だから悠真には、わがままを通すだけの余裕があった。機嫌を損ねれば、何でも壊せた。どうせまた、新しいものが用意される。

癇癪を起こし、何台目かも分からないスマホを叩き割ったときのことだ。

私は、自分でも驚くほど冷たい声で言った。「いつも怒ってばかりなら、誰だって一緒にいられないよ。……ママだって、いなくなる」

悠真は、まるで他人事のような顔をしていた。その表情が、妙に恒一に重なる。

「里奈さんが言ってたよ。真央は、高坂家に居座ってるだけの乞食だって。

出ていけるわけないじゃん。どうせ離れられないくせに。

ぼくを産んだのも、高坂家にしがみつくためでしょ。そんなことで騙せると思わないで」

胸の奥が、少しずつ冷えていった。そして一度冷えたそれは、二度と温まらなかった。

傷つき尽くしたからこそ、踏み出すことに、もう迷いはなかった。

悠真。私は、もう戻らない。あなたの母親でいることも、もうやめる。

私がいなくても、あなたの隣には、きっと新しい「ママ」が来る。

修司が戻ってきたとき、ちょうど翔太が私にしがみついて、「ママ」と呼んでいた。

修司の顔が、一気に耳まで赤くなる。「翔太、変なこと言うな」

翔太は顔を上げ、幼い声でむっと言い返した。

「パパ。もし、ぼくが真央さんの子じゃないなら。

どうして、ぼくはパパと苗字が違うのに、真央さんとは同じ苗字なの?」

修司は困ったように額をこつんと弾き、翔太を腕の中に抱き寄せて寝かしつけた。

翔太は抱かれたまま、首だけをこちらに伸ばし、大きな目をぱちぱちさせて、じっと私を見ていた。

その視線だけで、胸の奥が、ふっとほどけた。

翔太が眠ると、修司は背中をそっと叩きながら、静かに話し始めた。

「翔太の父親は、俺の昔の戦友でさ。事故で亡くなったんだ。

それで……この子は、俺に託された。

俺、子どもの扱いが下手でさ。あいつが、こんなこと考えてるとも、気づかなかった」

胸が、小さく動いた。私は財布の奥から、そっとお守りを取り出した。

悠真を産んだ年、緑ヶ丘でいちばん大きな神社で授かったものだ。

子どもが、一生つつがなく過ごせるように――そう願って。

何度も悠真のポケットにねじ込んだ。けれど、そのたびに投げ捨てられた。

悠真は露骨に顔をしかめ、足で踏みつけながら言った。

「ダサい。里奈さんがくれるオモチャは、ぜんぶ世界限定なのに。

こんなの持って外に出ろって、恥ずかしいじゃん」

それなのに今、修司はそのお守りを、両手で受け取った。

掌に包み込む仕草は、まるで宝物みたいで、目が、まっすぐだった。

「……ありがとう。翔太に、持たせるよ」

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