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第4話

Author: ちょうどいい
オークション当日、私は三十分ほど早めに会場へ入り、会場を見渡しやすく、なおかつこちらの姿が目につきにくい個室に腰を落ち着けた。

しばらくして、郁人と紗季が揃って姿を現した。寄り添って歩くその様子は、傍から見れば仲のいい夫婦そのものだった。

今日は配信をするつもりなのだろう。普段から派手な紗季は、いつも以上に気合いが入っていた。

ネックレスもピアスも抜かりなく揃え、腕にはケリーを提げ、髪まできっちりセットしている。事情を知らない人が見たら、オークションではなくパーティーにでも来たのかと思うほどだった。

入り口のスタッフは二人の姿を見るなり、すぐに笑顔で出迎え、そのままVIPルームへ案内していった。

紗季は席に着くとほとんど間を置かず配信を始め、私は裏アカウントでその配信を覗いた。

出品物が運ばれてくるたびに、紗季は間髪入れず札を入れていく。ほかの参加者が口を挟む隙もないほどだった。

気がつけば、紗季はあっという間に何千万円もの金を使っていた。

それだけ湯水のように金を使っているのに、郁人は眉一つ動かさない。どうせ私の金だと思えば、痛くもかゆくもないのだろう。

私は小さく笑った。焦りはまったくなかった。むしろ、この先どう転ぶのかが少し楽しみなくらいだった。

前座の出品がひと通り終わると、オークショニアが目玉の一着について、朗々とした声で語り始めた。

「かつて英国王妃がこのドレスをまとい、ウェストミンスター寺院の鐘の音に包まれながら祝福の中を歩まれました。

パフスリーブに深いVネック、そして八メートルにも及ぶロングトレーン――そのすべてが時代を象徴する名作として語り継がれている、大変貴重な一着でございます。

軽やかに広がる優美なシルエットに、繊細なチュールと真珠の装飾を贅沢にあしらった、当時のブライダルファッションを代表する逸品です」

その豪奢で気品に満ちたウェディングドレスが照明の下に姿を現した瞬間、紗季の頬がぱっと赤くなった。目をきらきらと輝かせ、興奮を隠しきれない様子で声を上げる。

「あなた、あれ欲しい!あのドレスで式を挙げたら、絶対みんなの視線集めるよ!」

郁人は少し考えたあと、あっさり頷いた。

紗季は嬉しそうに彼の頬を両手で包み込むと、そのまま大げさなくらいのキスをした。

「やっぱりあなたって最高!」

やがてオークショニアが開始を告げる。

「9200万円からのスタート」

会場の空気が一気に熱を帯び、価格はすぐに1億1600万円まで跳ね上がった。

私は静かに笑いながら、1億2000万円と告げた。

すると紗季はすぐに600万円上乗せし、私はそのたびに同じ額を重ねていった。

何度か競り合いが続くうちに、紗季は次第に苛立ちを隠せなくなり、それと同時に郁人の表情もはっきりと曇っていった。

さすがに、ここまでの額になると話は別だ。

あとで私にどう取り繕うつもりなのか――郁人もさすがに迷いが出てきたのだろう。

なかなか決めきれない郁人を見て、紗季はついに苛立ちをあらわにした。

「ちょっと、さっきから何なの?いちいち張り合ってきて、ほんと腹立つんだけど。あなた、こんなに見られてるのよ?ここでやめるなんてありえないから」

配信のコメント欄でも、なかなか次の額を出さない二人に対して、【本当にお金あるの?】【目立ちたいだけじゃない?】といった声が目立ち始めていた。

その時点で、ドレスの値はすでに1億4400万円までつり上がっていた。

郁人は紗季にせき立てられ、さらに配信の空気にもあおられるようにして、また値を上げるしかなかった。

けれど、彼がいくら積んでも、私はそのたびに間を置かずについていった。

いつの間にか、会場の注目はすべて私と郁人に集まっていた。

ついに紗季の声が裏返る。

「この人、頭おかしいんじゃないの?無理して張り合ってきてるだけでしょ。ほんと感じ悪いんだけど」

私は小さく笑った。こんな駆け引きにいつまでも付き合うつもりはない。

時間の無駄だと思った私は、はっきりと二億円と告げた。

それと同時に、秘書には郁人が自由に動かせる資金をすべて止め、口座も凍結するよう指示を出しておいた。

会場のあちこちで息をのむ気配が広がり、郁人の顔からはみるみる血の気が引いていった。

「紗季、もういい。やめよう。そんなドレス、どうせ百年以上も前のものだしさ。ウェディングドレスなら新品のほうがいいだろ」

けれど、ここまできて紗季が引き下がるはずもなかった。しかも今は大勢の視聴者が見ている。このまま手に入れられなければ、みっともないところを晒すことになる。

「だめ。あのドレスだけは絶対に落として」

だが、彼女の言葉が終わったときには、それ以上札を入れる者はいなかった。

オークショニアは会場を見渡し、ためらいなく木槌を振り下ろした。

「二億円で落札です。おめでとうございます」

目前でドレスを落札された紗季は、怒りに顔を歪めると、郁人の腕をつかんで半ば叫ぶようにまくし立てた。

「あなたがぐずぐずしてるからでしょ!言っとくけど、今日あのドレス落とせなかったら、私、あなたとは結婚しないからね」

紗季はすっかり頭に血が上っていた。声を張り上げたせいで、会場中の視線が一気に集まる。さすがの郁人も、ここまで人目を集めてしまっては、ばつが悪そうにしていた。

これ以上騒ぎを広げたくなかったのだろう。結局、郁人が折れた。

「紗季、落ち着け。今から相手に掛け合ってくる。いくら払ってでも、お前のために手に入れるから」

そう言うと、彼は私の個室の前までやって来た。そして仕切り越しに、いかにも丁寧な口調で声をかけてくる。

「失礼いたします。私の恋人が、どうしてもあのドレスを気に入ってしまいまして……結婚式で着たいと言っているんです。

もし差し支えなければ、こちらにお譲りいただけないでしょうか。お礼として、私が大切にしているジュエリーをいくつかお渡しできます。写真もございますので、よろしければご覧いただけますか」

差し出された写真を見て、私は思わず笑いそうになった。

彼が自分のコレクションのように並べてきた宝石は、どれも母が私に遺してくれたものだったからだ。

私はわざと声の調子を変え、気づかれないよう少し低めに抑えながら言う。

「あら……どれもずいぶんいいお品ね」

それを聞いた郁人は、すぐ身を乗り出した。

「では……譲っていただけるということでしょうか?」

「ええ。そこまでおっしゃるなら、一度きちんとご挨拶くらいはさせていただかないと」

そう言って、私はヒールを鳴らしながら、仕切りの向こうからゆっくり姿を現した。
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