INICIAR SESIÓN卒業記念パーティーで、経済経営学部の4年間を振り返る記念映像が上映された。 編集を担当したのは、柏木智也(かしわぎ ともや)だった。 最後の一枚が映し出された瞬間、会場から一斉に冷やかす声が上がった。 写真には、海辺に並ぶ智也と宮本晴香(みやもと はるか)が写っていた。二人の背後に夕日が沈み、まるで選び抜かれたカップル写真のようだった。 私は元の写真を知っていた。 あの日、海へ行ったのは3人だった。 私はもともと、智也の左隣に立っていた。 だが今は、写真から切り取られていた。 司会者は笑いながら、どうしてこの写真だけを残したのかと尋ねた。 智也はマイクを握ると、私――高瀬栞(たかせ しおり)にちらりと目を向けた。 「栞は目をつぶってたから、写りが悪かったんだ」 客席から笑い声が上がり、誰かが、さすが柏木家の御曹司、彼女の写りまでちゃんと気にするんだな、とからかった。 私も一緒に笑った。 その場にいた誰も知らなかった。 ほんの30分前、私は東都のプロジェクト責任者に返事を送ったばかりだった。 卒業後、私は汐見市へは行かないことにした。 智也が7年間思い描いてきた未来に、今度は私はいなかった。
Ver másそれからしばらくして、東都での1年間のプロジェクトが終了した。先生から、このまま大学に残って大学院へ進まないかと聞かれた。私は承諾した。正式な合格通知を受け取った日、七海はグループLINEを通じて、お祝いのLINEギフトを次々に送ってきた。それから、卒業式の日に撮ったあの写真を覚えているかと尋ねた。私は覚えていると答えた。七海は、もう一度その写真を送ってきた。私は写真を開いた。写っているのは、あのときと同じ学生たちだった。場所も同じ図書館だった。明るい日差しが降り注ぎ、智也は中央に立っていて、隣には晴香がいた。私はずいぶん離れた場所に立っていた。以前、この写真を見ると、最初に智也を捜した。それから、私たちがどれほど離れているかを確かめた。けれど今回は、最初に自分の姿が目に入った。写真の中の私は、七海の隣に立っていた。角帽が少し傾いていた。それでも、いい笑顔をしていた。当時の自分が思っていたほど、みじめな姿ではなかった。私は写真を保存した。誰の姿も切り取らなかった。自分だけを切り抜くこともしなかった。過去はそうやって、ありのままそこに置いておけばよかった。午後、指導教員から大学院での今後の予定が送られてきた。私はノートパソコンを抱え、講義棟へ向かった。途中、学部生たちが卒業写真を撮っている場所を通りかかった。カメラマンが階段の下から声を上げていた。「真ん中を空けないで」「もう少し近くに寄って」数人の学生が笑いながら中央へ詰めた。私はその横を通り過ぎ、足を止めなかった。スマホが震えた。長い間、連絡のなかった相手からだった。智也。【東都に残って大学院へ進むんだってね。おめでとう】私はしばらく画面を見つめ、そして返信した。【ありがとう】しばらくして、智也からもう一通届いた。【汐見市は今日、雨だよ】私はそれ以上、返事をしなかった。今日の東都は晴れていた。私はノートパソコンを抱えたまま、先へ進んだ。講義棟の入口で、誰かが私を急かした。「栞、早く。あとは栞だけだよ」「今行く」私は足を速めた。以前の私は、ずっと思っていた。7年間も付き合ったのだから、私の未来は当然、智也の隣にあるのだと。けれど、あ
次に智也と会ったのは、しばらくあとの冬だった。高校時代の担任が結婚した。大勢の同級生が地元へ戻ってきた。智也も出席していた。久しぶりに会った智也は、大学を卒業した頃とは少し変わっていた。結局、汐見市へ行ったと聞いていた。けれど、私たちが借りたあの部屋には住まなかった。部屋は2か月間、空いたままだった。その後、契約を解約した。披露宴が終わると、外では小雪が舞っていた。私はホテルの入口で迎えの車を待った。智也も外へ出てきた。送るとは言わなかった。ただ、私のそばに立っていた。しばらくして、智也はあの卒業写真の話を始めた。卒業後、学部の公式SNSに記念写真が掲載された。集合写真の中で、智也は2列目の中央に立っていた。その隣には晴香がいた。私は智也との間に数人を挟み、一番左端に立っていた。智也は言った。初めてその写真を見たとき、しばらく見つめ続けたという。それまで集合写真を撮るたび、私は必ず智也の隣にいた。隣にいなかったのは、最後の一枚だけだった。それなのに智也は、撮影から数日経つまで気づかなかった。私は道端に積もった雪を見つめ、何も答えなかった。智也は続いて、卒業記念映像の話をした。あとになって、海辺で撮った元の写真を見つけたという。元の写真で、私は目を閉じていなかった。風で乱れたスカートの裾を直そうと、うつむいていただけだった。目を閉じていたのは、別の写真だった。当時はあまりにも多くの写真を整理していたため、智也は記憶を取り違えていた。そして何気なく、私の写っていた部分を切り取った。今度は、そんなことは大した問題ではないと言わなかった。悪気はなかったとも言わなかった。何よりつらかったのは、写真を切り取られたことではなかった。写真から私を消したあと、その一枚から何が失われたのかを、智也が当時まるで気づかなかったことだった。迎えの車が到着し、運転手が道端に車を止めた。私がドアを開けようとしたとき、智也が私を呼んだ。「栞」私は振り返った。智也は雪の中に立っていた。目が赤くなっていた。「俺はずっと、お前が離れていくことはないと思ってた」私はうなずいた。「知ってる」「でも、お前は離れないって安心しきるたび、俺は逆に栞を遠
半月後。晴香からメールが届いた。LINEではなかった。私は大学を離れたあと、すでにあの3人のグループを退会していた。メールには、智也とはほとんど連絡を取らなくなったと書かれていた。自分はこれまで一度も、二人の間に特別な関係があるとは思っていなかったとも。晴香がためらいもなく智也の上着を着たり、夜中に呼び出したり、部屋探しや契約に付き添わせたりできたのは、私たちの7年間の関係が揺らぐことはなく、私が本当に離れていくこともないと信じていたからだった。そこまで読んだとき、私はふと笑った。そう思っていたのは、智也だけではなかった。晴香まで同じように考えていた。私が譲り続けた時間は、誰もがそれを当然だと思うほど長かった。メールの最後には、予定どおり汐見市で働き、仕事も辞めず、私たち二人のために自分の予定を変えるつもりもないと書かれていた。私は返信しなかった。けれど、それだけは晴香の選択の中で最も正しいと思えた。晴香の人生は、晴香自身が生きるべきだった。智也が犯した過ちまで、最後にすべて晴香へ押しつけるべきではなかった。
智也は東都に5日間滞在した。以前のように、私をつかまえてまで説明しようとはしなかった。ただ、1日に一度、プロジェクトの事務室が入る建物の前へ姿を見せた。朝食を持ってくる日もあった。何も持たずに来る日もあった。3日目、私はインタビューの途中で、急きょ病院へ行くことになった。インタビューを受けていた教員が体調を崩したため、その場にいた数人で付き添った。病院から出たところで、ちょうど智也から電話がかかってきた。私は出なかった。30分後、大学へ戻ると、智也が入口に立っていた。手には、以前胃炎で受診したときの診療記録が入ったファイルを持っていた。どこで見つけたのかは分からなかった。おそらく、大学を出るときにまとめた古い荷物の箱に入っていたのだろう。診療記録の1ページ目には、救急外来を受診した日時が記されていた。19時12分。点滴が終わったのは22時47分だった。その日、智也は晴香の自転車事故の対応に付き添っていた。ファイルには、その夜に処方された薬の記録も残っていた。智也もようやく、日付が同じだったことに気づいたのだろう。あの夜、智也が私に尋ねたのは23時06分だった。「まだ胃が痛い?」以前の私は、智也がそう尋ねてくれただけで、まだ私を気にかけている証拠だと思っていた。けれど、今になって振り返れば、あまりにも遅かった。智也はもう、「あのときは晴香にも事情があった」とは言わなかった。以前ならそのたびにすぐ口にしていた理由を、今回は何一つ言わなかった。智也は診療記録を私に返した。翌日からは、もう姿を見せなかった。
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