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第8話

Author: 幸月
電話の向こうで、小春はもう安達の携帯に顔を近づけ、得意げな笑みを浮かべていた。きっと杏奈が慌てて帰ってきて味噌汁を作る光景が、もう目に浮かんでいるのだろう。

だって以前は、自分が少しぐずるだけで、杏奈は全てを放り出して飛んできてくれたのだから。

杏奈は携帯を握る指先が白くなるのを感じた。画面には裕司から送られてきたデザイン画が点滅している。

その線を見つめる。細部の創意工夫が、デザイナーの心血を如実に物語っていた。

杏奈はふと思い出す。自分もかつてアトリエで徹夜でデザインを描いていた。あの頃、手にはまだ鍋で負った火傷の痕はなく、爪の間に詰まっていたのは生活感ではなく、絵の具だった。

杏奈のかすかにかすれた声が響く。「私は忙しいと、彼女に伝えてちょうだい」

電話の向こうが死んだように静まり返る。杏奈は即座に電話を切り、パソコンデスクに伏せた。

自分の両手を見つめ、杏奈は突然切なくなった。

かつて、この手で数々の賞を獲得し、自信に満ち溢れていた。けれど吉川家に嫁いでから、筆を置き、家事に専念した。

味のしない味噌汁から、三つ星レベルの芸術的な点心を作れるようになるまで。たこだらけの手と引き換えに得たのは、蒼介の「味が薄い」という一言と、小春の当たり前という態度だけ。

携帯が再び鳴る。裕司からのメッセージだ。リンクが添付されている。開くと、金色の縁取りが輝く招待状が現れた。吉川グループ主催、参加デザイナーたちの交流会への招待だ。

さすがは吉川グループの影響力だ。交流学習とは言うものの、何人もの新進気鋭の独立系デザイナーが出席する。

同時に、宝飾業界に関わる多くの企業も参加するだろう。協力を求めるため、あるいは目をつけたデザイナーを引き抜くために。

ただ……吉川グループのような最大手が、こんな集会を開く必要があるのだろうか。

杏奈には少し理解できなかったが、このチャンスは掴むべきだ。

「分かりました、先輩。参加します」

送信ボタンを押した瞬間、キッチンからスパイシーな香りが鼻をつく。かつて最も好きだった匂いが、今は無数の冷えた食事を前に一人で過ごした夜を思い出させる。

吉川家の別荘では、小春が杏奈の「忙しい」という言葉を聞いて、幼い顔に信じられないという衝撃が広がった。けれどすぐに癇癪を起こし、ぶつぶつ言いながら階段を上がっていく。

ちょうど蒼介が携帯を持って出てきて、彼女の不機嫌な様子を見て、しゃがみ込んだ。

「どうした?」

「パパ、ママが帰ってきて味噌汁作ってくれないの。忙しいんだって」

小春はそう言って、悲しそうな表情を浮かべる。

いつもなら一言言うだけで、杏奈は手にしていた全てを放り出して、手間暇かけて美味しいものを作ってくれたのに、どうして今はダメなの?

「パパ、電話してよ。パパが電話すれば、ママ絶対帰ってくるから」

蒼介は小春の背中を優しく叩く。「心配するな。ママは二、三日遊びに出てるだけだ。しばらくしたら私たちのことが恋しくなって、自分から帰ってくる」

そう言われて、小春はますます困惑した。

「でもママはどうして外で遊ぶの?家で大人しく待ってるべきじゃないの?」

その時、蒼介の携帯が二回鳴った。さっきまで落ち込んでいた小春の目が、たちまち輝く。

「紗里ちゃん?何か楽しいところ見つけたの?」

蒼介は携帯を取り出し、軽く頷いた。

「ああ、紗里が明日の夜のチケットを取ってくれた。一緒にミュージカルを見に行こう。お前の大好きな『白雪姫』だ。明日幼稚園が終わったら迎えに行く」
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Comments (1)
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順子
誤字脱字が多い。表現の仕方が少しばかり気になる。
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