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第109話

Author: 春さがそう
隼人が家を出てからほどなくして、屋敷の周りには大勢の記者が集まってきた。

彼らは中に入れないため、門の前で張り込み、一番乗りのスクープを狙っていた。

使用人が慌てて部屋に入ってくる。

「奥様!先ほど旦那様からお電話がございました。何があっても家にいて、決して外には出ないように、と!」

紗季はネット上の暴露記事を眺めながら、上の空で頷くと、撮影された婚姻届の画像を拡大した。

左下隅に、ピンク色のウールの生地が写り込んでいる。

一見しただけでは何でもないが、だが紗季は美琴がまさにこのようなピンクのウールのセーターを持っており、それを着て陽向に会いに来たことがあるのを覚えていた。

――やはり、あいつ自身の自作自演だったのだ。

紗季は口元を吊り上げ、皮肉としか言いようのない思いがこみ上げた。

美琴は、こんなことをすれば自分が傷つくとでも思ったのだろうか。

それとも、自分がこの打撃に耐えきれず、隼人を問いただしに行くとでも考えたのだろうか。

彼女は無表情のまま写真をスワイプし、見なかったことにした。

今日、美琴にはまだこんな自作自演の茶番を演じる余裕があるらしい。

ちょうどいい。

これだけ注目が集まっているのだから、この追い風に乗って、美琴が光莉の名を騙っている件にも決着をつけるべきだろう。

紗季が物思いにふけっていると、突然電話が鳴った。

見知らぬ番号だった。この状況でかけてくるのは記者に違いないと分かっていながら、彼女は応答ボタンを押した。

「黒川夫人でいらっしゃいますね?ネット上で婚姻届の件が大きな騒ぎになっておりますが、この件についてどのようにお考えですか?」

その言葉に、紗季は思わず唇を歪めた。

どう考えるかって?

彼女の瞳に冷たい光がよぎる。

「私の考えが、そんなに重要かしら?」

「えっ、あなたは黒川社長の奥様です。そして今、彼と著名な画家である光莉さんが本当の夫婦であると暴露されているのですよ。

あなたは彼のために子供を産み、七年間も黒川夫人として生活してこられた。あなたのお考えはもちろん重要です!」

記者の声は切迫していた。

まるで、紗季から何かしらの言質を取らなければ、この取材を終えられないとでもいうように。

「黒川夫人、これは結局、お子様のために夫婦のふりをされていたのか、それともあなたは蚊帳の外で、何も
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