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第17話

Auteur: 青山米子
一葉は数回咳き込み、水を吐き出しながら意識を取り戻した。

「何てことするんだ!死んでもいいのか?」目が覚めた一葉に、言吾は怒りに震える声を投げかけた。

以前なら、激しく言い返すか、怯えて謝罪するかのどちらかだった。でも、今の一葉は違った。

怒りも恐れも見せず、ただ冷ややかな眼差しを向けるだけ。

その目は、外の吹雪よりも冷たかった。

その予想外の冷徹さに、言吾は思わず身震いした。

すぐにでも抱きしめたい衝動に駆られたが——

一葉は彼の腕を避け、傍らの男性の腕を掴んで立ち上がると、「病院まで送っていただけませんか」と、静かな声で告げた。

言吾は目を見開いたまま、その場に立ち尽くした。

自分という夫がいるというのに、見知らぬ男に病院まで送ってもらうと?あれほど自分を愛していた妻が?彼女は一体どうしてしまったのか。これまでにない態度に、言葉を失う。何がしたいのか、なぜこんなに変わってしまったのか——

大股で歩み寄り、男を突き飛ばそうとした瞬間、背後で優花が崩れるように倒れた。

優花は風邪一つで一週間も寝込むほど虚弱な体質。この寒さの中、濡れた体では——一方、一葉は昔から牛のように丈夫な体だった。

確かに今日の様子は普段と違うが、体力なら心配いらないはずだ。

「後で病院に行くから」一葉に向かって声をかけると、言吾は優花の元へと駆け寄った。

一葉は、必死に走り去る言吾の背中を見つめながら、虚ろな笑みを浮かべた。

この心臓が憎らしかった。こんな状況でまだ何を期待しているのだろうか。

「後で行く」と言った言吾が病院に顔を出したのは、翌日の午前になってからだった。

一葉はちょうど退院の支度を済ませたところだった。

「もう退院するのか?もう少し経過を見た方が」

急いで近寄ってくる言吾に、一葉は一瞥をくれただけだった。

以前の怪我への影響を心配していなければ、一葉はそもそも入院などしなかっただろう。

一葉の沈黙に、言吾は反射的に言い訳を始めた。「優花が昨夜高熱を出して、うわごとを言うほどで......」

一葉は彼の言葉を遮るように、無言のまま病室を後にした。

一葉が言吾を無視し続けると、言吾は苛立ちを露わにした。「優花はお前の妹だろう?少しは思いやれないのか?幼い頃から体が弱くて——」

その言葉が終わらないうち、一葉は傍らの男性に向かって笑
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