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第223話

作者: 青山米子
そもそも、離婚すること自体、決して受け入れなかったはずだ。

自分の愛が、いかに身勝手なものであるかは分かっている。だが、彼は、是が非でも。

死なない限り、彼女を手放すことなど、万に一つも考えられなかった。

……

一葉が試験を受けていた二日間、言吾は会場の外で、ずっと彼女を待ち続けていた。

その一途な姿は、彼の友人たちが思わず同情してしまうほど痛々しい。

彼らは何とかして言吾のこの健気な様子を一葉に伝えようと、画策した。

一葉に、言吾を哀れんでほしい、と。

だが、言吾が自分の後をずっとつけていたと知った一葉は、同情するどころか、ストーカーではないかと気味悪がった。

彼の友人たちを通して、はっきりと警告する。

これ以上つきまとうなら、警察に通報する、と。

かつて一葉がどれほど言吾を愛していたかを知っている友人たちは、彼女が同情を示すどころか、警察に突き出すとまで言い放ったことに、ただただ呆然とするばかりだった。

試験が終わり、解答を教授と照らし合わせた結果、合格はまず間違いないだろうと確信できたことで、一葉の心はすっかり軽くなった。

ちょうどその頃、優花が起こした誘拐事件の、公判が開かれる日がやってきた。

この日まで、優花を見逃してやってくれと、諦め悪く一葉に接触しようとし続けていた国雄と今日子が、案の定、裁判所の入り口で待ち構えていた。

一葉が車から降りるのを見るや、二人はすぐさま駆け寄ってくる。

しかし、彼らが一葉に近づくより早く、ボディガードたちが間に入り、一メートル以上もの距離を保ったまま、それ以上近づけないように行く手を阻んだ。

その対応に、国雄は激昂した。「優愛ッ!貴様、本当にいい気になりおって!」

とっくに縁を切った相手だ。一葉は、父に一瞥もくれなかった。

父に対しては、もう何の感情も残っていなかった。完全に、過去の人間として切り捨てることができていたのだ。

一葉が自分に見向きもしないことに気づくと、国雄は焦りと怒りに駆られ、隣に立つ息子の腕を掴んだ。「哲也、お前、あの性悪女に言ってやれ!優花を見逃してやれと!優花は、お前の妹なんだぞ!」

「お前は、あの子が刑務所に入るのを、ただ黙って見ているつもりか!」国雄は知っていた。家族の中で、哲也が一葉と最も仲が良いことを。

自分たちが出て行っても無駄なら、哲也を矢面に立
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