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第5話

作者: 星遊び
私は彼女を冷ややかに見下ろした。

膝にはわずかなすり傷ができ、米粒ほどの血が滲んでいるだけだった。

それなのに涙だけはすぐさまポロポロとあふれ出し、まるで悲劇のヒロインのように、その頬を伝っていた。

大したものだ、と感心すら覚えた。あまりにも演技が上手すぎて、一瞬、呆れて笑いそうになったくらいだ。

「軽く手が触れただけよ。自分でバランスを崩して後ろへ倒れたのはあなたでしょう」

けれど司はすぐさま手を伸ばし、慌てた様子で彼女を抱き起こした。

膝のかすかな傷を目にした瞬間、彼が押し殺していた怒りが爆発した。

「千晴、いい加減にしろ!

俺を殴るのはまだ許せる。だが、京子を傷つけるのは話が違うだろう」

私は黙って彼を見つめた。5年間愛し続け、もうすぐ私の夫になるはずだった、この男を。

初恋の人を大事そうに腕に抱きながら、彼女を庇うために、詳しい事情も聞かずに頭ごなしに私を責め立てる。

弁解する隙すら、私には与えられなかった。

不意に、自分がひどく疲れきっているのだと気づいた。

心の奥でずっと張り詰めていた糸が、音を立ててぷつりと切れた。

「私が一方的に騒いでるっていうの?

さっきあの女、私のことをひどく言ったのよ。聞こえなかったの?

司、耳がついてないの?それとも、見て見ぬふりしてるの?」

司は不快そうに唇を引き結び、表情を硬く険しくした。

「あいつは、感情的になって口が滑っただけだ。だからといって……君が突き飛ばしていい理由にはならない」

京子が彼にとって誰にも代えがたい特別な存在だということは、頭ではすでにわかっていたはずなのに。

それでも今この瞬間、心臓を引き裂かれるような鮮烈な痛みが走った。

私は、惨めな自分を嘲るように小さく笑った。

「ふっ……もういいわ。出て行って、司。あなたたちの顔なんて、二度と見たくない」

司はしばらく不機嫌そうに黙っていた。

そして、相変わらず冷静で落ち着き払った口調で言った。

「しばらくひとりになって頭を冷やせ。延期後の日程が正式に決まったら、また連絡する。

俺にとって結婚は遊びじゃない。君と結婚すると約束した以上、その約束は破らない」

まるで、とてつもない恩を施しているかのような言い方だった。

京子は司の腕に支えられて立ち上がり、彼の肩に弱々しくもたれかかりながら、上目遣いで私を見た。

目尻にはまだ涙の雫が残っているのに、口元にはかすかに勝ち誇った笑みが浮かんでいた。

彼女は、まだ震えの残る涙声で彼に囁く。

「司、彼女、やっぱり私のこと嫌いなのよね……ごめんなさい、私、ここに来るべきじゃなかったかな。

私、帰るわ。私のせいで二人が喧嘩するなんて耐えられない」

そう言いながら少し後ろに下がり、今にもこの場から去ろうとするような可憐な素振りを見せた。

司は心配そうに眉をひそめ、手首を握って引き止めた。

「膝から血が出てるのに、どこへ行くつもりだ」

そして私のほうに視線を戻すと、静かでありながら、どこか刃のような警告を含んだ声で言った。

「君の会社、来期の運転資金が、まだ口座に入金されてないだろう」

私は、全身の血が凍りついた。

「君の抱えるチームは、毎月、固定費だけで400万円はかかるはずだ。

ここで資金繰りに問題が出れば、そう長くは持たないだろうな」

私はその場に立ち尽くしたまま、爪が白くなるほど強く拳を握り締めた。

手のひらに走る痛みで、頭の芯だけは妙に冴え渡っていった。

こうして、私が絶対に逃げられないと思っているのだろう。

会社の損得を天秤にかけてこの屈辱を飲み込み、おとなしく彼の隣で花嫁を演じると思っているのだろう。

けれど、私は昔から、不条理を呑み込んで波風を立てないようにするほど、都合のいい女ではない。

5年も付き合っていながら、彼は結局、私という人間の本質を一度も本当には理解していなかったのだ。

そしてこんな異常な状況でさえ、彼はこれほどまでに冷静に、一切の迷いなく私を脅迫することさえできる。

理由は、きっとひとつしかなかった。

この5年間、表面上は、彼のほうが大人の余裕をもって私に譲歩し、優しく寄り添ってくれているように見えていた。

けれど本当は、私のほうがこの関係の中で立場の低い側で、彼に依存し、すがっていたのだ。

もう、こんな関係はこれ以上続けたくない。

翌日、私は式場へ、キャンセルの手続きに向かった。

すると、思いがけずまたあのふたりと鉢合わせてしまった。

京子は大きな姿見の前に立ち、真っ白なシフォンのショールを羽織っていた。

司はそのすぐ背後に立ち、彼女の肩からずり落ちたショールを丁寧に直してやっていた。まるで何百回も繰り返してきたかのような仕草だった。

司が、鏡越しに立つ私に気づいた。

私が手にしているウェディングドレスの返却シートを見て、不機嫌そうに眉間にしわを寄せる。

「千晴?どうしてここにいるんだ。もう意地を張るなと言っただろう」

私は彼の言葉を完全に無視して、視線を京子の白いショールへと落とした。

司は何か都合の悪さを察したのか、慌てて取り繕うように説明した。

「京子の参列用のドレスを選ぶのに、少し付き合ってただけだ」

京子は私の手にあるシートにちらりと目をやり、瞳の奥に暗い嫉妬を滲ませた。

「千晴さん、私の居場所を奪っておいて、少しは罪悪感を感じないの?」

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