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8:気難しい客

last update Terakhir Diperbarui: 2025-12-03 19:56:52

 深夜の白河本邸。

 広大な客間は、冷え切った静寂に包まれていた。

 シャンデリアの明かりを最小限に落とした薄闇の中、小夜子は一人で銀食器を磨いていた。

 手元にあるのは年代物のカラトリーだ。かつては専門の係が管理していた品だが、今は違う。経営難に喘ぐ白河家から、使用人たちは一人、また一人と去っていった。今や掃除も洗濯も、明日の重要な客人を迎える準備も、すべては「経費削減」という名目のもと、小夜子の細い腕にのしかかっている。

 柔らかい布で銀の表面を拭う。曇りが取れて、冷ややかな月光のような輝きが戻ってくる。

 その銀の鏡面に、疲れ切った自分の顔が映り込んだ。

(……明日のお客様も、気難しい方だという噂ね)

 客の名は黒崎隼人。新興ホテルグループの社長である。

 不動産売買を元手にホテル業界に参入した彼は、強引な買収の手口から「ハゲタカ」と呼ばれ恐れられていた。

 黒崎隼人がどのような用事で白河家を訪れるのか、小夜子は知らない。

 ただ完璧な状態で出迎えるよう言いつけられただけだ。

 彼を迎えるこの客間を見渡したとき、小夜子の脳裏に、ふと3年前の記憶が蘇った。

 あの時もこの部屋だった。そして、白河家は決定的な過ちを犯したのだ。

 3年前の初夏のこと。

 白河家は、フランスの由緒ある伯爵家当主、モーリス氏を招待していた。

 落ち目の旅館業を立て直すため、海外の富裕層にコネクションを持つ彼を、是が非でも取り込みたかったのだ。

 義母と麗華は張り切った。

「フランス人は派手なのが好きに決まってるわ」

 そう言って部屋中にカサブランカの花を飾り立て、香水を撒き散らし、脂っこい最高級フレンチを用意した。

 結果はひどいものだった。

 到着して1時間もしないうちに、伯爵は「頭が痛い」と不機嫌になり、部屋に閉じこもってしまったのだ。

 焦った義母は、責任を逃れるために小夜子を呼んだ。

「あんた、伯爵様にお食事を運んでらっしゃい。もし何か粗相をして怒らせたら、ただじゃおかないからね」

 それは、捨て駒としての命令だった。客は既に不機嫌になっている。これ以上怒らせても、全ての責任を彼女にかぶせるつもりなのだ。

 小夜子は重い銀のトレイを持ち、震える足を必死に動かして客間のドアを叩いた。

「……入れ(アントレ)」

 不機嫌な低い声が答える。入室すると、老紳士はソファに深く沈み込
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