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第11話
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君と酔いしれる千夜 第17話
瑛士は選ばれた存在だ。家柄も良く、頭脳明晰で、これまで生きてきた中で、何をやっても負けたことがなかった。だが今、生死をも超越した璃音を前にして、彼は生まれて初めて、挫折感を味わっていた。その挫折感は、瑛士を懊悩させると同時に、新鮮な気持ちにさせた。彼、瑛士を手玉に取れる女など、これまで存在しなかったのだ。だが璃音はそれをやってのけた。瑛士は、彼女に全く手出しができなかった。何度か寝返りを打った後、瑛士は非常に重要な決断を下した。「おじい様、マサチューセッツ工科大学に建物を寄贈してくれ。俺はそっちに行って勉強する」瑛士は電話で、当然のように祖父に言った。「マサチューってなんだ？」瑛士の祖父は、意味が分からず戸惑った。「お前は青嶺大学の金融学科に行くのではなかったのか？」「行かないことにした」瑛士は言った。「マサチューセッツ工科大学にも金融学科はある。こちらで勉強しても同じだ。それに、我が家の海外での事業を拡大することもできる。一石二鳥だ」「頭を叩き割るぞ！」瑛士の祖父は、激昂して怒鳴った。「お前を青嶺大学の金融学科に行かせるのは、本当に勉強するためだと思っているのか？ 人脈を築かせるためだろう！国内の大財閥やその跡取りたちは、みな青嶺大学の金融学科にいる。あそこは学校なんかじゃない。ミニチュアの経済界だ。お前があそこで4年間揉まれれば、卒業後すぐに商界のエリートになれる。それなのに、今お前が海外のどこかのマサチューとかいう大学に行って金融を学んだところで、同じ効果があると思っているのか？今すぐ戻って来い。さもなくば、私が飛んで行って、ぶん殴ってやる！」瑛士の祖父は、断固として反対したが、瑛士もまた、頑固な性格の持ち主だった。彼が決めたことを、誰が止めようとしても無駄だった。結局、瑛士は家に戻り、祖父から鞭で叩かれ、さらに3日3晩、先祖の霊前に跪くことになった。最終的に、大学在学中の4年間で必ず江坂家の事業をK国に拡大することを誓い、ようやく祖父は、彼がマサチューセッツ工科大学で学ぶことを許可した。そうして3か月後、璃音が教室に入り、最初の授業を受けようとしたその時、すっと高身長で凛とした人物の姿が、突然彼女の隣に現れた。明るい太陽の光が窓から差し込み、少年は光の中に立っていた。彼の顔立ちは、柔らかな金の光
君と酔いしれる千夜 第16話
晴香の件を片付けた後、瑛士は再び喫茶店に戻り、璃音を探した。彼は部下が調査した証拠を、一つ一つ璃音の目の前に並べ、穏やかな口調でなだめるように言った。「璃音、これで信じてくれるか？ ネットでお前の過去を暴露したやつは、そもそも俺ではないんだ。これはすべて晴香がやったことだ。すでに彼女を懲らしめた。今の彼女は、当時のお前よりも、もっと悲惨な状況にいる」そう言って、瑛士は少し言葉を区切り、自ら璃音の手を握り、珍しく心からの言葉を口にした。「璃音、最初は確かにお前を晴香の代わりにしていたことを認める。だが、この数年一緒に過ごすうちに、お前はとうに晴香に取って代わり、俺の心の中で唯一の存在になったんだ。璃音、私を信じてくれ。俺は心からお前を愛している。今の俺にとってお前は、誰かの身代わりなんかじゃない。お前はお前だ。唯一無二のお前なんだ」瑛士の告白は心を揺さぶるものだった。ただ、彼は言うのが遅すぎた。璃音の心は、彼によってズタズタに引き裂かれ、二度と元に戻ることはない。「瑛士、たとえこの件があなたの仕業でなかったとしても、私はあなたを許すことはできない」璃音は冷たい表情で言った。「あなたは簡単に見つけ出すことができたはずなのに、なぜ当時、晴香がやったことを調べなかったの？私を屈服させるために、あなたはただ傍観していた。晴香が人前で私の傷跡を抉り出すのを、学校の生徒全員が私を嘲笑し、罵り、いじめるのを、あなたはただ黙って見ていた……大学受験の前には、晴香の気を晴らすために、私に裸足で画鋲を踏ませ、豚の血を浴びせた。そんなことまでしておいて、あなたは今になって、私を心から愛していたと言うのか？」璃音は、言えば言うほど怒りがこみ上げ、最後には、手に持っていた熱いコーヒーを、瑛士の顔にぶちまけた。汚れたコーヒー液が、瑛士の顔を伝って流れ落ちる。選ばれた存在である瑛士にとって、これほどまでに屈辱的な思いをしたのは、生まれて初めてだった。もし他の誰かが、こんなことをしようものなら、彼は相手を生きて地獄に突き落としていただろう。だが、なぜか璃音がコーヒーをかけたことに対して、彼は全く怒りを覚えることができなかった。「瑛士、もう一度だけ言う。私はもう二度と、あなたに会いたくない」璃音は歯を食いしばって言った。「私はもうあなたを
君と酔いしれる千夜 第15話
母親の死は、常に璃音の逆鱗だった。他のことなら、まだ許せるかもしれない。だが、瑛士は彼女の悲惨な過去を使って、彼女を侮辱したのだ……もし彼が本当に彼女を愛していたのなら、そんなことをするはずがない。結局、愛していないからこそ、ためらいもなく傷つけることができるのだ。彼は彼女の過去を知っていた。それが彼女にとって永遠の悪夢であることも知っていた。それなのに、彼女が永遠に忘れられない悪夢で彼女を傷つけ、彼女が傷だらけになって震えるのを、笑いながら見ていることを選んだ……あまりにも残酷だ。璃音は、瑛士がしたこれらのことを、生涯許すことはできないだろう。だが、瑛士は衝撃を受けた表情を浮かべ、信じられないといった様子で言った。「璃音、まさかお前の過去をネットに暴露したのは、俺だと思っているのか？」「もういいのよ、あなたがやったんでしょう」璃音は平静に言った。「あなたの言い訳なんて、聞きたくもないわ。言うべきことはすべて言ったから、私は仕事に戻るわ。瑛士、お願いだから、もう私に付きまとわないで。江坂家に借りているお金は、就職したら利子をつけて返すわ。私はあなたに何も借りはない。お願いだから、私を放っておいてちょうだい」そう言い残して、璃音は踵を返した。瑛士は激怒した。なぜなら、璃音の過去をネットに暴露したのは、彼ではなかったからだ！彼は確かに、強い独占欲を持っている。だが、それが璃音の逆鱗であり、安易に触れてはならないことだと分かっていた。もし触れてしまえば、彼と璃音の関係は、本当に終わりを迎えてしまう。瑛士は、他人から濡れ衣を着せられることを、何よりも嫌った。迷うことなく、彼はすぐに部下に指示を出し、この件について詳細な調査を開始させた。調査は難航することなく、すぐに解決した。なぜなら、掲示板に書き込んだのは、ごく普通の高校生だったからだ。彼は自分のIPアドレスを隠すことさえしなかった。そのため、江坂家が少し調べただけで、真相が明らかになった。「掲示板に書き込んだのは、高校2年生の倉田雅也（くらた まさや）という生徒です」瑛士の部下は、電話で彼に報告した。「彼はすべてを自供しており、原稿は夏木さんが書いたもので、彼女は彼に二万円を渡し、匿名で掲示板に投稿させたそうです。掲示板に書き込むだけで二万円稼げると
君と酔いしれる千夜 第14話
璃音がそう言ったのは、決して自分の命を盾に瑛士を脅そうとしたわけではなかった。彼女は心から、生きていることに意味を見出せなくなっていたのだ。人はこの世に生を受ければ、多かれ少なかれ何かに心を惹かれるものだが、彼女にはそれがなかった。璃音の実父は大工だったが、長年の工場勤務で何の保護措置も講じなかったため、肺に木屑を吸い込み続け、それが原因で40歳にも満たない若さで肺の病で亡くなった。父の死後、祖父母は璃音が女の子であるため、栗林家に跡継ぎを立てることができないという理由で、璃音と彼女の母親を無理やり追い出した。璃音の母はやむを得ず、璃音を連れて再婚した。しかし、その再婚が、璃音の母の命を奪うことになるとは思いもしなかった……母の死後、璃音はこの世で完全に身寄りを失った。なぜなら、祖父母もまた男尊女卑の考えを持っており、璃音の母は山奥から逃げてきた身だった。父方の親戚も母方の親戚も、璃音にとっては他人同然だった。そうでなければ、彼女はこれほどまでに孤独を感じることもなく、最終的には江坂夫人に、野良猫や野良犬のように拾われることもなかっただろう。この数年間、璃音は瑛士が時折施してくれる、ほんのわずかな愛情を頼りに生きてきた。今では、その偽りの愛情も、引き裂かれ、見る影もない……彼女は本当に疲れてしまった。もうこれ以上、我慢したくない。どうせこの世には、もう何も未練などないのだから。もし苦しみながら生きるようなことになったら、なぜ生き続けなければならないのだろうか？しかし、璃音の言葉を聞いた後、瑛士の顔色は、その瞬間、信じられないほど恐ろしいものに変わった。「璃音、それは俺を脅しているのか？」少年の声は冷たく、陰鬱な表情で、圧倒的なオーラが周囲の者の息を詰まらせるほどだった。「俺を脅すことの結末を知っているのか？」「あなたが恐れるからこそ、それは脅しになるのよ」璃音は笑って言った。「でも、私が死のうが生きようが、あなたにとっては、どうでもいいことでしょう？瑛士、もう演技はやめて。あなたは私のことを、それほど大切に思っているわけじゃない。ただ、私を自分の支配から逃したくないだけなの。昔の私はあなたを愛していたから、喜んであなたの支配下にあった。でも、今の私はもうあなたを愛していない。どうしても連れて帰るって
君と酔いしれる千夜 第13話
そう語る時の瑛士は、終始穏やかな口調だった。口元には優しげな笑みさえ浮かべており、まるで陰惨で恐ろしい誘拐を語っているのではなく、甘く切ない愛の告白をしているかのようだった。「そして、もし帰国したら、璃音、お前に何が待ち受けているか、分かっているのか？」瑛士は微笑みを浮かべたまま、言葉を続けた。「二度と逃げ出さないように、もうお前を自由にすることはないだろう。どこに閉じ込めるのがいいか、じっくり考えさせてくれ。地下室？ 常に太陽の光が届かない場所では、お前はきっと精神的に参ってしまうだろう。それとも、人里離れた郊外にお前専用の別荘を建てて、そこでずっと俺のものにしておくか……この構想、悪くないな」彼は微笑みながら、狂気じみた監禁を愛の言葉に変えていった。璃音は分かっていた。瑛士は決して脅しているのではなく、本当にそんなことをやりかねない男なのだ。「ほら、どんなに完璧な計画を立てても、お前は永遠に俺の手のひらから逃れることはできない」瑛士は手を伸ばし、愛おしむように璃音の美しい横顔を撫でた。「璃音、お前は大人しく言うことを聞くべきだったんだ。俺もこんな残酷なことはしたくなかった。なのに、なぜ逃げ出したんだ？俺はすでにお前に約束したじゃないか。お前と結婚すると。俺たちの身分や地位はこんなにも違うのに、お前と結婚するために、俺がどれだけのプレッシャーに立ち向かうか、分かっているのか？だが、一度口に出した言葉は覆せない。俺は江坂瑛士だ。常に言ったことは実行する。本来なら、お前が大人しくしていれば、江坂家に嫁いで、豪邸の奥様になれたんだ。何も犠牲にすることなく、階級の壁を超えできたんだ。なのに、お前は忠告を無視して罰を選んだ。こうなってしまった以上、俺はお前を籠の中のカナリアのように閉じ込めるしかない。言うことを聞かない子供は、罰を受けなければならない」璃音の体は、無意識のうちに震え始めた。彼女は確かに、K国のスラム街と犯罪率という二つの変数について、考慮していなかった。K国は法治国家ではあるが、貧富の差が激しく、貧しい人々はお金のためなら何でもする。富豪たちは自らの手を汚す必要はなく、お金さえ積めば、別の方法でやりたい放題できるのだ。瑛士が望めば、彼女を連れ戻すのは、ほんの数分の問題だ。警察が捜査しても、彼の身
君と酔いしれる千夜 第12話
瑛士の姿を捉えた瞬間、璃音の顔色は一気に紙のように蒼ざめた。反射的に逃げ出したい衝動に駆られたが、どうにか堪えた。実は璃音は、瑛士が必ず探しに来ると予感していた。特に隠蔽工作をしていたわけでもなく、留学の件など、瑛士が少し調べればすぐに突き止められる。ただ、瑛士の行動があまりにも早かったのが予想外だった。たった数日で、彼は乗り込んできたのだ。「確か、甘いものは苦手だったよね」璃音は平静を装いながら言った。「それなら、この店の自家製ブラックコーヒーがお勧めよ。看板メニューなの。苦すぎて私は好きじゃないけど、あなたなら気に入るはず」それを聞いた瑛士は笑みを浮かべた。「璃音が勧めるなら、ぜひ試してみないと」そう言って璃音はメニューを片付け、厨房へブラックコーヒーを作りに行った。コーヒーが運ばれてくると、湯気が立ち上っていた。瑛士は一口飲むと、すぐにカップを置いた。ありふれた味だ。彼は舌が肥えている。こんな小さな店が彼の目に留まるはずもなかった。「璃音、お前の逃亡、まったく工夫がないな」瑛士の口調には、かすかな失望の色が滲んでいた。「あっという間に見つかって、全然面白くない。本気で逃げたかったのか、それともわざと甘えているのか、さっぱり分からない」「わざと逃げたわけでも、甘えているわけでもないわ」璃音は冷静に答えた。「本当に勉強したかったの。それに、あなたに見つかったとしても、構わない。江坂家の勢力がどんなに大きくても、K国には手が届かないから。K国の法律は厳しい。もし私の身に危険が及ぶようなことがあれば、躊躇なく警察に通報して、あなたを刑務所に送るわ」これこそが、璃音がK国に留学することを選んだ本当の理由だった。K国では、女性が強く保護される法律が整っている。街中でカップルが口論になった場合、手が出るまでもなく、軽く突き飛ばしただけでも、近くの警察官が駆けつけ、女性に助けが必要かどうかを尋ねる。たとえ財閥令息の瑛士でも、K国では思い通りには動けない。「悪くないな、璃音。法律の勉強までしているとは」璃音に挑発されても、瑛士は怒るどころか、闇夜のように漆黒の瞳に、むしろ興奮の色を宿らせた。彼は分かっていたのだ。彼の璃音は、そんなに愚かではない。逃亡する前に、万全の準備を整えているはずだと。そうでな
